暫しの休息・明かされし黒歴史のメカニズム
戦闘が終わった俺たちは武装を解除し、改めて助けてくれたお礼を光明さんと那月ちゃんに伝えた。
二人が言うには突如発生した妖力の気配を辿りこちらに急行しただけだとの事だったが、もし間に合っていなければ今の俺たちではまるで太刀打ちができない状況だったはずだ。いくら感謝しても足りないくらいだ。
余談にはなるが変身を解除した那月ちゃんの服装は熊さんが沢山書かれたパーカーに白いミニスカートというとてもほのぼのする格好をしていた。実に女の子らしい。
15分ぐらい経った頃だろうか。慎一郎さんが戦闘中に秘密裏に連絡を入れていた自衛隊の隊員が到着。この道路一帯は通行封鎖となりテントが張られ、暗奈の〝ドレイン〟の能力により意識を失っていた人々への治療と横転した車両による火災の消化作業が行われていた。
一応那月ちゃんの〝ホーリー・ヒール〟の能力により、傷と生命力は回復したみたいだが、被害にあった一般人、そして俺たちを含め身体の内部への影響が残っていないか入念な身体検査が行われた。
「慎一郎様、レジスタンス御一行様の身体検査が終了しました。全員異常無しとの事です!」
隊員が敬礼をしながら俺達の検査結果を伝えに来てくれた。慎一郎さんは何事もなかったとの報告を聞いてようやく安心し、ホッとした様子で肩の力を抜いた。
俺はテントの椅子に座り、隊員の方々が用意してくれたペットボトルの飲み物を手に取り蓋を開けて勢いよく飲んだ。さっきの戦いの緊張と疲れからかいつもより喉が酷く渇いていたようで、一気に飲み干してしまった。暫く座って息を整えてから立ち上がり、光明さんに話を聞こうと彼が休んでいるテントに移動した。
「光明さん、何度も繰り返すようで悪いですが本当にありがとうございました」
「いえいえ、私は当然の事をしたまでですよ。それにしても災難でしたね……」
それから談笑をしているうちに、この人なら俺達が持っていない情報を知っているんじゃないかと思い、いくつか質問をさせてもらうことにした。
「光明さんと那月さんってどんな関係なんですか?那月ちゃんと陰陽師だと縁が無いように思いますが……」
「 なるほど、確かに魔法少女と陰陽師が一緒に行動しているのは客観的には変な組み合わせに映りますよね。……那月と私は黒歴史犯罪対策組織〝聡明なる光〟の仲間で私はその組織のリーダーを努めさせてもらっているんですよ。那月は私の部下の中でもとりわけ優秀な一人なんです」
だから那月ちゃんは光明さんの事を隊長と呼んでいた訳か。そして圧倒的なまでの強さ、あの能力を始めて目の当たりにしたらきっと誰だって身震いしてしまうだろう。
「光明さんは、その……〝黒現〟なんですか?」
「ああ、その通りです。那月も実は〝黒現〟なんですよ」
やはりそうだったのか。光明さんは他の能力者とは隔絶した強さを持っていたが、那月ちゃんも俺たちと比べ物にならないくらい強かった。〝 黒現〟である事にも頷ける。
そして俺は最後にエニグマの存在と暗奈が記憶を弄られた上で操られている状態について詳しく説明し、有益な情報がないか聞いてみた。
「エニグマ……そして今説明した暗奈の状態……光明さんは何か知らないですかね?」
そう質問すると光明さんはいきなり穏やかな笑みを消して険しい表情になり、顎に手を当てて話し始めた。
「エニグマについては現在私達の組織でも追っているんです……しかし依然有益な情報は掴めていません……暗奈さんに関してはまだ確証が得られてはいませんのであくまで私の推測ですが、実験に使われた可能性が高いでしょう」
実験という単語に不穏な予感を覚えた俺は一瞬躊躇いかけたが、質問を続けた。
「実験ってどういう事ですか?」
「歩君は〝黒歴史〟という能力がどうやって発現して形になるのか分かっているかな?」
俺は恵から2、3年前に〝黒歴史〟と呼ばれるその能力の開花現象が世界各地で起き始めたとは聞いたがどういうメカニズムとかいう話は聞かなかった。恐らく彼女もまだ詳しく分かってない部分があるのだろう。
「すいません……全く……恵から少し話は聞いていたのですが、メカニズムについては全然で……」
「そうでしたか。私の知り合いに〝黒歴史〟について研究してる人がいましてね……これはあくまで仮説に過ぎないのですが人の記憶と想像力……信じる思いが強い程に〝黒歴史の能力〟に反映されると考えているようです。そして暗奈さんはその中の記憶を部分的に書き換えられた可能性がある……」
つまり、記憶を書き換えられ別の思い出を埋め込まれて、別の能力を発現させられるかどうかの実験台にされたという事か。それが真実なら〝てぃんくる9〟の設定に存在しない能力が使えたことに合点がいく。
「なるほど……それならあの異様な能力の説明がつきますね。でも暗奈は戦闘中、攻撃の手を止めて頭を抱えながら逃げろと言ってきました。これはどういうことだと思いますか?」
そう彼女は俺が美麗からの攻撃を庇った時、急に頭を抱え悶え苦しみ始めた。完全に記憶を上書きが完了していたらそんな事になるはずがない。俺はここに彼女を助ける抜け道がないかと模索しようと光明さんに意見を求めた。
「私にも確かな方法はまだ分かりません……ただ彼女の思いの奥底にある記憶を書き換えられても変わらない何かに触れることができればもしかしたら……」
それからしばらく彼女を助ける方法を光明さんと検討していたが、具体的な案は出ないまま時間だけが経過していった。
「歩君、出発の準備が出来たよ。車に乗り込んでくれ!」
慎一郎さんが準備が出来たので出発するとテントに伝えにきてくれた。
「光明さん、本当にありがとうございました!」
俺は一礼して改めてお礼を言うと、光盟さんもお辞儀を返してくれた。
那月ちゃんにも別れの挨拶を済ませて、俺達は車に乗り込み、再び秋葉原に向けて出発した。