D-watch
俺は今、秋葉原の中央通りでランニング中だ。現在時刻は22時、今晩は早乙女さんによる要請の影響なのか日中は人で溢れ返っていたこの場所も今では人の気配をほとんど感じない。戦闘時は竜化による身体強化があるとは言っても、反動での身体への負担は大きいと感じた俺は少しずつでも身体を鍛えるため基礎的な運動から始める事にした。
暫くランニングを続けていると、行く手に一人の男が現れた。茶色の革ジャンに下はグレーのジーンズ姿でどこか大人っぽさを感じる服装をしている。髪色は金髪で髪型はミディアム。容姿から察するに恐らく外国人だろう。そんな事を考えながらその男の横を通り過ぎようとしすると、すれ違いざまに声をかけられた。
「君、龍ヶ崎 歩くんだよな?」
少なくとも数時間前に行われた会議の場でこいつは見かけなかった。この閑散とした秋葉原にいて尚且つ初対面で一方的に知られているのなら正体を確かめる必要がある。
「何故俺の名前を知っている!? 貴様何者だ!!」
しかし質問を無視され、俺の反応に機嫌を良くして話を続けてくる。
「君にお願いがあってね。僕のペットと遊んでくれないか?」
正直、こいつの意図が全く読めない。俺に急に話かけてきたかと思うと、今度はペットと遊んで欲しいだと?胡散臭さい奴だと思ったが誘いに付き合ってやる事にした。
「まあ……ペットの遊びに付き合うくらいなら……で、そのペットはどこにいるんだ?」
「フフフッ……。ありがとう! 君ならそう答えてくれると思ったよ!」
男はそう言うと、不敵な笑みを浮かべながら左手首にハメていた腕時計に似たデバイスを取り出した。それは一般的な腕時計とは明確に異なるデザインをしており、この世界では到底創りだすことはできないだろうと思えるような異様なオーラを醸し出している。続けて革ジャンの内ポケットから骨のようなものを4つ取り出した。そして男は取り出した骨を腕時計に似たそれにかざし、その上部にあるボタンを押した。
「じゃあ先ずは、上野で手に入れたこいつの腕試しといこうじゃないか!」
そのセリフと共にデバイスが起動し、そこから音声が流れ始めた。
「Ⅾ-watch Restoration〝ラプトル〟!」
その音声を聞いた俺は、置かれた状況を瞬時に悟りその場から全速力で逃走……ではなく戦略的撤退のため走り出した。
説明しよう! あのデバイスは″Ⅾーwatch"。TVアニメ″ダイナソー・コレクター″の主人公やその仲間たちが博士から託されたデバイスで、恐竜を一時的に化石から復元出来る機械だ。使用には恐竜の化石の一部分しか必要としないため、男の様に内ポケットに持ち運ぶことが可能だ。極めつけは、復元によって現代に蘇った恐竜が復元させた人間の指示通りに行動してくれるということ、ここまで説明すれば俺が全速力走り出した訳もわかってくれたかと思う。単刀直入に言う俺は今から4匹の恐竜達の遊び相手をさせられると言う事だ。冗談じゃない、誰が好んでそんな危険なやつの相手をしなきゃいけないんだ!
そう考えながら首だけ振り返って確認してみると最初はただの骨でしかなかった化石が変化を始め、ものの数秒の内に復元が完了した。と同時その4匹は男に指示を貰うと、俺に狙いを定めて勢いよく追いかけてきた。まさか俺が生きている人生で恐竜と追いかけっこをする羽目になるとは夢にも思っていなかった。まあ夢と思い現実から逃げだしたい状況なんてここまでに色々あったし今更言ってもしょうがない気もしているがな。
焦りの余り説明を忘れていたが俺を追いかけて来ている”ラプトル”と呼ばれた4匹の″恐竜″の名前は、″ヴェロキラプトル″という約7500年前から7000年前″中世代白亜紀後期に東アジア大陸に生息していた小型″肉食恐竜″だ。全長およそ2メートル。胴体は羽毛に覆われていて体型は細く、頭は大きい。際立った特徴として後肢に大きな鉤爪を具える。知能・視覚どちらも発達していて、複雑な行動や夜間の行動も可能だ。時速は64キロメートルと言われていて、人間の時速は平均45キロメートルなのでぶっちゃけると振り切れる訳がない。例え俺が全身を竜化させたところで逃げ切れるかどうかは……正直微妙なところだ。そう考えてる間にも俺がフライングして取った距離をぐいぐい詰められている。
「竜爪」
逃げるのを諦めた俺は″竜爪″を発動して即座に″ラプトル″のいる方向に振りむき、向かってくる4匹向けて″爆炎弾″を放った。しかし奴らの反射神経は鋭く、軽々と攻撃を避けこちらに向かってくる。出来れば余り傷つけたくは無かったんだが……やむを得ないか。
「紅蓮拳」
俺は襲ってくる″ラプトル″達を″紅蓮拳″の連続攻撃によって薙ぎ倒していく。攻撃を喰らい力を失ったのか、4匹の″ラプトル″達は元の化石の状態に戻り無力化することに成功した。
「まあこんなものか……」
追い付いてきた男は化石の状態に戻った″ラプトル″の化石を拾い上げるとムスッとした表情を浮かべながら内ポケットにしまい、新たな化石を取り出した。どうやらまだ諦めてくれないらしい。
「では、こっちならどうかな」
そう言いながら男はデバイスに今取り出した化石を翳す。
「Restoration! 〝パキケファロ〟」
再び音声と共に化石が復元され、次に俺の前へ姿を現したのは″パキケファロサウルス″約7000万年前から6600年前、中生代白亜紀後期の現アメリカ大陸西部に生息していたと言われている。体長は4から8メートル、鼻上には小さな骨質のコブ、後頭部には骨質の小突起があり、頭頂部は厚さ25から30センチメートルに達する緻密骨のドームとなっていて、胴体はどっしりとした作りで後肢と比べて短い前肢には5本の指がある。また後肢は長くほっそりとしており、速く走ることができたと言われている。尾は結合組織で固められており、後方に真っ直ぐ伸ばされていて、走る際はこの尾でバランスを取ったとされている。草食の恐竜として有名だが最近では肉食でもあったとの説も出ているようだ。
ざっと頭の中で説明が終えたところで奴とご対面だ。先程の″ラプトル″もそうだったが、やはりというか……迫力が段違いだ。目測だが7メートルという図体の大きさだけではない圧を感じる。″パキケファロ″は男の指示を受け、地面を揺らす程の重みのある踏み込みをしたかと思うと一直線にこちらへ猛突進を仕掛けてくる。強化無しの生身では奴の攻撃を避けられないと咄嗟に判断した俺は〝ドラゴンスケイル〟により全身を強化し、奴の攻撃を躱した。
その直後、盛大なガラスの破砕音が響いてハッとなり背後を振り向くと、様々なオタクイベントで使われる某ビルの1階……だけじゃなく奴の頭部が2階まで砕いて内部の真ん中まで貫いていた……何しでかしてくれてんだこの野郎!
「いいぞ! もっとお前の力を俺に見せてくれ!」
一方の男は、興奮気味の笑みを浮かべながら俺と奴の戦闘を高みの見物を決め込んでいる。このまま攻撃を避けて続けるだけでは〝ドラゴンスケイル〟のタイムリミットもある上に、周囲への被害がとんでもない事になると考えた俺は‟ドレイク”を呼び出し一気に畳み掛ける事にした。
「〝コート・オーダー〟ファイアードレイク!!!」
召喚のセリフとともに召喚陣が展開され、″ドレイク″を呼び出す。
「主、この〝ドレイク〟に何なりとご命令を」
「″ドレイク″見ての通り奴と交戦中だ!俺のサポートを頼む」
「御意」
″ドレイク″は頷いて空中に勢いよく飛びあがった後、自身の咆哮で威嚇、それに呼応するように奴も‟ドレイク”へ向けてを雄叫びをあげる。
「いいじゃん……!それがお前の隠し玉なんだな! 滾ってきたなぁ!!」
男は”ドレイク″の姿を見るなり更に興奮してしまったようで夜の秋葉原に男の威勢のいい叫び声が響き渡る……。意識を男から戻すと″ドレイク″が空中から奴に向けて高温のブレスを放っているところだった。流石の奴もこれを諸に喰らったダメージは大きかったようで、強く雄叫びをあげながら悶え苦しんでいる。俺はこの隙を見逃さず、奴の正面に全力の″紅蓮拳″を打ち込もうと駆けだそうとした。
「ひとまず確認したかったものも見れたことだしいいかな。″パキケファロ″戻れ!」
男がそういうと悶え苦しんでいた奴は″ラプトル″と同じ化石の状態に戻ってしまった。それを地面から拾い上げ、内ポケットにしまった後、俺の方を向き満面の笑みを浮かべて拍手をしながらこちらに歩いてきた。