白いドレスのお嬢様
「ここか……」
俺は泉の手紙に指定されていた場所に到着していた。
周りは白い外壁で囲まれており、正面に入口らしき鉄の門扉が優雅に構えている。
正直この入口を見つけ出すまでに15分ほど建物の外周を回ってしまい、疲れ果てていた。
扉はヨーロッパ式の作りで花形の模様が所々に刻まれている。
いかにも豪邸といった感じの扉で、外から見渡す限りでは木が生い茂っており、建物は確認できない。
俺は泉を一度塀に寄りかからせてから、扉に手を掛けようとした。しかし、扉の手前には見えない壁のような得体のしれない何かがあり、触れることが出来ない。
今までに感じたことがない不思議な感触だ。確かにそこに扉があるのにガラス板が貼られているような、奇妙な感覚が俺の頭の中をいっぱいにした。
「〝竜爪〟!!!」
技名を唱えると、俺の右腕は先程の戦闘の時と同じ状態に変化した。
どうやら厨二病設定通りの能力のようで、〝竜爪〟と叫ぶと竜の血が形となり右手に現れるようだ。
ということは解除する時は設定通りに〝封爪〟と唱えればいいということを俺は理解した。
今後右手に包帯を巻いて疼くだとか暴れ出すとか言えないとなると俺の厨二病魂にとっては死活問題に等しいがそんな事を考えている時でも状況でもない。
俺はとりあえず発動させた〝竜爪〟で扉に向けて技を放つことにした。豪邸の門扉に拳を振るうのは少し気が引けたが、開けないことにはどうしようもない。
「〝紅蓮拳〟!」
全力で放った〝紅蓮拳〟は、謎の壁を破壊するどころか火花を散らして跳ね返され、俺は10メートルほど吹き飛ばされてしまった。
「痛ってぇ!」
軽く頭を打ったが、俺をある事を思い出した。あの便箋に記載してあった、合言葉。
慌てて左ポケットから手紙を取り出し確認する。
「我らレジスタンス!解放とともに!」
そう宣言したあと扉に再度手を掛けてみた。驚くべきことに、先程の見えない壁のような感触は感じられず、鉄の門扉に触れることができるようになっていた。
俺は扉を開けた後、泉を再度抱き抱えて邸内に足を踏み入れた。
敷地内は車道の一本道が続いており、周りは木が生い茂っていて、まるで森のようだ。建物はここからでは確認できない。ただ今日は、雲一つない夜空から満月の光が照らしてくれている。おかげで歩いていくには十分な明るさだ。
10分程歩き続けているが、周りの風景に変化が無い。
考えすぎだろうか……どちらにしてもはやく目的地に着きたいところだ。少し足を早めることにした。
「あれ? やっぱりここさっきも通ったぞ?」
これは異常事態だと、違和感が確信に変わった。一度立ち止まり、同じ道を何度も繰り返し通っているこの状況を打開するために考え始めた。
一度、泉を降ろす。
「フッ! めんどくさい! ならば〝竜爪〟!」
俺はこの事態に対し、周りの木々を燃やし尽くして進めばいいと考え、竜爪を発動した。
「最大出力!〝爆炎弾〟!」
最大出力の〝爆炎弾〟を木々へ向け放とうとした。その瞬間「バンッ!」と銃声が響き、上から銃弾が俺めがけて飛んできた。
幸い竜化をしていたことにより五感が研ぎ澄まされている状態だったため、咄嗟に右手の〝竜爪〟で頭を庇い防ぐことができた。
俺は直ちに四方を確認する。だが周りに人の気配を感じない。
「いきなり何しやがる! 隠れてないで出て来やがれ!」
「あなた、やっぱり切矢 遼ですわね。泉をよくもやってくれましたわね!」
その台詞と共に俺の背後から金髪碧眼でポニーテールに白いドレス姿、胸のサイズはFカップぐらいの美少女が姿を現した。そして両手に2丁拳銃を装備している。おそらく泉の仲間の1人だろう。
「違う! 聞いてくれ! 俺は泉を殺してなんかいない!」
すぐさま俺はその勘違いを訂正するために、慌てて彼女に説明しようとした。
「この状況で誰がそれを信じるっていうんですの!
ごちゃごちゃうるさいですわね!地獄に送って差し上げますわ!」
彼女はそう告げて、軽やかに近くの木の枝に跳び上がった。木々の間を舞うように飛び交り、俺の頭上に再び飛び出す。そして体を捻りながら、連続で引き金を引いて2発の銃弾を発射した。
俺は右腕を頭上に突き出し、〝竜爪〟の纏う炎の出力を上げながら受け止めた。
「今度は俺の番だ!〝紅蓮拳〟!」
そして詠唱と同時に即座に〝紅蓮拳〟を撃ち出し連撃へ移行した。
だがしかし彼女の身のこなしは鮮やかで、俺の攻撃はステップを踏むように華麗な動作で避けられてしまう。
ドレス姿で戦っているのに、その綺麗な動きに俺は思わず見惚れてしまいそうになった。
攻撃は悉く躱され、彼女は隙を見て再び俺に銃弾を打ち込んできた。攻撃は〝竜爪〟で弾いて防ぐことはできたが、その間に木陰へ身を隠していた。
木陰を利用し銃弾を発射、回り込みを繰り返してくるが、俺はその攻撃をかわす。
しばらく同じ様な応酬が続き、伯仲した状態が続いたあと、ダメ元で彼女にある台詞を投げかけた。
「負けを認める気になってくれたらこっちも助かるんだがな!」
「ふん! このわたくしがこれくらいで負けを認めるですって?そんなこと有り得ませんわ!」
そう言うと彼女は木陰から風のような速さで飛び出し、拳銃を手放すと新たな銃を出現させた。マシンガンだ。
「ほらほら! 逃げ回っても無駄ですわよ!」
彼女は、攻撃手段をマシンガンの連続射撃に変更してきた。流石に腕以外でこれを喰らったら、竜化による回復があってもすぐには動けなくなってしまうだろう。ひとまず俺は、連続で飛んでくる複数の銃弾を、全力で回避することにした。
しばらく逃げ回っていると、弾薬が尽きたのかマシンガンを投げ捨て、再び拳銃を両手に出現させた。同時にこちらに向けて、全速力で向かってくる。人間が出せるスピードとは到底思えない速度だ。
「くたばりなさい!」
彼女は俺から10メートル程の距離で両方の銃口を向け連続で引き金を引いた。殺意のこもった銃弾が勢いよくこちらに向かって来る。
「〝ドラゴンスケイル〟!」
その言葉とともに俺の全身が右腕と同じ硬い竜の鱗で覆われた姿に変化した。
成功だ。一か八かだったがどうやらこの技は既に使用可能みたいだ。
俺に放たれた弾丸は竜の鱗により防がれ足元に落ちた。
しかし本来の設定より全身の竜化が保てそうにないと感じた俺は、竜の膂力で一気に超加速して背後に回り込み、彼女の首元を右手で押さえた。
「な、なにを! 放しなさい!」
彼女は必死に体をもがいて動かし、拳銃を俺の体に打ち込もうと抵抗するが的が定まらないため当てられない。
しばらくすると銃弾も尽きたようで抵抗するのをやめた。そして俺も全身の竜化を解いた。
「フゥ……!やっとこれで落ち着いて話せるな。俺は龍ケ崎 歩だ! 切矢 遼などではない!」
「貴方が龍ケ崎 歩な訳ありませんわ! 泉からは龍ケ崎 歩は優しい人と聞いていますの! 貴方全然優しくないじゃない! ほら今だって!」
泉が俺の事をどういうふうに伝えているのかは知らないが、要らぬ誤解を招いていることは確かだ。
「ならどうしたら信じてくれるんだ?」
その質問に対して彼女は頬を膨らませ黙り込んだ。
30秒ほど沈黙したあと、口を割り話し出した。
「本当はもうわかっていますわ。あなたが切矢……遼ではないと……」
手を胸の上におき、涙を流しながらそう俺に告げた。
「……わかっていたなら何故攻撃の手を緩めなかった?」
俺には彼女考えが理解できなかった。気づいてたなら攻撃を止めればいいのにと思うが。
「判断できた材料は2つ。まず1つ目は泉の遺体の傷が銃弾によるものということ。わたくしは銃の扱いに長けているから分かりますわ。あなたは戦闘中銃を始めとする武器を使用しなかった。2つ目は、今この状況でわたくしを殺していないことですわ。もしあなたが切矢 遼なら容赦なく殺されているでしょう」
2つ目をの理由聞いて納得できたのと同時に先程の切矢との戦闘で生まれた憎悪と怒りの感情が頭を過ぎり、今更ながら自分の力を制御できていたことにホッとしつつ彼女を解放した。
「申し訳ない事をしましたわ。でも悔しかったのです。その場にわたくしがいてさしあげたら。泉は……泉は……」
俺が泉を失った時と同じように彼女は自分の無力さ卑下し、何度も自分の右手拳を地面にぶつけながら涙を流して泣いていた。
「〝封爪〟」
そっと武装を解除し、泉を抱きかかえて彼女の傍に横たえさせた。
「泉……泉……お帰りなさいですわ……わたくしが、一緒に付いて行くって言ったのに……なんで……なんで……1人で、大丈夫なんて……」
彼女は目を開けてはくれない泉を抱きかかえて哀哭し、ボロボロと涙を零しながら時折ポツポツと語りかけていた。
俺はしばらく近くの木陰に移動して2人だけの時間を作ってあげた。
「お待たせして申し訳ございません」
しばらくすると白いドレスの袖口で涙を拭いながら、俺に声を掛けてきた。
「もういいのか?」
「ええ、いつまでも引きずっていたら泉に怒られてしまいますわ」
そう言いながら涙を拭い、まだ少し無理をしている感じはあるが俺に笑顔をみせてくれた。彼女なりの決意表明といったところか。
俺が泉の遺体を抱きかかえ、ここを離れる準備ができると──
「では行きましょう。ご案内しますわ、我々レジスタンスのアジト、姫野原邸に! そういえば申し遅れましたわね。わたくし姫野原家一人娘である姫野原 美麗と申しますわ。以後お見知り置きを」
ドレスの裾を両手で摘みながら頭を下げての、簡単な自己紹介をしてくれた。性格はちょっとツンデレ気質に感じるが、やはりお嬢様だなと俺は感銘を受けた。
「まあ一応知ってると思うけどよろしく。龍ケ崎 歩だ」
泉、いい仲間を持ってたんだな。お前の仲間は必ず守ってみせると俺は心に誓った。