神空のファルシオン
歩、美麗、ジュランがアリスとの戦闘を繰り広げている一方で〝萌え萌え桜〟のメンバーである早乙女さんと魔将院さんも、エデンに寝返った剣 勇人との交戦は継続中だ。2人は攻撃をやめてチームに戻ってこいて、幾度も説得を試みているが決意が固いようで状況に変化はない。
「デス・ブラスト!」
「桜閃一刀流 参の太刀・普賢象!」
勇人は彼女らの説得の言葉を遮るように闇色の斬撃を連続で二人へ向け飛ばす。しかし次々飛来する斬撃に対し早乙女さんは刀の切っ先から接触する瞬間沿わせるようにして、振り抜く方向へとそのエネルギーを受け流して捌いていく。
参の太刀・普賢象とは……本来刀同士の打ち合いで相手の剣撃を受け流して体勢を崩し擦れ違いざまに斬りつける攻防一体の技だが、遠距離からの攻撃にはこのように守りながら距離を詰める方法としても使うことができる。ただし相手もしくは遠距離攻撃の力や速度を正確に見極めることができて初めて成り立つ……と抜刀剣舞 八重桜で説明されていた技だ。
「なぜ、そこまで頑なにそちら側につくのよ! 剣くん」
「俺はこの世界にエデンを創造し、俺を馬鹿にしていじめた奴らに復讐する!!あいつらに救われる権利はない! お前らがその計画の邪魔をするならぶった斬る。ただそれだけだ」
どうやら勇人はオタクであるが故にいじめを受け憤りを感じていたようだ。気持ちは分からなくもない。クラスの奴らから嫌悪の目で見られたり、オタクと言うだけでいじめの対象になったりと、未だにオタクというだけで世間からは排斥されるという話は何度も耳する。だからと言ってそれが人に剣を振るったり、復讐していい理由にはならない。
「そんなことが理由で人に剣を向けていい理由にならない」
「そうだぞ!勇人! 今ならまだ大丈夫だ、戻れる!考え直すんだ」
2人にとってはかけがえのない仲間である剣 勇人、当然戻ってきてほしいし闘いたくはないに決まっている。しかし、世界は非情だ。ただ人々を助ける事を夢見ていたごく普通の少年が旅をしてそれに共感し信じた。しかし世界はそれを否定した。所詮唯の絵空事、虚構の創作物だと。そんなものを信じている勇人もまた世界から疎まれる孤独な存在なのか。
ならばオタク全てがこの世から疎まれるのか? そうではない、この少女 早乙女 八重は違った。美人で凛々しく秀才、その上SNSに動画や画像を投稿したら10000以上の評価は当たり前。彼女は剣 勇人とは対照的に世界に受けられたオタクなのだ。誰しもが思ったことは無いだろうか? こいつもオタクなのになぜ俺と違ってモテるのかと!なぜ嫌悪感を持たれないのか?と。この勇人もまた同じなのだ。故に相容れない。道は分かたれた。
「ファルシオン! 我が求めに応じその力を振るえ! サンダー・ブレイドォォォォォ!!!」
目前に迫っていた早乙女さんに勇人は雷の力を帯びたファルシオンで斬りかかり、彼女は咄嗟に反応してしまい八重桜で受けた。刀を伝い彼女の体に電流が襲いかかる。
「クッ……あぁぁぁぁ……!」
彼女は地面に刀を突き立てなんとか倒れずに堪えるも、しばらく動けそうにはない。再度立ち上がるには時間が必要そうだ。
「勇人……てめぇぇぇ! よくも八重さんを……魔王具解放! 顕現せよ! バイデント!」
魔将院が詠唱し、頭上に顔を向けると空に暗雲が立ち込め亀裂が走った。そこから現れたのは悪魔の専用武器であるバイデント、簡単に説明するなら二叉の槍と言った感じだ。
「勇人ぉぉぉぉぉ! てめぇ俺を倒し人々から世界を守るとか言ってたくせになにやらかそうとしてんだ! 許さねぇ!」
彼は怒りに身を任せ、何度も勇人に禍々しい闇を纏った槍の連撃で攻め立てるが、渾身の技も軽く躱されていく。その攻撃が途切れ魔将院もまた疲労により地面に槍を突き立て荒い呼吸を繰り返す。
「もう終わりか……俺が倒そうとした魔王様も随分弱ったもんだな……」
勇人は悔し気に表情を歪め動きを止めている彼の正面に剣先を向けた。
「まだ、私達はやれるわっ……!」
勇人が彼にとどめを刺そうとした瞬間、ファルシオンの攻撃を受けてダメージを受けていた早乙女さんは、ふらつきながらも刀を構え立ち上がった。
「そんな状態で戦える訳ないだろう! もう諦めてくれ」
依然として闘う意志を見せる彼女に勇人は忠告した。しかし彼は知っていた。この人が言葉だけでは自身の意志を曲げるような女ではないことも。その高潔さが憎かった。信念に従って真っすぐ在り続けられる彼女の傍にいるだけで虫唾が走った。それでも好きだった。傍にいたいと思ってしまった、だから俺の気持ちをわかって欲しかった。
「うるさい! 死んでくれ!」
勇人は大きく振りかぶり、早乙女さんに剣を振り降ろした。
「あなたに私は殺せない……だってあなたは……」
その通りだった。勇人は振り切った剣を彼女の肩に触れるギリギリで止めていた。そう、最初から殺すことなんて考えていなかった。そこにあるのはこんなに歪な自分をチームに受け入れてくれた事への感謝の念だ。故に勇人はこの人を斬れない。そんなことはわかり切っていた。
「ほら……やっぱりね……」
彼女は柔らかく微笑んで勇人を見るとしかしそこには確かに涙があった。それが意味するものは分からない。
「八重さんはズルいですよ……俺に八重さんを斬れる訳が無い……だって八重さんは……俺の……俺の……最初の友達で……俺の初恋の人なんだから……」
勇人は、彼女の肩の上で寸止めになっていた剣を地面に突き立て、顔を俯かせると涙を流した。オタクを迫害した奴らへの復讐、そしてチームに加えてくれた八重さんへ抱いた尊敬と特別な感情。光と闇のどちらも剣 勇人自身なのだから。彼女を殺すことなどできはしない。
「で、勇人はどうしたいの?」
彼女は涙を流し続ける彼に問いかける。
「勇人の気持ちは痛い程分かるよ……私は人気者だからそんなこと考えないって思ってるなら……それは違うよ。私だって元々とは勇人と同じ……普通のアニメやゲームが好きな女の子。ただそれが理由でね……同級生の女の子に沢山虐められた。でもね……恨んでるだけじゃ、自分の殻に閉じこもろうとしちゃだめなんだ……私が彼女達とオタクの人達を繋ぐ架け橋になって……皆で仲良くできる世界にしたいって……そう思ったからSNSでも発信を続けているんだよ……」
そういう彼女はいつもの凛とした雰囲気とは対象的に、儚げに声を震わせて自分の語りたくもないであろう過去を語った。そして勇人は初めて気づいた。自分の行いがどれだけの間違いを重ねていたのかを。ああ、何故、俺はいつから彼女に嫉妬を感じていたのだろうか……何故こうなってしまったのだろうか……。勇人は涙を拭うと頭を上げて、彼女の目を見て頭を下げ手を差し出して言った。
「俺を萌え萌え桜に入れてください」と。それはメンバーに戻るということではなく、新たにメンバーに加わりたいという物言いだった。それが彼なりの決意なのか、ケジメなのかは彼にしか分からない。
それを聞いた彼女は勇人の伸ばされた手を両手で包んで、目の端から一筋の涙を溢して答えた。「こちらこそよろしくお願いします」と。