03 火あぶり?
【火あぶり?】
火刑を言い渡されて、美夜はもちろん抵抗した。
といっても、格子を揺らして叫ぶだけだが。
だって他に何ができるというのだろう。美夜はただの人間だ。少なくともこの世界に呼ばれる前の世界で不思議な現象を起こしたことなど一度もない。
魔力ってものがあるなら、こんな時に使えなくてどうするのよ!
そうは思ってみてもなんら自身に変化はない。魔力が発動されるでもなければ、格子を破る怪力を出せるでもない。
あまりにも酷い不当判決じゃない?
中世の魔女狩りってこんな感じだったのかしら。
美夜はやけくそのように石畳の上にバタっと大の字にひっくりかえる。
あまりにも酷い展開が急激に襲ってくるものだから、実はあまり緊迫感を得られていない。
―――だってそうでしょ? 火あぶりとかありえないって。
ありえない――――。
そうありえないって思っていたのに――――。
美夜は目の前に広がる光景にくらりと目眩を起こした。
地下牢から出されてすぐの大広間には柵が作られ、その向こうにたくさんの人の山。
そして柵の内には一本の棒が垂直に立てられ、その下にはまあ、よく燃えるでしょうよ、と言わんばかりに大量の薪と藁が積んである。
柵の外にいる大勢の人達が口々に何か叫んでいるが、最早美夜の耳には遠い。
ドクッドクッという心臓の音が張り裂けそうだ。
本気?
この人達本気で私を火あぶりに?
汗がドクドクっと出て目眩を起こしてふらつく度に、両脇で美夜の腕を掴んでいる兵士に引き立たされ引きずられる。牢を出される前に後ろ手に付けられた手首の枷が重い。逆に着ている服は胸元で切り替えしのある真っ黒のひらひらしたワンピース1枚に裸足という心許ないもの。
より魔女らしくみせたいのだろうか。
うそ。
うそよ。
そう信じたいのに。
美夜は火刑場の階段を上らされ、棒にある小さな足場に乗せられるとぐるぐると鉄の鎖で結ばれた。
冷たい鎖の感覚に美夜の恐怖は最高潮に達した。
「火をつけよ」
冷たい兵士の声と同時に、松明から美夜の足下の藁に火が移された。
まだ火は直接美夜にかかってるわけではないのに熱い!
じわじわと今度ははっきりとした恐怖が美夜を襲う。
――死ぬ。
――火に焼かれて本当に死んでしまう。
美夜は心のまま叫んだ。
それこそ藁にもすがる思いで大きな声で。
「助けて! 誰か!! 誰でもいいから!!」
――誰でもいい。
そう美夜が心から叫んだ時。
「見つけた」
そう男の人の声がした。
えっ、と声が聞こえてきた方を見れば、虚空にブンっと空気の震える音がして魔法陣が現れる。
その魔法陣から飛び出してきたのは、漆黒の短髪に紺色のマントを纏った男性。
タンっと美夜の前に着地すると、涙に潤んだ美夜に向かって優しく微笑んだ。
漆黒の髪に紫の瞳。整った顔立ちの男性は、口を開いた。
「やっと呼んでくれましたね」
そう言うと、ハッと美夜に向かって飛び上がる。
メラメラと燃える炎を飛び越し、腰にぶら下げていた長剣をスラリと抜いた。その剣を目にも留まらぬ早さで振りおろす。
「きゃっ」
思わず目を瞑った美夜の耳にキンっという高い音が響いたと思うと、身体に巻き付いた重みが消えた。
「えっ」
ぐらついた身体が足場を踏み外し、炎の上に落ちる!っと目を瞑った時。
ぐっと腕を引かれ、ふわりとたくましい胸に抱き止められた。
それに気がついて美夜は、かーっと顔が赤くなる。
はっきり言って美夜は喪女だ。近しい友達はいなく、男性とも付き合ったことのない20数年。趣味は読書で図書館くらいしか出かけることのない身としては、男性に抱きしめられるなんて父親に子供の頃されてからとんと記憶にない。
あわわわわわっ
こんな緊急事態だというのに、頭は真っ白。火あぶりから助けられたことさえよくわからない。
そんな美夜をしっかりと抱き直した男性は、
「逃げますよ」
ぼそっとそう呟いて、美夜を抱えてターンっと飛び上がる。
――え、すごい。
男性は重さなど感じさせない跳躍で、集まっていた人垣を軽々と飛び越える。
私を抱えてこんな――。
美夜が目をぱちくりしていると、人垣を強引にわけて兵士達の姿が見える。
「逃がすな! 追え――っ!」
ええーっ、しつこい。
そんな風に思う美夜の耳に聞こえてきたのは優しい声色。
「逃げます。――つかまっていてください」
「きゃ――――っ」
走り出したそのスピードはあり得ない程速い。
美夜は振り落とされないように必死にマントにしがみついた。
待て――っという声はすぐに遠くになって、全然聞こえなくなっていった。
明日は忙しく更新は明後日になるかもしれません。