星夜ノ森で
皆で騒いだ日の夜は一人になると決まって、どうしようもなく寂しさが込み上げてくる。この日も、姫は一人眠れぬ夜を過ごしていた。
「眠れない…」
そっとベッドを出ると、窓辺に立つ。窓から空を見上げると、星が降るように瞬いていた。
「綺麗」
晴れ渡った星空を見上げると、亡くなった母の事を思い出す。こんな眠れない夜には、窓辺でよくお話を聞かせてくれた。満天の星空を二人並んで見上げながら、母の口から紡がれる星々の物語によく耳を傾けたものだ。
「お母様…」
母が亡くなってからは忙しい父を煩わせるわけにもいかず、一人で寂しさに耐えていた。新しく義母が来て弟が産まれてからは、殊更その寂しさが増えるようだった。
「あら?」
ふと視線を下へ移せば、そこにはリックの姿があった。家の近くに横たわる丸太に腰掛けて、空を見上げていた。その姿が何故か自分に被って見えて、放ってはおけずに踵を返す。
音を立てないように階段を降りると、皆を起こさないように静かに家を出た。そして、リックのもとへ向かうと背後からそっと声を掛けた。
「リック、眠れないの?」
振り向いた彼は、少し驚いてこちらを見上げた。けれど、すぐにいつもの笑顔で手招きする。
「?」
近寄っていくと、ぐいっと腕を捕まれてストンと彼の隣に座らさせられていた。
「ほら、そんな格好じゃ風邪ひくだろ」
「わっ、ぷ!」
そう言って、ふわりと彼が手に持っていた毛布を被せられる。頭から被せられた毛布を掻き分けて顔を出すと、ニヤリと悪戯げにこちらを見ているリックと目が合った。
「もう、何するのよ!」
「女の子が夜着でうろうろするなって話だ」
あっ、と思った時には既に遅し。ここに乳母がいたら延々とお説教を聞かされるところだろう。それに思い至った姫は恥ずかし気に頬を染めて、えへへとばつが悪そうに笑った。
「気を付けます」
「そうしろ。それで、あんたはどうしたんだ?」
「…眠れなくて」
苦笑しながらそう言うと、そうかと言ってリックは再び空を見上げた。
「なぁ、あんたはなんで城を出されたんだ?」
その問いに、姫は胸にもやっとしたものを感じた。いや、もうずっと前から感じていた気がする。
「アメリア」
「は?」
「私の名前よ。『あんた』じゃなくてアメリア」
むすっとしながらそう言うと、一瞬ポカンとした後にクスクスと笑われた。
「白雪姫ってくらいだから、白雪が名前かと思ってた」
「ち、ちがうの!! それはいつの間にかそう言われていただけなの!」
「へぇ、それで何で今になって名乗る気になったんだ?」
何故と問われて、自分でも何故なんだろうかと首を傾げる。
「嫌だったから、かしら」
「嫌?」
「ええ。私を名前で呼んでくれるのは、お父様とお母様だけだったの。それで良いと思っていたし、当然だとも思っていたわ…」
だが、母が亡くなって義母が来て弟が出来て、父も忙しく自分の名を呼ばれることがなくなってしまった。当然、疎まれている義母からも名前を呼ばれることなどなかった。
皆から、姫と呼ばれる度に心が冷えていく。だからその事を考えないようにして、心を眠らせていれば楽だった。
「そんな時だったのよ、ここに連れてこられたのは」
初めは戸惑いしかなかった。でも、『ああ、きっともう城に帰ることはないんだろうな』と思って諦めた。
「そう思ったら、もう誰にも名前を呼んで貰えないじゃない? それなら、リックには呼んでもらいたいって思ったのよ」
そう素直に思った。小人たちからは姫と呼ばれても、そういうものだと思った。でも、リックからはあんたと呼ばれていて、何故だか凄く嫌だと思ったのだ。
「へぇ、それは光栄だな」
「ふふ、リックは私の先生だもの」
掃除に洗濯、料理。ここで暮らすために必要な事は、大体リックに教わってきた。だからリックは自分の先生なのだ。そう考えれば、たとえ王族だとしても名前を名乗るのは至極当たり前のことだ。説明しながら、姫は自分の考えに妙に納得していた。
そう伝えれば、驚きと照れ臭さにリックは笑った。まさか彼女がそんな風に思っていたとは、思いもしなかったのだ。
とても優秀な生徒とは言い難いが、不器用ながらも一生懸命に取り組む姿には好感が持てる。
「それなら、これからもビシバシ教えないとな」
「お、お手柔らかにお願いします」
冗談めかしてリックがそう言えば、真面目な顔をして姫が頭を下げる。そして、視線が合うと二人して吹き出した。ひとしきり笑った後、ふとリックが話し出した。
「俺もアメリアと同じなんだ」
「え?」
「母親を亡くして、継母と上手くいかなくてな。弟が家を次ぐのに、邪魔にならないように家を出た」
その弟とは仲が良いらしい。そんなところまで二人はそっくりで、アメリアはふふっと笑みを溢した。
それから二人で色々な話をして、やがて東の空がうっすらと明るみだした頃、リックの肩にずしっと重みが掛かった。
「アメリア?」
リックがそっと名前を呼ぶと、なんとも間延びした返事が聞こえる。
「なぁーに…」
「いや、おやすみ」
さらりと彼女の髪を撫でてやると、ずっと重みが増した。どうやらすっかり夢の中に旅立ったらしい。そんな彼女の可愛いらしい寝顔を眺めながら、ふと故郷を思った。
見上げた空には、明けの明星が一際輝いていたのだった。
結局、そのまますっかり眠ってしまった姫を抱き上げてベッドに運んだリックは、彼女に若干の不安を感じていた。
「…安心しすぎだろ?」
姫なのだから箱入り娘で育ってきたのは分かる。が、王族としていろいろと危機感を持つことも教えられているはずだろうに… と、深いため息をつくのだった。
残念ですが、城から出す気が全く無い国王夫妻ですからね。箱入り中の箱入り娘なのですよ。ましてや異性と接触させることなんて皆無。今の状況を王妃が知れば… 面白いことになりそうですね。
ちなみに運良く(?)まだ魔法の鏡による見守り中に、リックは見つかってはいません。