戸隠流
俺達は風の案内により北西へと車を走らせ、途中休憩を挟みつつ長野県戸隠の戸隠山麓にある戸隠神社に到着した。現在の時刻は朝の6時だ。
「みんな車の中に忘れ物はないかー?」
親父が呼び掛けていたが昨日の戦いの疲れが抜けきらずまだ眠り足りないようで、数名が返事ではなく大きな欠伸を漏らしていた。
準備が終わると風が先頭に立って神社に足を踏み入れた。だが人の気配は全く感じられない。風が辺りを見回して声を出そうとしたその時、急に上空から目にも止まらぬ速さで人が2人地上に着地した。思わず戦闘態勢になりかけた一同だったが、その姿を見て構えを解いた。おそらく女性と男性……の2人とも同じ黒い忍び装束に身を包んでおり、正にイメージ通りの忍者の服装だった。
「光明様から文の件承知しております。我々が里へのご案内を仰せつかっております、付いてきてください。」
そう言い終えると神社裏にある戸隠山の入口に案内された。話によるとここから先は険しい山道が続くようで体を鍛えていても登るのは大変だというので、時間短縮のために俺たちは竜化した風に数人ずつ背中へ乗せてもらい里まで運んでもらうことにした。風に……ドラゴンに初めて乗せてもらったわけだが、夢の一つが叶ってしまった……。感想はという、すごいという言葉しか出なかった。押し寄せる感動の波で語彙力を失っていた。立派な羽に重厚感のある胴体、どれをとっても俺の心を満たしてくれる最高の生物、それがドラゴンなのだ。
里には沢山の屋敷が点在しており、よくある忍者作品のそれで間違いない。
皆を運び終わると、里で1番偉い人に会ってもらいたいとのことで里の中でもひと際大きい屋敷へと案内されそこの客間へ通された。床は畳で両脇に長いテーブルが並び、そこには人数分の座布団が敷かれていた。皆が正座して数分待っていると1人の男が部屋に入ってきた。
「やあやあすまない、待たせたね」
その男は忍者装束に身を包んでいるものの、忍者にしては、特有の雰囲気の鋭さと言えばいいのだろうか?それを感じられない。最初の印象としては気さくでいい人そうという感じだ。
「手紙は拝見させてもらってここに来るまでの経緯は承知しているよ。君たちが光明ちゃんの仲間のようだね」
男は正面の座布団に腰をかけると胡座をかいて淡々と話し始める。
「エニグマとかいう輩が何かをしでかそうとしてるみたいだね……まあここにいれば暫くは大丈夫さ。里の周りには幻術を掛けてある。普通の人間には見破れまいよ」
と自信ありげな顔でそう言って俺たちへ順繰りと視線を巡らせる。その途中で何かを思い出したかのような表情になる。
「おっと、自己紹介がまだだったね。すまないすまない、僕の名は初見 良平。戸隠流忍者、初見良昭の子孫だよ! 気軽にはつみんとかまっさーって呼んでくれればいいから」
この男本当に忍者なのか……?しかも光明さんをちゃん付けで呼んでるし。と心の中でこの余りに軽いノリに疑問と不安を抱いてしまったが俺達は1人ずつ手短に挨拶を済ませた。その後男は親父と慎一郎さんを連れて退室し、残された俺たちは恵を中心としてこれからの事を決める会議が行われることになった。
「秋葉原での大幅な戦力確保は失敗に終わってしまった……現状能力者は5人増えて8人になったけど、打倒ウルフそしてエニグマが口にしていたエデンへ対抗するためには全然足りない……なら全国を回って協力してもらえる人を探すしかないか……」
恵は机の上で組んだ腕を顎の下敷きにした状態で頭を悩ませていた。皆もこれからの事、自身の闘い方等を考えているとすぐ良平が部屋に戻ってきた。
「あーそうそう言い忘れてた。光明ちゃんから歩くんに伝えて欲しいことがあるって頼まれてたんだよね。会議の途中で悪いんだけどちょっと来てくれるかな?」
俺はそう言われて部屋を出て良平に連れられて別室へ移動した。
「歩くん、君は光明ちゃんの見立てでは特別な存在らしい黒現の中でも極めて稀な存在という事なんだけど……まあジュラン君と風ちゃんもそれに属するんだけど……」
そういうと男は書棚から巻物を1つ取り出すと広げて俺に中を見せた。
「ここに書いてある地図に記されている場所には龍人の末裔が住んでいるということになっている。たしかに人はいるはずなんだが、さすがに龍人という部分は俺たち忍者の中でも偽りの歴史……というか誰かがいたずらで書いた事だろうと思ってほっといてたわけだけど……今起きている事の渦中にいる君なら分かるよね?」
つまり男が言いたいのはこの龍人の末裔と言われている存在が光明さんみたいに能力者となり力を得ている可能性があるという事だ。
「ああ」
「そして君は黒現、火や龍に関わる様々な力を信じる、イメージすることにより得られる可能性を持っている! つまりここを訪ねて龍人様に会うことが出来れば力を貰えるかもしれないってことさ」
確かにレヴァーテインと青龍を授かったとはいえ、まだエデンやウルフを倒すには俺たちには力が足りない。この男の提案に乗らない理由はないだろう。
「分かった。その場所について詳しく教えてくれ」
俺はその後、龍人の居場所が記された巻物を受け取り部屋に戻った。
「恵、提案だ! 部隊を二つに分ける!」
俺は部屋に戻るなりそう言って先程の良平さんから聞いた話と考えを皆に伝えた。それは今いるメンバーを龍人に会い更なる力を得るための俺主体のチーム、協力者を集めに各地を回る恵主体のチームという二手に分かれて行動するというものだ。
「なるほど……確かにその話を前提として動くなら歩、君の提案は理に適っているよ。なら先ずはメンバー分けだね」
そう言うと彼女はペンとノートを取り出し書き始めた。
「まず、歩主体のAチーム、龍ケ崎歩、辰凪風、ジュラン・ラプトリクは確定として……」
「暗奈は龍ケ崎歩と行くわ。泉と約束したから……」
「わたくしも歩と行かせてもらいたいと思いますわ。ま、まだ彼は心配なとこがありますし」
「そうか……なら2人を追加して、と。僕のチームは那月ちゃんと八重だ。仲間を集めに行くんだ。あまり目立ちたくないから少人数なのは逆に好都合だろう。では出発は1週間後として、それまでは各自修行や身体を休めるなり自由に過ごして貰って構わない……解散!」
その言葉で会議はお開きとなった。出発は1週間後、それまでに何処まで自身の能力の把握と底上げができるか、そして災華さんと光明さんから授かったレヴァーテインと青龍の力、実戦レベルまで扱えるように引き上げときたいしな。他のメンバーも各々で自分のスキルアップの為、周りの大きな山岳地帯をフル活用し鍛錬に励んだ。俺への稽古は忍者の良平さんが直々に相手をして付けてくれた。
稽古の時の彼は普段の軽いノリの雰囲気とはまるで違っていて手合わせをしてもらうと、とても冷静な判断能力を持ってることがわかった。
良平さんが説明してくれたことだが、戸隠流は攻撃を目的とせず、守りを重んじた守備の武術。身を守り、家族を守り、主君を守る。敵に相対しても自分からは攻撃を仕掛けずに相手の戦闘力を奪う。このような守りの技は非常に高度であり、黒歴史の力で得る事ができても厳しい修行の元でしか真に使いこなすことはできないだろうと。「武器を持たずとも敵を倒す」これが戸隠流の極意なのだと言う。
そうやって過ごしているうちにあっという間に6日が経ち、いよいよ出発までラスト1日となっても誰もが気を引き締めて鍛錬に励んでいた。