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  作者: 佐伯 雅司
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序説:鉄砲玉のように

あるいは皆の眼前の様々

序説 あるいは世界で起こっている様々


リリルアは起きた。


そして言い放った。目はつむったままで、二日酔いも冷めぬままであった。

「イデア!」

白い上品な毛布にくるまっているリリルア。もし彼女が大酒飲みでなければ、今朝は善い朝であっただろう。窓の隙間から聞こえる街の喧騒は消えぬままである。

「イデア!」

リリルアはかく言い、静かに息を引き、取っていった。ゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出す。

One, Two, One, Two

というように。英語など意識もせず、しかしその「リズム」は意識して。

「イ、デ、ア!」

もう一度彼女は甲高い声で言い放った。キンと部屋の隅々の埃まで麗しくしてしまうような声だった。もちろんリリルアの部屋が綺麗だったわけではない、埃だらけで、酒の香りもしていたが。

「イデア!」

その音だけが彼女が今から起きるということを証明した。

リリルアは起きた。これは重い言葉だ。白くふかふかな寝床から体を起こし、シルク作りの布団を床に吐き捨てて、青ざめた顔で、彼女は起きた。

とにかく人間の妄想し得る最上の寝床から彼女は、

顔を蒼白にし、目の下に隈をつけ、顔は真っ赤で、手相に蜘蛛糸紋をつけ、起きた。

リリルアは朝が来たから起きたのだ。

部屋にただ一つの、カーテンもガラス戸もない窓枠の隅から日が差した。リリルアは目をこすり、瞼をゆっくりと開けて、彼女は、

(今私は起きるべきなのだ)

と悟った。

だから上質なベッドを捨て去って、すっくと冷たい床に立ったリリルアである。まず水を銀色のキッチン用水栓の蛇口に口をつけ飲んだ。乾ききっていた喉と身体が水分を取り戻していく。次に彼女は床に捨てられた酒のガラス瓶を裸足で蹴って壁に当て、割った。

リリルアから片方の口角だけを上げる苦笑いが自然と溢れた。すると恐らくベッドの下に隠れていたのであろうネズミが驚いて、部屋の角にある小さな穴へと逃げ込んだ。

(はあ、あんな穴が私の部屋にあったらしい)

部屋のことはよく解明されていない。リリルアにはよく分からないことだらけだ。六畳一間のフローリング貼りのアパートの一室には、上等なベッドとキッチン、部屋に空いた穴のような窓が一つずつあるだけで。

リリルアが徐々に冷めてきた目をこすって、床に頬をつけ、片方の目でネズミの入った穴を覗き込む。

(冷たい風が吹き出ている…… 風穴だなぁ、これは。さてはこいつ、外につながっているから、もしくはとてつもなく寒い場所につながっているから、ネズミのあいつ、今頃氷漬けか転落死骸だ。どうやら鉄砲の火薬は火薬だけではないらしい。この場合、火薬は音か部屋の中の酒気で、鉄砲玉がネズミのあいつだ)

今からリリルアも外へ飛び出そうという気分だ。過去の一事の方が居住者より現在の部屋の性質を理解しているらしい。ただ、とにかく隅々までまっ白く塗り尽くされた部屋だった。

リリルアはすぐに着替えを済ませて乱暴に真っ白い扉を開け放ち、鉄砲玉のように外へ出た。

(森へ行かなければならない)

これが五月の月曜日の朝のこと。「昨晩は世界中の隅々まで焼いて回って、すべて黒焦げにしてきたんですよ」と言わんばかりの今は途絶えた雨の香りがしている。

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