独白
自分はどうして生きているのだろうか、何故生まれてきたのだろうか。
そう思ったことのある人は少なくはないだろう。
自分もそう思っているのだ。
僕は決して裕福とはいえない家庭に産まれた。家族構成は父、母、兄、僕、弟の五人家族だ。
別に特別仲が悪いわけでもなく、ただ、他より貧しい家、けれど高校まで行かせてくれた。
父は立ち仕事で腰を痛めながらも働いてくれ、母は子育てと家事をしながらパートで働いてくれた。
喧嘩もするけど笑顔が溢れる幸せな家族だった。
けれど僕は次第に家族と顔を会わせることも嫌になっていった。
きっかけはなんだったか…、そう…あれは体育祭の時期だ。
交通事故にあって怪我をした。
だから体育祭の練習が始まっても見ているだけだった。
しかし総練習の日、先生に少しだけでも出てみろと言われて一回断ったが、成績がヤバくなると言われてグラウンドに行った。
僕はどこに並べばいいのか分からなかった。
なので先生にどこに並べばいいですかと聞きに行ったが、先生は
「今、全校生徒を見なくてはいけないんだ、それくらい自分で考えられないのか」
とイライラしているように僕に言った。
確かに全校生徒を見なくてはいけないときに一人の生徒のことを気にしてはいられないだろう。
でも先生は僕がグラウンドに行く前に「分からなかったら聞けばいい」と言ったのだ。
分からないから聞いたのに、突き放された。
わかっている、これは全校生徒のことを見なくてはいけない先生に聞きに行った僕が悪いのだ。
そう、自分に言い聞かせた。
それからまず、男の先生と会うのが嫌になった。
次に女の先生、そして事務の人、とうとう生徒も駄目になった。
学校に行くのが辛かった。
それだけならまだ我慢するだけでよかったのに、電車やデパート、図書館、コンビニなどの人がいる場所に行けなくなった。
過呼吸になってしまうのだ。
これはまずいと思い、病院に行った。
診断書を書いてもらい、別室登校をすることになった。
しかし、先生が駄目なのだ。
先生と一緒にいることか苦痛だった(中にはわりと大丈夫な先生もいたが、今になって思えば、よく僕を褒めてくれる先生だった)。
けれど苦労してお金を稼いでくれている両親のことを思えば、学校に行きたくないなどとはとても言えず、なんとか卒業した。
卒業してから約七ヶ月、就職できない僕に親友である幼なじみからバイトをしないかという連絡が入った。
しかし、僕は人見知りなことと、病院に通っていることから一週間ほど返事を待ってもらった。
そしてやるという決断を下し、そのお店の店長のもとに面接に行った。
そこで言われたのは接客業だから笑顔でいること、忙しいときに来てもらう言わばお手伝いのようなバイトになることだった。
僕はチャンスだと思った。
少しずつならできるかもしれないと思ったのだ。
店長も他の店員さんもいい人だったからバイトの度に緊張はしていたがなんとかできた。
しかし、少ないバイトだけでは生活費は稼げない。
だから数ヵ月後にお世話になったバイトをやめて他の仕事に就こうとした。
結果的にいえば駄目だった。
それ以来、家族と会うことも、外に出ることもしなくなった。
眠たいのに眠れない、お腹は空いてないのに何かしら食べてしまう、そんな毎日が続いた。
眠れたとしても、嫌な夢ばかりを見た。
繰り返し怒られる夢や嫌い、いらないと言われる夢、そして水に落ちる夢だ。
この水に落ちる夢が一番恐かった。
船やヘリコプター、橋を渡っている車に乗っていて、最初誰かの声が聴こえるのだ。
そちらを向こうとしても僕はずっと水を見ているだけ、動けなかったのだ。
その水が海なのか川なのか何なのかは分からないが、ずっとずうっと僕は水を見ている。
暫くすると僕だけが水に向かって落ちていく。
そして水に顔が触れる直前で目が覚めるのだ。
ついに僕は決心した。
この僕の独白を書いたものをどこかで読んでいる人がいるのだろうか、ならば読んでくれている君よ、僕と同じようなことはしないでくれ。
僕を反面教師にして、僕とは違う答えを見つけてくれ。
僕を苦労して育ててくれた両親よ
心配して怒ってくれた兄よ
元気付けようとしてくれた弟よ
親友として支えてくれた幼なじみよ
僕に関わってくれた全ての人よ
なにも返せなくて申し訳ない。
だがもう限界だ。
今まで本当にありがとう。
それから、僕を愛してくれたもう一人の僕よ、
夢の中、水に触れる直前で目を覚ますようにしてくれたキミよ、こんな結果になってしまってすまない。
こんな僕を愛し、助けようとしてくれてありがとう。
最近もう一人の僕であるキミがいることに気づいたよ。
今度会うときはもっと綺麗な場所で是非逢いたいな。
ああ、もう時間だ。
それでは僕の生きた世界よ、また会う日まで──。
彼は水のなかに飛び込んだ。
最初は苦しかったようだが、徐々に穏やかな表情に変わってゆく。
水のなかで空に向かって手を伸ばす彼は安心したように微笑んでいた。
ああ、見つけた。
苦しみも、悲しみもない綺麗な場所。
もう一人の僕には…キミにはこの景色がどう見えているだろう、
綺麗に見えているのだろうか。
僕にはとても───。