ドラゴンブレイカー
HRが終わり、帰りの支度を済ませて俺は教室を後にした。
今日は幸い掃除当番ではない。そして読者諸君もお気づきだろうが、部活動には所属していない。
つまり帰宅部ってことだ。それもそのはず——何故なら俺は孤高の存在、つまりぼっちだからな……などという理由ではない。俺は悪の組織と日々戦っているからな。
帰宅し、今日も任務に励まなければならない。
——『ドラゴンブレイカー』でな。
『ドラゴンブレイカー』とは、俺の今一推しのオンラインゲームだ。
空を飛び暴れる火竜を、『ドラゴンブレイカー』と呼ばれるドラゴンに乗るハンターが狩り、空中都市の領土を広げていくゲームだ。
俺は毎日、一時間ほどラノベを読んだ後、このゲームに没頭する。
悪の組織と戦ってる=ドラゴンと戦ってる、ということだな。
「何も関係ないだろ!」
思わず自分でツッコミを入れてしまった。
……忘れてくれ。てなわけで、さっさと帰宅しなければならない。
時間は有限だからな。
早足で三階の教室から階段を降り、下駄箱に向かう途中、階段を登る栞とすれ違った。
掃除道具を取りに行っていたのだろうか、右手にはちりとりを持っている。
すれ違う時、若干目が合った。いつもは俺を蔑むような目で見ていた彼女の顔が、今日はどこか悲しそうだった。
過去にあんなことがあったとはいえ、幼馴染で仲が良かっただけに少し心配になった……が、今更かける言葉も見つからない。
俺はそのまま彼女の横を通り過ぎ、下駄箱に向かった。上履きをしまい、靴を履き替え、校舎を出る。
校庭では、部活動の準備をする野球部が声を張り上げていた。
その横を素通りし、校門を出ようとした瞬間、背後に視線を感じた。
咄嗟に後ろを振り向くと、謎の少年がこちらを見つめていた。
身長は百四十センチぐらいだろうか。小柄で、全身黒いローブを纏っている。
左目はローブで隠れておりうまく確認できず、右目は赤色だろうか。
明らかに異質なその存在は、左手を後ろに下げ、右手の人差し指を口元にあて話し出した。
「ねえ、君が龍ケ崎 歩くんかな?」
俺の名を知っている……が、俺はこいつを知らない。恐怖心に包まれながら口を開けた。
「貴様、なぜ俺の名を知っている! まさか機関の者か?」
今までなかった展開に気が動転したのか、はたまた厨二癖が出たのか、思わずこんなセリフが出てしまった。
「やっぱり君が龍ケ崎 歩くんなんだね。僕、君を探してたんだー」
その存在は俺の質問には何一つ答えず、言葉を返してきた。
「俺の質問に答えてもらってないぞ! 人に名前を聞く前に、自分から名乗ったらどうなんだ」
問い質すと、悲しそうな顔で目を細めながらこう言った。
「ごめんねー。今は僕の名前を名乗ることはできない。でもきっと近いうちに会えるよ、きっと」
そう言い残し、その少年は夕焼けの中に消えていった。
実に異様な少年だ。しかも「近いうちに会える」ってどういうことなんだ? 俺は疑問を抱いたが、何事もなく一安心し帰宅した。
「ただいまー」
「あら、おかえりー。今日の夕飯はカレーよ」
家のドアを開け、リビングに向かうと、母親が夕飯を作っているところだった。
自宅は一軒家で、二階建ての三LDKだ。俺は洗面所で手洗いうがいをした後、二階の自室に入り、青いジャージに着替えた。
今の時刻は夕方十六時頃、夕食までまだ時間がある。俺は昼休みに読み切れなかったラノベを、制服のポケットから取り出した。
一時間ほどで残りのページを読み終え、残り一時間は『ドラゴンブレイカー』をプレイした。
「歩ー、ご飯できたわよー」
十八時過ぎ頃、母親から夕食の支度ができたとの知らせが、一階から自室まで聞こえてきた。
俺はゲームの手を止め、一度ログアウトし、リビングに向かった。
父親は出張のためしばらく帰らない。母親と二人の夕食だ。
「いただきまーす」
俺はテレビに目を向けながら、夕飯を食べ始めた。
「次のニュースです。今朝、石原市にて高校生の遺体が多数発見されました。遺体は複数のナイフで貫かれた状態や、首が切断されたもの、足を切断されたものなど多岐にわたり、奇妙な状態だったとのことです。警察は捜査を続けておりますが、犯人の手がかりは未だ掴めていない様です。」
俺は背筋がゾッとした。それもそのはず、身近な場所でこんな無惨な殺戮が行われているのだ。
誰もが同じような反応をするだろう。
「物騒ねー。歩も気をつけるのよ」
「あー、分かってるよー。ご馳走様」
母親からの軽い注意の後、俺は夕食を食べ終え、食器をキッチンの台所に置き、部屋に戻った。