平将門の怨念
災華さんとの永遠の別れからしばし、封印が解かれてしまったことにより始まった小さな地響きは徐々に大きくなってきている。恵は未だ涙が完全には治まってはいなかったが、決意を固めた表情で立ち上がった。
「もういいのか」
「ああ、泉や災華さんみたいな人を増やさないためにも何としてもウルフやエデンみたいな存在は止めないといけない……それに……」
恵は拳を握り震わせながら普段は見せない険しい顔をして言葉を続けようするも、急に地響きが止まったその直後、上空に視線を釘づけにさせて叫ぶ。
「あれは!」
恵が視線の先へ指をさす。その方向は大手町、平将門の首塚が位置している場所だ。そこから何かが爆発したような音と共に空へ向かって黒く禍々しいオーラが奔流となり柱の様に真っすぐと伸びていった。それが上空全体へ徐々に広がり始め暗雲が立ち込めていく。
「恐れていた状況になってしまったみたいですね……」
要石が全て破壊されてしまったことで平将門の封印が解かれ首塚から怨念が溢れ出しているのだろう。都市伝説が具現化するとしたら、これからどんな災厄が降りかかるか分からない。極めて危険な状態だ。
これからどうすべきか考えていると、辺り一帯の上空を覆った暗雲から疎らにだが雨の様……にしては大きい黒い雫がポツポツと降り始めた。当然この神田明神にもそれは落下してきた。それは地面に着地すると最初はスライム状だっだが徐々に形を変え、やがて赤い目をした甲冑武者の姿になり「ウゥ〜」と唸り声を出しながら鞘から剣を抜き俺たちを襲ってきた。
当然単体ではなく次々とこの神田明神にも降って来ていて俺たちの周囲にも数を増やしている。地下にいた能力者たちも地上での騒ぎに気づいたらしく続々と外に姿を現し、戦闘態勢に入る。
「桜閃一刀流 弐の太刀・関山!」
「〝 コート・オーダー〟ファイアー・ドレイク !」
「基礎攻撃魔法 〝 ファイアーボール〟!」
「安倍晴明の血族、安倍光明がかしこみかしこみ申す! 悪しき者を払い給え、清め給え、急急如律令! 玄武! 白虎!」
「ポイズン・アロー!」
「サンダーブレイドォォォ!」
「魔王具解放!顕現せよ!バイデント!!闇槍の三連突き」
「Restoration! 〝ラプトル〟」
「ぶちかましますわ!」
皆が次々に攻撃を出し将門の怨念と応戦する。早乙女さんも刀を両手で持ち突進して突く技を使い美麗の銃撃と連携してヒットアンドアウェイ戦法で次々倒している。しかし、何度倒しても奴らは体を再生してしまいキリがない。それどころか駆けつけてくれた神田基地の人が次々と怨念の凶刃により倒れていき、状況は悪化する一方だ。
俺も〝レヴァーテイン〟を使い〝ドレイク〟との協力攻撃で何度も奴らを薙ぎ倒しているが再生能力の制限ないのかすぐに復活する上に、どんどん怨念の塊が降ってきて数を増やしていく。
「……こうなった以上やむを得ません! ここは私が抑えます。皆さんは秋葉原から脱出してください!」
光明さんの指示にこの場の全員が目を瞠る。
「隊長!? それじゃあ隊長はどうするんっすか!」
「た、隊長……も一緒にっ……!」
那月ちゃんと風ちゃんがは縋るような声で、1人残るという発言をした光明に呼び掛ける。
「もう、皆様の力では事態を沈静化できる状況ではありません……今から私自身を7つの要石の代わりとして用いて封印陣を展開します。大丈夫、私は死んだりはしませんよ。呪いを抑えている間は動けなりますが……」
怨念の封印が解かれてしまった今、対処できる方法は新たに封印をする他にないようだ。しかし要石は破壊され、今から7つの神社に新たな要石を用意するにはあまりにも時間が無さ過ぎた。
そう言い終わると光明さんは袖から式札を取り出し姿を白い鳩に変化させると筆ペンを取りだし白い紙に何かを記入し結んで鳩に持たせ空に飛ばした。
「風、いいですかよく聞きなさい……今忍者の里に向けて伝書鳩を飛ばしました。ひとまずこれで里の方々は事情を理解して受け入れてくれるでしょう。だからあなたはその力を使って彼らを里へ案内なさい。あそこなら暫くは姿を隠せるはずです……」
「分か……りました。隊長、わたしやり遂げて……みせます!」
風ちゃんは小さい声ながらも光明さんから任された役目に決意の表情で手のペンダントを強く握った。
「それと歩君!」
「はい!」
「これを……」
俺は光明さんからブレスレットを手渡された。真ん中には蒼色の宝玉が埋め込まれていてその縁の部分は金色ですごい光沢だ。
「これは私の青龍の力を宿したものです。竜の力を使える君ならきっと答えてくれるはずです! さあ行きなさい!」
他のみんなが対処して持ちこたえている間に光明さんとのやり取りを済ませた俺たちに親父と慎一郎さんが車を2台用意してくれていたようで大声で俺たちに早く乗り込むように伝えてきた。
「光明さん! 絶対この怨念を倒せるくらい強くなって戻ってきます!必ず!」
「早く行けっ!!!」
いつもは冷静な光明さんが俺たちに声を荒げてそう叫ぶ。俺たちは走って車のある駐車場に向かう。しかし、1番後ろを走っていた早乙女さんが地面に転がっていた大きめの石ころに躓き転んでしまい、そこへタイミング悪く降って来た2体の怨霊が彼女に襲いかかる。
襲いかかる怨霊を、遮るように割って入りそれぞれの武器で抑え込む2人。
「勇人君! 刃君!」
「八重さん行ってくれ! あなたは世界を救うのに必要な人だ! こんなところでくたばっていい人じゃない!」
「嫌、私も戦うわ」
そう言いながら彼女が鞘から刀を抜こうとする。
「来るんじゃねぇ!!! どちらにせよ誰かが殿の役目をやらなきゃいけなかったんだよ! 俺たちの覚悟を無駄にするんじゃねぇぞ!!!」
勇人と刃の覚悟の決まっているその眼差しとそれを聞いた彼女は涙を流しながら立ち上がり2人に背を向けて走り出した。
「勇人てめぇ! カッコイイとこもあるじゃねえか!」
「お前もな刃。……あ~あ、せっかく萌え萌え桜に心機一転して入り直したってのに最初で最後の仕事になるなんてな……! せめて最後くらい格好よく死のうぜ相棒!」
「ああ!!!」
2人はそうやり取りを交わして決死の覚悟で怨霊達へと向かっていった。 駐車場に駆けこみ慎一郎さんと親父が用意したワゴン車にそれぞれ乗り込む。慎一郎さんの車には恵、美麗、早乙女さん。親父の車には俺、ラプトリク、暗奈が乗り込んだ。
風ちゃんは皆が乗り込んだのを確認すると自分の首にかけているペンダントを強く握りしめ、目を閉じた。そうするとペンダントについてる碧色の宝石が光を放ち彼女を包み込んだ直後、彼女の体が変化を始め瞬く間に2枚の大きな羽根が生えた西洋に出てくるドラゴンのそれに姿を変えた。そこで初めて彼女の能力が竜化だったということを知った。
だが俺はこのドラゴンを知っている。〝血染めの龍と秘められし竜爪〟に登場する竜の巫女と同じ能力と姿! つまり彼女の能力のルーツは俺と同じ作品だったのだ。この素晴らしいライトノベルについて彼女と語り合いたいと心の中で昂ぶりながらも、今はそんな状況ではないと我に返り、逸る気持ちを抑える。
「わたしが空を飛び先導して忍者の里まで案内します。皆さん着いてきてください」
竜化した彼女はそういうと大きな翼を羽ばたかせて空へ。
そうして俺たちは混沌とした状況の秋葉原を光明さんと勇人と刃へと託し、脱出までの道中は恵の攻撃魔法や美麗の銃撃、俺の紅蓮拳や暗奈の〝 ポイズンアロー〟といった中・遠距離攻撃を使い車に群がる怨念の甲冑武者を蹴散らし忍者の里へ向けて出発した。
……既に秋葉を離れた車内で俺は先程の風ちゃんの竜化した時のことを思い出していた。飛び立つ時の羽ばたきは周囲の空気を激しく震わせていて、その姿は俺の厨二病心を強くくすぐられた。正直、俺の〝ドレイク〟は小柄なため一般的にドラゴンと言われた時に妄想するそれじゃない。だが今目の前にいるのは正真正銘のドラゴン。俺は毛並みはどーなっているんだろうか、後で撫でさせてくれたりしないだろうか? 等とドラゴンフェチ全開の妄想を脳内で膨らませていた。
……あとで聞いた話だが、里へ先導している道中になぜか背筋に悪寒が走ったと風ちゃんが言っていたらしい。