チーキッズ
「じゃあ私、チーズハンバーグで」
そう言って千夏は、ウエートレスに注文をした。
午後七時をまわったファミリーレストランの店内は賑やかさを増し、それぞれ家族や、友人、恋人たちと会話を弾ませながら食事を楽しんでいる。
週末にある笑顔に溢れた温かい光景の中、千夏は、彼氏である淳志と二人で来ていた。
「ねえ、ご飯を食べたら次、どこへ行く?」
ウエートレスが注文を受けて下がると、千夏は確認するように訊いた。
「そうだな、まず新作ゲームをチェックしてから俺の部屋へ直行、朝まで俺の側から離れない、だな」
淳志が誘うように言うと、千夏は顔を赤くさせた。
同じ専門学校の生徒で、若い男女が一緒にいる事に不思議はないのだが、千夏は、ある特徴をもっていた。
それは「幼い」のである。
淳志は年相応の背格好をしているが、千夏は、どう見ても小学生。
140センチの身長に、紅いツーピースの服を着いるため、お兄さんと妹が外食をしている姿になっている。
少しでも大人っぽくと、髪を長くし薄茶に染めて、ストレートにしているが、その効果はまったく得られていない。
淳志もそれを承知しているが、それで付き合っているわけではない。
純粋で、何事にも一生懸命に取り組もうとするその真っ直ぐさに惚れたのだ。
千夏も、世界に通用するゲームクリエイターになりたいという、大望をもった心の強さにひかれて、淳志の告白を受けたのだった。
もっとも、淳志はせっかく彼女が希少な身体をしているのだからと、遊び心をもって、千夏と接している。
「コスプレなら嫌だよ・・・」
顔を赤くさせたまま、千夏は恥ずかしそうに言った。
既に三度、淳志の部屋へ行き、二人だけの夜を過ごしているが,その度に千夏は、服を着せられていた。
猫ミミにセーラー服。
金縁メガネに体操服。
サラシに応援特攻服。
どれも淳志の姉が裁縫のスキルアップのために作成したもので、着用を考えない子供用サイズなのだが、千夏にはぴったりだった。
今は引っ越してその姉はいないが、処分を言い渡された残留品は、まだ段ボール一箱分ある。
頼まれると断れない性格に加え、好きな男に望まれているとあって、顔を覆いたくなるほど恥ずかしがりながらも、その姿になっていた千夏。
ちらっと見えただけでもメイド服、看護服、エプロンなど、まだまだ多数、残っていた。
故に、淳志の部屋へ行く=コスプレをする、であり、もっと普通の、恋人同士らしい夜を千夏は望んでいた。
「そうか?」
すると、ちょっと意外、という顔で淳志が言った。
「結構、楽しそうに見えたけどなあ」
「そ、そんな事ないもん。本当はもの凄く恥ずかしいんだよ」
「ふうん」
「そ、その代り・・・」
「その代り?」
「もっと激しいのもいいから」
と言うと、顔がボンと音を立てたかのように一段階、更に赤くなった。
男性の本能を狙った最大の防壁。
「うーん、それも捨て難いけどなあ」
だが淳志は腕を組んで悩むように見せるものの、大してその言葉に反応はなかった。
その答えはもう決まっているからだ。
しかし、千夏が必死の思いで言っている事も分かる。
こちらから一方的に要求をするのも可哀想だ。
「よし、じゃあ賭けをしよう」
「賭け?」
「そうだ。俺の部屋へ着くまでに、チイが子供扱いされなかったらチイの思うようにする。子供扱いされたら、俺の言うとおりにする、ていうのはどうだ」
「それだけ?」
「それだけさ、簡単だろう」
「うん・・・、いいよ」
小さく頷いて千夏は答えた。
「じゃあ、決まりだな」
確かに小学生の容姿だが、移動は淳志の車だし、お酒や成人誌などを買うような事をしなければ、子供に見られても子供扱いされないと、千夏は思った。
「お待たせしました」
そこへウエートレスが注文品を持って現れた。
慣れた手つきで、二人の前に美味しそうな料理が置かれていく。
だが千夏は、その料理に一瞬、戸惑った。
「あの・・・、違います・・・」
「え?」
千夏の前に置かれたハンバーグには、キャラクターの小さな旗がさしてあり、プリンなどが添えられ、小さなヌイグルミのおまけもある、可愛らしいものであった。
「えーと、お待ちください」
ウエートレスが慌てて伝票を取り出す。
「お客様がご注文なさったのは、こんがりステーキLサイズと、キッズハンバーグの二点とありますが」
それを聞いて吹き出しそうになる淳志。
「私が頼んだのは、チーズハンバーグです!」
千夏は再び顔を赤くさせながら、これ以上ないほど、はっきりと言った。
「も、申し訳ありません。ただいま、お取り替えいたします!」
謝罪すると、ウエートレスは急いで片付け、厨房へと走った。
明かに容姿から判断した聞き違いだった。
「はははっ、傑作だな!」
改めて笑い出す淳志。
「もう、ひどいよ・・・」
恥ずかしさのあまり、千夏は、ぷるぷると身体を震わせながら言った。
「まあ、そういう事もあるって」
言いながら淳志は、千夏の肩をたたいて宥めた。
そしてそのまま千夏を引き寄せ、耳元で囁いた。
「スク水に決定だな」
それで全てを悟った千夏の顔は、その姿を想像して真っ赤になった。
その愛らしい彼女の様子に、淳志はもう一度笑った。