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07 号泣

続きが遅くなりました(汗

まだまだ序盤。頑張ります。

   【号泣】



 美夜は逃げた。

 ――とにかくこの訳の分からない状況から逃げたかった。

 精神的に限界で、どこに逃げるのかも、なにから逃げるのかもわからず逃げ出した。

 アーディのことは頭の中から消えていた。

 そうして森の奥へと走って、走って。

 

 ――背筋に冷たいものが走って足を止めた。

 それは異様な気配だった。

 森の奥深く。陽の射し込まない木々の間。

 そういえばあれほどうるさく聞こえていた鳥達の声も聞こえぬ、不気味な静寂。

 美夜は立ち止まると視線だけを動かす。

 わかるのは恐怖。身に迫る恐怖。

 ドッドッと心臓の音がうるさい。


 ――と、ガサっと美夜の横の茂みから音がした。


 バっと振り向くと、そこには黒い壁。

 黒い――大きな―――。


「ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉ」


 大きな。ゆうに3mは越えるであろう熊に似た獣が、美夜に向かって眼光鋭く敵意をむき出しで立ち上がっていた。咆哮が耳に痛い。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 たまらず悲鳴を上げた美夜に、獣は鋭い爪をはやした手を振りあげ襲いかかってきた。


 ―――死ぬ。


 あの鋭い爪がかすっただけでも美夜の命はないだろう。

 死を覚悟してぎゅっと目をつぶった美夜の身体が、ガシっと掴まれ宙に浮いた。

 ターンっと軽く跳躍され、離れた場所にふわっと下ろされる。

 目を見張る美夜の瞳に、アーディの背中が。


 アーディは、タタタッっとすごいスピードで駆けていくと、腰に下げた剣をシャラっと抜き出す。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 気合いの籠もった声と共に舞うように走った一瞬の光の筋。

 ドドーンっと獣はうめき声一つ上げずに後ろに倒れ込んで動かなくなった。

 周囲に満ちていた異様な気配は消え去り、ちちちっという鳥の声がきこえ始める。

「あ……あ……」

 美夜は腰を抜かし座り込んだまま。

 そんな美夜の元にアーディが静かに近づき、片膝をついて優しく声をかけてくる。

「大丈夫ですか?」

 その優しい微笑みに押されたように、美夜の目から涙がこぼれだした。

「ミ、ミヤ様?」

 アーディの慌てた声が聞こえたが、そんなこと美夜の知ったことではない。

 もう頭がぐちゃぐちゃだ。

 今までの美夜の人生で、こんな命を直接握られたような恐怖を味わったことなんてない。しかも2回も。

 腕が震える。腰が抜ける。


 ―――うっ

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん」


 美夜は盛大に泣き出した。声を大にして、大粒の涙を出して。

 ――帰りたい。

 あの平和な世界に。

 ――会いたい。

 ――お父さん。お母さん。お姉ちゃん。

 社会人になって一人暮らしを始めはしたが、週末には実家でみんな集まり食事をするくらい仲の良い家族だ。今ここにいて欲しいのに、いない人達。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」


 どろにまみれた服の裾を握りしめて、美夜は大声で泣いた。こんな風に泣くなんて、子供の頃ならいざ知らず、大人になってからは初めてだ。

 それほど怖かった。

 それほど混乱している。

 吐き出すだけ吐き出すように泣いて。


 泣いて。


 声がしゃがれた頃。

 ふわっと優しい気配に包まれていることに気がついた。

 いつの間にか、アーディが美夜から少し離れたところに片膝に顎を乗せて座っている。目をつむっているけれど寝ていないことは伝わってくる。


 ほう―――。


 美夜はやっとゆっくりと息を吐き出せた。


 ――少なくとも一人じゃないんだ。


 信じがたいけどここは異世界で、美夜のいたあの平和な世界じゃなくて、家族も友人も知人も誰もいなくて。

 でも、自分をこうして気遣って助けてくれる人がいる。


 美夜は乱暴に両腕で涙をぬぐい取る。

 そして震える足を叱咤して、立ち上がった。

 それに気がついたアーディが身体を起こす前に、タタタッと走りよって、美夜はアーディの前に膝をつく。

「ミヤ様?」

「また助けてくださってありがとうございます! 泣いてちょっとすっきりしました」

 ぺこっと頭を下げる。それにアーディが慌てる。

「いえ、私の方こそミヤ様の気持ちも考えず、軽率でした。申し訳ありません」

 そう頭を下げ返すアーディに、美夜は両手を前でぶんぶん振ってそれを止める。

「いえいえ、ご迷惑おかけしたのはこちらです」

 そう言って、美夜はすうっと息を吸うとぎゅっと拳を握った。

「まだまだ状況を飲み込めてはいませんが、腹をくくりました。アーディについていきます」

 前のめりに宣言する美夜に気圧されたアーディは、目をぱちくりさせる。

 美形がそういう表情をすると、なんだか可愛い。

 そんなことを美夜が思っているとは、これっぽっちも考えていないアーディは、フっと微笑み手を美夜の頬に触れさせた。

 手袋越しではあるけれど、その体温を感じて美夜はかーっと顔を赤くした。

 ひゃっ――――っ。逃げたい。

 男性慣れしてない美夜の内心はこうだ。

 逃げたい気持ちをぐっとこらえる。

 逃げちゃだめだ。また同じことを繰り返すだけだから。


 涙と汚れた手で拭いた為泥にまみれた美夜の頬を、アーディが手袋で優しく拭っていく。

 その手はとても優しくて心地よい。


「ありがとうございます。ミヤ様。これからずっと御身お守り致します」


 そう言ってアーディは嬉しそうに笑った。


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