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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆四 ねじまき1
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◆四 ねじまき1 ④

 その後も順調に補修を続け、今日割り当てられた分の仕事はもうすぐ終わりそうだった。

「……これは、ひどいな」

 そんな折、壁が破れてその向こうの配管が露出し、損傷している個所を見つけた。

「破れた跡を見るに、壁の向こうから何か来たみたいだね」

「壁の向こうから……」

「そこそこ大きいモグラがいるかもしれない。キュボー」

「……少なくともこの辺りにはもういねえな」

「そうか」

 モグラはいない。まずはひと安心だ。

「これ、どうやって直す? キュボーのアームは届く?」

「届かないことはねえけどよ、盾を外さんとならんし、モグラが出たら守れねえぞ」

「かといって、このなかに入ってやるのは狭いしな……こりゃ保留だな」

 問題の個所をどうにかするには、まず壁の破られた部分に入り込むか、専用の装備を手配して取り掛かるか、あるいは状況によっては壁をそのまま取っ払うかしなければならない。入り込むにしても身体の動きはかなり制限されるだろう。

 ここはとりあえず報告だけしておいて、後日適した人員でやってもらうのがいいだろう。

「わたしなら入れると思いますよ」

「頑張るなあ……狭いところ平気?」

「大丈夫です。背中のこれ、外れますよね」

 作業着の背中から胸を覆う大型のパーツには、ヘルメットの他にショックによるダメージを軽減するためのものが詰まっている。

 それを取り外すと、すらりとしたねじまきのシルエットが現れる。

 ――なんて頼りのない細い肩。

 嫌でもその姿にスピンカを重ね見てしまう。

「……じゃあ、なかがどうなっているかだけ確認して。補修はこういうのが専門の班にやってもらうから」

「わかりました」

 そして早速、ねじまきは器用に身体をくねらせながら、壁の向こうに入っていく。

 ――スピンカは狭いところが苦手だった。

「キュボー、記録開始」

「もうしてる」

「そうか。それにしても、身体柔らかいんだね」

「バレエとか習っていた……のかも」

「ダンサーだったの?」

「いいえ、子役でした」

「……そうか」

 僕はそれ以上訊くのをやめた。

 子役という仕事には、いろいろと複雑なものがある。

 気まずさがせり上がってくる。

 黙っておけばよかった。

「暑っ……なんか、向こうの壁がすごい熱で、暑いです……」

「まあ外は90℃くらいあるから、そこも相当だろうね。作業着のおかげで実際よりだいぶ低い温度に感じているはずだよ」

「そうなんですか……背中のやつ、外さないほうがよかったですね。顔が焼けそう……」

「だから無理は禁物。それで、配管のほうはどう?」

「えーっと……穴みたいなのが、ぽこぽこ空いてます。握り拳くらいの。そこから、何かドロドロしたのがこぼれてます」

「そこの配管はかなり頑丈なはずだけど……」

「穴がぽこぽこ空いてるってことは、単なる老朽化じゃねえな」

「ひどいにおい……うー……」

 壁のなかでねじまきが悶えている。

「お二人は臭くないんですか?」

「俺はセンサで異臭を感知することはできるが、まあそれだけだな」

「僕の場合は、まあ最初はきつかったけどいまはそれほど」

「それって鼻潰れてるんじゃ……」

「慣れだよ、慣れ。そのうちどうってことなくなる。とりあえず、損傷してるのはわかったから戻ってきて」

「――いっ、痛っ!」

 ふと、ねじまきが小さな悲鳴を発した。

「どうした?」

「な、なんか作業着が勝手に……」

 どうやら作業着が何かを感知して変形を始めたようだ。

 壁の向こうに行って環境が変わったからか、それとも――。

「針みたいなのが、刺さってる……?」

 ねじまきの不安げな声が聞こえる。

「大丈夫だ、ねじまき。その針は感覚のコントロールをしてくれる」

「感覚のコントロール……?」

「痛覚を抑えたり、反応速度を上げたりとか」

「あ、ほんとだ。なんか、じんわり……」

 針が刺さるということは、コンバットモード――モグラと戦うための形態だ。

「キュボー、どう?」

「ここからじゃわかんねえな」

 そんなはずはない。

 キュボーのレーダーは鋭敏だ。

 何かを感知しているが、あえてとぼけている。

 キュボーが新人によく使う手だ。

 ――となると、ここはねじまきにやらせてみるということか。

「ねじまき、作業着は近くの何かに反応してる。周りをよく見て。その辺に何かいない?」

「えーっと……あっ――」

「ん?」

 壁の向こうでねじまきが何かを見つけたようだ。

「なんか虫みたいのがいます……」

「虫? 何匹くらい?」

「けっこういっぱい……十匹くらい? ゆっくり動いてます」

「大きさは?」

「一匹あたり、15センチくらいです。大きい……」

 地下3000メートル、90℃の環境で活動できる大型の虫――。

「虫は苦手?」

「わたしですか? えーっと、まあ……ていうか、地上では実際に見たことがないです。昔見た映画で、人が大量の虫に食べられちゃうシーンがあって……」

「ねじまき、いま君が見ているのはモグラだ。たぶんそいつがそこの配管を食い荒らしてる」

「えーっ、これが?」

「そう、モグラの小さいのだ。基本的に強さと大きさは比例するから、たぶんレベル1くらいだね。作業着の腰のところに変な棒があるだろ。それでつつくんだ」

「えっと……はいっ」

 一瞬光って、その後にバチっという鋭い音が響く。

「あっ……わっ、こっち来た!」

「慌てずに。大丈夫、その程度の奴なら襲われても大したことない」

「そ、そんな……うわっ」

 再び一瞬の光と、鋭い音。

 十数回それが続くと、ようやく静かになった。

「終わりました……」

 どうやら全部倒せたらしい。

 一仕事終えたという感じのため息が聞こえてくる。

「お疲れさん。モグラはどうなった?」

「あー……なんか、金属とプラスチックの塊になってます」

「だろ? モグラを倒すとそうなるんだ。さっき虫に見えていたのは、実際にはそういう姿をしているわけ」

「モグラって、ロボットか何かなんですか?」

「さあ。もともとはこの施設を建造するときに使われた古の機械だって仮説はあるけど、モグラそのものが何なのかはよくわかっていない」

「はあ……えっと、この塊どうしたらいいですか?」

「とりあえず全部集めて持ってきて」

「はい……」

 そうして金属とプラスチックの塊を腕いっぱいに抱えて出てきたねじまきは、見事に泥だらけだった。

「ご苦労さん」

「あの、これどうしたら……」

「キュボーのお尻に回収ボックスがあるから、それに入れて」

「はい……」

 ねじまきが回収ボックスにモグラの残骸を入れると、その動きで異臭が漂ってくる。

「……やっぱり、臭いな」

「ほらー! 臭いんじゃないですか!」

 ねじまきの頭の巻き鍵にも泥がかかっている。

 それを指摘すると道具入れから手鏡を取り出して、どうにか払い落とそうとする。

「あーあ、アイデンティティが……」

「だから外したほうがいいって言ったのに」

「だって……」

 やはりなんとも言えない変な奴だ。

 どうかしている。

 とはいえ、仕事が思ったより捗ったのは助かった。

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