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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆五 ねじまき2
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◆五 ねじまき2 ⑤

 その後、報告書を出してからキュボーと別れ、僕はロッカールームに向かった。


 僕は今日あったことをぼんやり思いながら、ゆっくり着替える。

 キュボーが抱くねじまきへの不信、そのねじまきの謎めいた感じ、モグラとの戦い……ふと気が付くと、僕は先ほど見たトインの死体を思い浮かべていた。

 僕が昔トインと組んでいたのは確かだ。

 ねじまきが来る少し前、カンチュロが死んだときにも会ったばかりだ。

 けれども、どういうわけか彼女がどんな人物だったのかよく思い出せない。

 どんな顔だった?

 死体には顔がなかったからわからない。

 でもトインだとわかった。

 トインはうるさいくらいお喋りだったから、何か印象に残っているはずなのだ。

 何が好きで何が嫌いで、どういう喋り方をして、一緒にした仕事はどんなふうに進んだのだったか……。

 記憶刑のニュースを思い出す。

 もしも記憶を操作することが可能なのだとしたら、僕がトインのことを思い出せないのもまた、だれかに記憶を操作されているからかもしれない。

 ――いや、まさか。

 ロッカールームを出ると、地上へのエレベーターの前に小さな人影を見つけた。

ねじまきが何か思いつめたような顔で俯いている。

「待ってたの?」

「あっ、いえ……」

「先に帰ってよかったのに。だいぶ時間経ったでしょ」

「……帰り方、わからなくなっちゃって」

 あとはこのエレベーターに乗るだけだが。

 昨日も、一昨日も一緒に地上に帰っただろうに。

 若干拗ねているようにも見えるのは気のせいだろうか。

「じゃあ行こうか」

「はい」

 それで僕はねじまきと一緒に地上へのエレベーターに乗り込んだ。

 仕事で命の危険に瀕して、さらに初めて死体を見て、きっと気が塞いでいるのだろう。

 最初に不思議ちゃんじみたところを見せていたのが嘘だったかのように大人しくなっている。

 なんだか、ねじまきを見ていると自分がこの仕事を始めたときのことが思い出されて、くすぐったい感じだ。

 新人のフォローもまた先輩の仕事だろう。

「地下の仕事って、人がたくさん死ぬんですね……」

 ようやく、ねじまきが口を開いた。

「そう、たくさん死ぬ」

「……」

「嫌になった?」

「正直、ちょっと……でも何て言うか、まだよくわからなくて……」

「だろうね」

「……メウさんはどうして配管工に?」

「そうだな……もともとは、探査部に入りたかったんだ」

「探査部?」

「地下を調査する仕事だよ」

「そんなのあるんですか?」

「いろいろあるよ。僕らは施設部だけど、他にも事務仕事が中心の管理部とか、装備のメンテナンスをする整備部とか、新しいものをつくる開発部、モグラと戦うのが専門の対策部なんてのものある。ちなみにさっき死体を調べていたのは検査部の検視官」

「へえー……てっきり、配管工しかいないものとばかり」

「地下の仕事というのは、まず配管工がスタートなんだ。そこでうまいことポイントを稼いでいくことで、他の仕事への異動願いが出せるようになる」

「ポイント制なんですか?」

「いずれ通達があると思うけど、そういうシステムなんだ。補修するとその実績に応じてポイントが貯まる。けれど今日みたいにモグラと出会って同じ班の奴が死んだ場合、ポイントは大幅に減らされる。ちなみにモグラを倒してもポイントは増えない」

「じゃあ、メウさんが配管工なのは……」

「ポイントが貯まらないんだ。このあいだも班員が死んでね。だから、好きでやってる仕事じゃないよ」

「……」

「おまけに探査部は特別必要なポイントが多くて、宇宙飛行士になるのと同じくらい難しいって言われてる」

「えー……それじゃ、探査部に行きたいと思ってもすごく時間が……今日だって別の班で二人も死んでるのに……」

「それくらい探査部の仕事が厳しいってことじゃないかな。僕らは活動するエリアが決まっているし、モグラなり何なりトラブルがあれば応援を呼ぶこともできるけど、探査部が行くのは未知の領域だからそうはいかない。対策部が同行するらしいけど、何しろここより深いところを探索するわけだからモグラともよく遭遇するし、暑い上に酸素も少ない。進めば進むほど電波妨害が酷くなるからキュボーのようなメカ・サピエンスも正常に動作しなくなる。自分たちだけでやっていくしかない、孤独な仕事なんだ」

「あんまり配管工と変わらない気もしますけど。ただ危険度がすごく増えただけみたいな」

「冒険は危険なものだよ」

 それからしばらく沈黙が生まれた。

 エレベーターが上昇していく音がよく響く。

 地上に近付いている。

 気圧も変わってきた。

 ねじまきの頭の巻き鍵がくるくる回転していて、見ているとやはり少し面白い。

 感情とリンクでもしているのだろうか。

 アイデンティティ――たしかそう言っていたか。

「……メウさんも、お仲間をたくさん亡くされてるんですね」

 ふと、ねじまきが寂しげに呟いた。

「仲間と呼べるほど大したものじゃないから、そんなに辛いわけでもないさ」

「……」

 ずずっ、とねじまきが鼻をすする音が聞こえた。

 もしかして会ったこともない奴の死に涙しているのか。

 大げさだなと思う。

 だれしも最初は戸惑うものだが、地下に送られるような身分でそんな上等な感性を持っている奴は少ない。

「……そもそも、メウさんはどうして探査部に入りたいんですか?」

 そのまま泣くかと思ったが、ねじまきの声は案外落ち着いた調子だ。

 見かけによらず強かなところがあるのか。

 まあ、そうでなければ子役の仕事なんて務まらなかっただろう。

 それはいいとして、彼女の問いにどう答えるか――僕はしばし過去に思いを馳せた。

 やはりスピンカの顔が脳裏をよぎる。

「地下って謎が多いだろ? 未だに新しく遺跡が見つかるし、今日も仕事の途中で意味の分からないものをたくさん見たはずだ。あれらは何のためにつくられたのか。昔の人はどんな生活をしていたのか。失われた記憶の向こうには何があったのか。いまを生きる僕たちには見えないものが見えていたのかもしれない。そういう地下の秘密を解き明かしていきたいというか……そこまでじゃないな。もっとこう、謎に触れたい感じというか」

「うーん……よくわかりません。謎に触れたり解き明かしたりすると、どうなるんですか?」

「どうなる……そうだなあ。この世界は、ほんとうは自分たちが見ているのとはまったく違う姿をしているんじゃないか……そういう空想を広げられる。自分の目に見えるものが世界のすべてじゃない。法則だとか常識だとか、そういうものを超えた何かがあるのかもしれない。そうしたらさ、なんだか自分が生きていることが、少し楽に感じられるような気がして……」

 ――違うな。これは僕の言葉じゃない。

「……行けるといいですね、探査部」

「まあ……でもいまは昔ほどのこだわりはないかな」

「え?」

「このままでも、そう悪くないと思うんだ」

「どうして、ですか?」

「どうしてだろうな……あきらめのようなものかな。よくわからないな」

「あきらめ……」

 そうだ。

 先輩としてこれだけは彼女に言っておこう。

 いまは亡き先輩のだれかにかつて僕が言われたように。

「ねじまき。この道の正解は、地道にポイントを稼ぎながら楽な仕事をすることだよ」

「楽な仕事……」

「自分に合った、長く続けられる地下仕事をするといい。もっとも、配管工の仕事が気に入ればそれでもいい。この仕事が好きだって人もいる。パルさんっていう先輩がいるんだけど、その人なんかはその辺うまくやってるんだ。長いこと配管工やってるだけあって、ほどほどの仕事を心得ている」

「ほどほどの仕事」

「君は管理部がいいんじゃないかな。モグラと遭遇することはまずないし、死体を見ることもない。のんびりしてるように見えて忙しいらしいけど」

「……はい」

 少し揺れてから、チン、と音が鳴って扉が開く。

 ようやく地上に到着したようだ。

 僕たちはエレベーターを降りて、何の変哲もないビルを出る。

 ここでお別れだ。

「じゃ、明日もよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします。今日もありがとうございました」

 ねじまきは深々と頭を下げた。

 そんな丁寧にされるほど僕は大した存在じゃない。

 正直恥ずかしいのだが、ねじまきはこういうことを大事にする人なのだろう。

 僕は小さく手を振ってから、地下鉄の駅へと向かった。

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