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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆四 ねじまき1
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◆四 ねじまき1 ⑤

「モグラと遭遇したときは、班のリーダーか、生き残りが本部に連絡を入れるんだ。今回は小さい奴だったからいいけど、大きい奴が出たときはまずこれで応援を呼ぶ」

 無線機を手に取り、ねじまきに見本を示す。

「――こちらメウ班、メウ。本部よろしいか」

《こちら本部。メウ班、どうぞ》

「指定の地点にて、御覧の通りかなり損傷の大きい壁を発見、中型もしくは大型のモグラが通った形跡あり。中の配管もダメージ、穿孔多数。補修には配管の交換と専用の設備が必要」

《本部、了解。専門の班に引き継がせます》

「なお、調査中に小規模のモグラ群体に遭遇し、ねじまきがこれらを撃破。死傷者なし」

《本部、了解。そろそろ終了時間ですので、そのまま帰還してください》

「メウ班、了解」

 連絡を終え、無線を切る。

 まだ少し残っているところはあるが、新人もいることだし言われた通り引き上げよう。

 この壁をぶち破ったモグラも気になる。

「今日の仕事はここまで。いったん戻ろう」

「了解」

「お疲れさまでした」

「まだ早えよ。家に帰るまでが遠足だって習ったろ」

「あー……そうですね」

 僕たちは来た道を引き返していく。

「……この地下をずっと通り抜けた先もそうなのでしょうか」

「何が?」

「ここより深い場所も、やっぱり土とか鉄とか、そういうのの塊なのかなって」

「うーん……」

 なかなか面白いことを言い出す子だ。

 そういうことを考えるのは嫌いではない。

「ねじまきは、空洞説って知ってる?」

「何ですか、それ?」

「この星の内側、地下のずっと深くには地上をそっくり裏返したみたいな、もうひとつの世界がある――そういう考えさ。この星の中心にあるのは核じゃなくて、もうひとつの太陽ってわけ」

「へえ……」

「まあ、ただの妄想だけどね。大昔はそういうことも考えていたらしい」

「それじゃあ、地上の太陽はどこにあるんですか?」

 地上の太陽――僕らが普段目にしている太陽か。

「……どこにもないのかもしれない」

「え?」

「自分たちが空だと思っているものは、実はだれかが張ったカーテンに過ぎないのかもしれない。太陽は単なる大きな電球で、外側から僕らを見ている奴がいたりしてね」

「……」

 ねじまきが黙っている。

 引かれてしまっただろうか。

「昔、そういうことを言った知り合いがいてさ。僕が考えたわけじゃないよ」

 慌てて取り繕うも相変わらずねじまきは黙っている。

 それどころか、そっぽを向いている。

「――あれ、何ですか?」

 ふと、ねじまきが斜め上を指さす。

 その先には、円柱の形をした巨大な機械が壁に埋まっている。

 直径にして10メートルほどだろうか。

 いくつものギザギザが同心円状に配され、全体に粘土がこびりついている。

 ずっしりとした威圧感。

「大きな時計……じゃないですよね。歯車、でもなさそう……」

 どうやら、あれが気になって僕の話を聴いていなかったらしい。

 よかったのやら何やら、余計な気を揉んだものだ。

「たぶんだけど、この地下施設をつくるときに使ってた機械だと思うよ。えーっと……」

「シールドマシンっていう、トンネルを掘る機械だ。あのギザギザで土を喰い削り、その土を身体んなかでトンネルの壁に変換して、クソみてえに押し出しながら掘り進むんだとよ」

「それがどうしてこんなところに? これからトンネルでも掘るんですか?」

「んなわけねえ。使い終わった地下の機械ってのはだいたいこうして使い捨てにされるんだ」

「使い捨て……」

「こんな地下深くで、しかもあんなどでかい図体だ。わざわざ地上にお持ち帰りするにはコストがかかるからな。こうして埋め立てられるってわけだ。地下にはそういう奴が無数に転がってるのさ」

 キュボーの口調にシニカルさが漂う。

 もとはこの機械と同じ種族だから通じ合うところがあるのだろう。

「へえー……」

 ねじまきはただただその機械を見上げて感心のため息を漏らしていた。


 僕たちは本部に到着し、終わりの会のあとねじまきに報告の仕方を教えた。それも手際よく進んだ。

 やはりねじまきは要領がいい。

 報告が完了すればこれで今日の仕事は終了だ。

 キュボーとはここで別れ、僕とねじまきは作業着のまま洗浄シャワーを浴びてからロッカールームに向かった。

 さて、僕たちが地下仕事の際に身に着けている作業着は、着るのは簡単だが脱ぐのには少々手間がかかる。コンバットモードに移行した後はなおさらだ。

 特に身体の小さいねじまきにとっては負担も大きいだろう。

 そう思ってロッカールームでねじまきに作業着の脱ぎ方を教え、着替えを手伝おうとしたのだが――。

「お、お……女の子になんてことを!」

 とか言って顔を赤らめ、逃げるように向こうのほうへ行ってしまった。

 そういえばねじまきは女の子だった。

 そうか、一応僕たちは異性同士ということになるのか。

 長いこと地下にいるとそういうことにこだわりがなくなる。

 最底辺の地下仕事の前には老若男女すべてが平等で、トイレやロッカールームすら共用だ。

 というより皆へとへとになるからそういうことを気にしている余裕がない。

 けれども、これまで地上で仕事をしてきたねじまきには刺激が強かったのだろう。子役の仕事をしていたにしては少々恥ずかしがり屋だが――。

 僕は自分の着替えに取り掛かり、今日の仕事を振り返る。

 モグラは現れたけれど、かなり弱いタイプで助かった。他の班もモグラに遭遇しなかったらしい。幸いにも死傷者なしでほっとした。

 ――僕は何にほっとしているんだろう。

 別に他の班のだれが死のうが僕には関係ないし、いまさら情も湧かない。

 ――ねじまきか。

 どうしてか、ねじまきに死体が転がる光景を見せずに済んでよかったと思う。

 きっと彼女がスピンカに似ているからだ。

 スピンカにあんな無残な光景は見せたくない。

 だからあいつが地下に興味を抱いたときは必死になって止めたのだ。


 ロッカールームを出ると、先に着替え終わったねじまきが僕を待っていた。

 若干気まずそうで、まだ少し耳が赤い。

 どうやらエスコートが必要なようだ。

 まあ、他の奴らに絡まれでもしたら厄介だ。

 ねじまきは可愛らしい見た目をしているし、配管工にはそういうのに見境のないろくでなしもちらほらいるから危なっかしい。もしものときの自衛策というか、処世術も教えておこう。

 僕はねじまきと一緒にエレベーターに乗り、地上へ戻った。

 ほんの少し、日常に彩りが加わったような感じだ。

 スピンカがいなくなってからというものの、こういう感じは久しく味わってこなかった。


 ――でも、いつまでも続くわけはない。

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