魔法少女イズミ
『魔法少女てぃんくる9』。 まず、この作品について説明しよう。
これは、俺が一時的に身を置いている地球という星の、日本という国で、主に少女を中心に支持されている国民的な魔法少女アニメである。
メンバーは9人で構成され、悪の組織から精霊と契約した魔法少女たちが人々を守るために戦う、実に王道な物語だ。
彼女――泉菜 栞が特に好きだったキャラクターは、その中でも水の力を操る魔法少女、湖 玲奈だった。
俺と彼女の出会いは、数年前に遡る。
「ウォーター・スプラッシュ! バブルスター・インパクト!」
元気いっぱいの声が、公園に響き渡る。
水玉模様のワンピースを着た少女は、右手に『てぃんくる9』のステッキを握りしめ、見えない悪の組織と戦っていた。
石原坂公園。大きな木がシンボルとなっているこの場所で、俺は彼女と出会った。
彼女は決まって、平日の午後4時頃から1時間ほど、この公園で修行をしていた。
俺は木陰から、誰にも気づかれぬよう、その様子を眺めていた。
今思えば、それが俺にとって幸せな時間だったのかもしれない。
そんな日々が1ヶ月ほど続いたある日。
「そこに潜む魔物よ! 姿を表しなさい! この魔法少女イズミが、星に変わって貴方を射抜くわ!」
突然の決めセリフに驚き、俺はパニックになった。 とっさに木陰から飛び出し、彼女に背を向けて逃げ出しかける。
「ま、待って! 脅かすつもりはなかったの! どうか足を止めて!」
慌てた声が後ろから聞こえてくる。
俺は警戒しながらも、少しずつ足を止め、ゆっくり振り向いた。
「あなた、ここで何してるの?」
まるで小学生とは思えないほど、ぐいぐいと詰め寄ってくる。
彼女の勢いに押されながらも、俺は答えた。
「覗き見みたいで悪いんだけど……君が『魔法少女てぃんくる9』の湖 玲奈の真似をしてるから、気になって見てたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳がキラキラと輝く。
「あなたも『てぃんくる9』が好きなの!?」
俺は本当のことを言おうか迷った。 日朝アニメなら『ドラゴンヴェール』派だし、たまたま前の番組だから見ていただけだ。
けれど、彼女の熱量を前にして、それを言うのはあまりに無粋だと思った。
「ああ、見てるよ。まあ、俺は翠推しだけどな」
前島 翠。 木の精霊の力で戦う『てぃんくる9』の魔法少女のひとり。
「ふーん、ミドリちゃんか! ミドリちゃんもいいよね! 特にあのシーン、めっちゃ萌えるし!」
そこから始まる彼女の『てぃんくる9』講座。
気づけば数分が経っていた。
「……あ、そうだ!」
急に思い出したように彼女が声を上げる。
「私ね、今、全然『てぃんくる9』の話し相手がいなくてさ! もう小学5年生だし! もしよかったら、私の魔法少女ごっこに付き合ってよ!」
「まあ、暇な時なら……」
「私は泉菜 栞! よろしくね!」
「俺は龍ケ崎 歩」
そうして、俺たちは握手を交わした。
こうして、彼女と俺の『魔法少女てぃんくる9』同盟が始まったのだった。