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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆五 ねじまき2
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◆五 ねじまき2 ②

 今日の仕事も手際よく終わりそうだった。

 けれど、こんなに調子がいいのは長く続かない。

 普通ならもうとっくにそこそこのモグラが現れる。基幹部ならなおさらのこと。

 なのに、ここ最近はモグラらしいモグラが出てこない。

「――最初のときにも言ったけど、モグラは本当の姿を隠してあらわれる」

「本当の姿? どういうことですか?」

「僕たちに幻覚を見せるんだ。人によって見え方はいろいろだけど、だいたいは見えたら嫌なものだね」

「見えたら嫌なもの……」

「引き金を引けなくなるくらい、ね。どうやら何らかの方法で僕たちの記憶を読み取っているらしい」

 割り当てられた仕事を終え、来た道を戻るなかで僕はモグラの話をしていた。

 当然モグラには出会いたくない。

 でも、こうして意識していないといざ現れたときに対応できない。

 モグラが出ないのに安心して気が緩むことが一番の命取りだ。

「だからもし、こんなところにあるはずのないものを見たら、それはモグラだと思うことだ。自分が見ているものは幻だと、頑なに自分に言い聞かせるんだ。そうして自分を守る」

「はあ……」

「でも自分じゃ限界があるから、班員同士で〝何に見える?〟と確かめ合うんだ。必ず違うものに見えているはず。まあ、キュボーみたいなメカ・サピエンスが一緒なら、こいつに訊くのが一番手っ取り早い。こいつにはモグラの本当の姿が見えるから」

「……本当の姿っていうのは、あの鉄とプラスチックの塊のことですか?」

「まあそんな感じ。鉄とプラスチック以外にも、いろいろバリエーションはある。有機素材とかね」

 うーん、とねじまきが何か考え込む。

「どうして、キュボーさんには本当の姿が見えるんですか?」

「そりゃあお前、俺が科学の結晶だからよ」

 久々にキュボーが口を挟む。

「キュボーらメカ・サピエンスは、僕たち人間とは成り立ちが違う」

「機械でできてるんでしたっけ?」

「そう、昔でいうロボットだよ。いまは差別語になってるから、言っちゃいけないんだけど」

「……別にそういう意図はないんですけど、純粋にロボットとメカ・サピエンスは何が違うんですか?」

 ねじまきは興味津々といった表情だ。

 ――スピンカと同じ顔。

「何だろう……わかる? キュボー」

「知性だ」

「知性?」

 キュボーから思わぬ言葉が出てきて、吹き出しそうになった。

「メウお前、馬鹿にしただろ」

「いや、だってお前そういう高尚な言葉使うキャラじゃないだろ」

「うるせえな。知性ったら知性だ。てめえらとこういうくだらねえ話をできるような能力。それが俺らメカ・サピエンスとロボットとの違いだ」

「へえー……」

「加えて言うなら、メカ・サピエンスにはロボットよりも高度な技術が使われている」

「高度な技術……キュボーさんって、すごいんですね」

「どういう意味だ。明らかに馬鹿にしてるだろお前」

 キュボーがねじまきにぐぐーっと迫り、ねじまきが両腕で頭を庇う。

「やーっ、そんなつもりないのに……」

 少し楽しんでいるような声だ。

 いつのまにかモグラの話からキュボーの話になっている。

 まあ浅からぬ関係だし、いいか。

「俺は元々、航空宇宙局でつくられた探査用メカ・サピエンス――その失敗作だ」

 ねじまきから離れると、珍しくキュボーが自分語りを始めた。

「航空宇宙局……」

「いわゆる宇宙開発事業だ。だからあらゆる最先端技術が用いられてんだよ。もっとも俺はそこで基準を満たせなかったからここに来ているわけだけどな」

「……人間もメカ・サピエンスも大変なんですねえ」

 まるで他人事みたいな言い方だ。

「ねじまきはどうなの?」

「わたし、ですか?」

「そう。子役だったんでしょ。そこからどうしてこんな配管工に?」

 子役というのは、子どもであることを売りにする職業だ。

 主に我が子を喪った親にレンタルされ、その子どもを演じるというのが表向きだが、実際のところなかなか後ろ暗いところもあるらしい。以前子役上がりの配管工と組んだことがあって、そのときに教えてもらった。

 だから少し複雑で、事情を訊きづらいところがある。

 けれどもまあ、ねじまきなら軽く答えてくれそうな感じがした。

「うーん……なんか、ちょっと勤め先でよくないことをしちゃったみたいで。劇団を首になったんですよね」

 キュボーはねじまきの記憶にアクセスできないことを不審がっているけれど、ねじまきが外部からの操作を受け付けないエラー持ちであることはマニュアルの件で判明している。

 だったらこうして普通に訊けば済む話じゃないか。

「よくないことって?」

「……子役のときの記憶は劇団に返上したので、詳しいことはわからないんですよ」

「え、じゃあ君のなかには記憶が残ってないの?」

「はい……」

 記憶の消去は公権力や医療によるものでしか許可されない。

 丸ごと記憶がなくなっているのは、相当なことがあったということか。

「ただ……地下の仕事は団長が手配してくれたんですけど、そのときに『親の不始末は子どもの不始末だ』って言われまして」

「どういう意味?」

「さあ……」

「自分の与り知らないことでこういうことになったのって、どういう感じなの?」

「うーん……でも、悪くないかなあって思うんです」

「悪くない?」

「なんとなく、子役を辞めてほっとした感じがあるんです」

「そうか……」

 少し空気が重たくなった。

 キュボーもすっかり黙っている。

 僕らはそのまま帰り路を歩く。

 結構な距離がある。基幹部は広大とはいえ、こうも移動に時間がかかるのは困りものだ。

 モグラと出会う確率も高まる。

「そういえば……」

 ふと、思いついたような口調でねじまきが訊いてきた。

「モグラの残骸って何かに使うんですか?」

「ん?」

「このあいだ、モグラを倒してから集めてましたよね」

 レベル3のモグラか――。

「まあ、あの残骸はあの後開発部に回されて、いろいろデータを取ってから、メカ・サピエンスの部品になるんだ」

「へえ……え、メカ・サピエンスの部品?」

「そう」

「じゃあ、キュボーさんも?」

「そうだな」

「それって――」

 ねじまきが何かを言いかけたそのとき、ザッ――とノイズが入った。

 無線だ。

《本部、こちらデム班デム、作業終了後帰還中にモグラ出現。レベル2。対処を開始する》

 少し遅れて、重なるようにまた別のノイズが入る。

《本部、いい!? スラ班のスラ、補修作業中にモグラ、レベル5! 現在退避中! 応援寄越して!》

《本部、こちらトイン班……》

「同時多発か。レベル5とは、出るもんが出たな。こりゃ本部も大忙しだ……お前らも気を付けろ」

 キュボーの言葉に、僕はぞくっとする感じを覚える。

「えっ……」

 ねじまきが異変を感じたのか、戸惑った表情を浮かべる。

「静かに」

 僕もそうだ。作業着が変形し始めた。身体をぐっと締め付けられていく。

 これは――来たか。

「キュボー、盾」

「了解」

 キュボーに盾を展開させる。

 パワーのあるメカ・サピエンスにしか装備できない、大きな鋼鉄の盾だ。

「ねじまき、盾の陰に隠れて」

「あ、はいっ」

 言われた通り盾の陰に潜るねじまき。

 僕も反対側に潜る。

「……痛っ」

 ねじまきが顔をしかめた。

「コンバットモードに移行したんだ。防御力が上がるし、だんだん痛みを感じなくなる」

「これ、この前と同じ……」

「そう。モグラが出たんだ」

 盾からそっと顔を出す。

 ――いた。

 奴らは音も気配もなく、突然に現れる。

 禍々しい姿で――。

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