◆五 ねじまき2 ④
本部に戻ると、二人分の死体が並べられていた。
それぞれ男性と女性だ。
どちらもそこそこ損壊が激しく、女性のほうは顔がなくなっている。
「……」
ねじまきは並べられた死体を前に、口を塞いで固まっていた。
そうか、ねじまきは初めて死体を見るのか。
僕はというと、顔のない女性の死体になんとなく覚えがあった。
「トイン」
口をついて、その名が出てくる。
「……お知り合い、ですか?」
ねじまきが恐る恐る訊いてくる。
「昔、彼女と組んだことがある。何日か前にも会って話した」
「……」
死体の横には検視官が張り付いていて、何やら調べながらボードに書き込んでいる。
死体の行き先を決めるのだろう。
ねじまきを置いて近付き、声をかけてみる。
「すみません、彼女たちはこれから?」
「……あー、そうっすね。記憶が喰われてるんで、個人の再生は無理っしょうね。サイズを補正して子役として作り直されるか、部品取りに回されるかのどっちかっす」
検視官は面倒くさそうに頭を掻きながら、ぼそぼそと呟くように答えた。
「そうですか」
「なんか欲しいトコあります?」
「いや、別に。どうも」
仕方がない。よくあることだ。
「行こう、ねじまき。怪我をしたときの細胞ジェルの使い方を教える。身をもってね」
「……」
並べられた死体を見て、ねじまきは口をつぐんでいた。
僕は彼女の肩をそっと叩いてこちらに注意を向けさせ、引っ張るようにしてその場を離れた。
細胞ジェルのおかげで僕の溶けた左目周辺の皮膚は再生され、右手も元通りになった。
左目は新しいものと交換した。新しいといっても中古だが、ちょうど型の合うものが見つかったのだ。
違和感がないわけではないが、視力も申し分ない。
ねじまきは再生の様子を見て怖がっていた。
まあ、確かにあまり見れたものではない。
その後ちょっとした検査があったので、ねじまきは先に帰らせた。
もう自分だけで着替えもできるだろう。
「調子はどうだ、メウ」
キュボーが声をかけてくる。
こう見えて心配性な奴なのだ。
「まあまあかな。慣れたものだよ。それよりキュボー、ねじまきのことだけど」
「ああ」
「僕がモグラとやり合ってるとき、何か変なところはなかった?」
「身体はびびってるくせに口だけはよく動く。それ以外は特にないな」
「まあ確かにお喋りだけど、レベル4を前にしたときの反応はごく普通だった。身体のレベルで怖気づいてた」
「ああ……」
「何か、妙だ。ねじまきがレベル3を十体も倒したのなら、あの反応はない。もっと平静なはずだ」
「見えたものによるのかもしれん。レベル3のときはでかい虫だった。だがレベル4はわからない、もやもやだと言ってたな」
「もやもや……視覚記憶にアクセスし辛いのか。本人に心当たりがないのが妙だ」
「記憶刑の囚人の感じとも違う……中途半端に過去の記憶がねえとはな」
ちらりとスピンカの顔が脳裏をよぎる。
なるべく考えないようにしていたのに。
「スピンカとは関係ないよな。スピンカの生まれ変わりとかさ」
キュボーに否定してほしくて、冗談めかしてそう口にする。
「……少なくとも」
少し間を置いて、キュボーが答える。
「正確なデータ分析の結果では、ねじまきとスピンカのボディには明確な差異がある」
「明確な差異?」
「ねじまきのボディはスピンカより見た目年上の人間、女性を基準にして構成されている。スピンカに比べて女らしさがあるだろ?」
「……そうか」
少なくともボディはスピンカとは別物。
少し似ているだけの別人――ということか。
「メウ、あまり記憶に縛られるな。お前がいつも考えているように、この世界において記憶なんてものは幻なんだよ。いまこの瞬間を大事にしろ」
こういうとき、キュボーは不器用な気の遣い方をする。
ねじまきの話に戻ろう。
「頭の巻き鍵は? アクセスできた?」
「相変わらず、てんで駄目だ。ことごとく跳ね返された。まるで意思でもあるかのようだぜ」
「意思、か……」
ねじまき曰く、あの巻き鍵はアイデンティティ。
いったいどういうことなのか。
「結局、よくわからないな」
「俺もわからん。ただ……」
「ただ?」
「あいつは、いやらしい」