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始 第五話

人の形をとった刃。

 そう例えるのがもっとも相応しいだろう。それほどまでに、彼女から発せられる闘気、殺気はあまりにも濃厚で、さながら刃のごとき鋭さを持っていた。

 けれども、その鋭い殺気とは裏腹に、そこに立つ彼女は美しかった。踊り子のようにきらびやかな美しさではなく、静かで清廉な、見惚れるほどに純粋なまでの美しさ。

 アイネラと呼ばれた彼女のその不思議な魅力に、僕は眼を奪われていた。

「流石は、《空灰竜》…少人数対多人数での戦闘において、その力には本当に救われますね。」

穏やかな笑みを崩さぬまま、ユーフィルさんは呟くように話しかける。

「嫌味かしら?ユー。貴方の力の方が遥かに強いじゃない。一対一も、一対多も、ね。」

その笑みに返すように溜め息混じりの呆れ顔を浮かべるアイネラ。

 見た目から察するに・・・歳は恐らく二十代後半、といったところだろうか。簡易的な鎧と、綺麗な黒髪・・・そして真っ先に目を引く、美しく煌めくレイピア。騎士と呼ぶには軽装だが、戦うのには十分な、必要最低限の装備だ。

「それで、そこの見慣れない子が貴方が文で言っていた“決定打”・・・かしら?」

ちらりと僕に目線を移して、アイネラはポツリと問い掛けた。

「あっ、えっと・・・き、キルナです。

 よろしくお願いします、アイネラ・・・さん?」

慌ててお辞儀をする。が、少し気にかかる言葉があった。そう、“決定打”だ。彼女は僕のことを、決定打と呼んだ。

 一体何のことだろう?ふいとユーフィルさんを見ると、彼はクスクスと優しく微笑みながら僕たちをみていた。

「自己紹介は済みましたね。では、下山を続け________」

 ふいっと停止した兵士たちに目を向けながら彼は呟く。と、呆気にとられて固まっていた兵士の一人が我に返り、振り向いた。

「きっ貴様ら!何をした!」

さっと剣を抜きながら、兵士は突っ込んでくる。が、何故かその時は僕でも恐れなかった。その兵士が真っ先に向かっていったのが、ユーフィルさんだったからだ。

「私が止めたわけではありませんが・・・まぁ、部下の無礼は上司の責任でしょうか?」

おどけたような声色で呟きながら小首をかしげる彼は、当然のようにその兵士を驚異と認識していない。そんな彼の雰囲気が空気となっているのだろうか、その場に兵士を驚異と感じたものもまた一人もいなかった。

「くっ・・・舐めるな!逆賊風情がぁっ!」

剣を振り上げながら叫ぶ兵士。が、ユーフィルさんは剣を抜くそぶりも見せない。

「堕ちていても騎士ならば、言葉遣いには気を配ることをおすすめしますよ。」

そんなどうでもいい日常会話を交わすように、彼は右手の手甲を盾のようにして剣をいなしながら、にっこりと微笑んで兵士の懐へ一歩踏み込んだ。

「っ・・・な・・・!」

勢いよく振り下ろしすぎたせいだろうか。兵士の剣は勢い余って地面を抉り、その衝撃に兵士の腕は一瞬制止した。

 そしてその一瞬を突くように、ユーフィルさんは兵士の鎧の首もとを掴むと足をさらに一歩前へ出し、その足を軸に回転させるように兵士を容易く投げた。

「ぐっぁ・・・!」

どしんっ、と重たい音と共に兵士の身体は強く地面に叩きつけられた。重量がある上に、衝撃を直に伝えてしまう硬い鎧のせいだろう、一瞬息ができず苦しむ表情を浮かべ、そのまま兵士は白目をむいて気絶した。

「・・・っう・・・うわぁああああっ!!」

「おっおいっ!待て!置いていくな!」

他の兵士たちも我を取り戻し、そして慌てて撃ち出されたように逃げ出していった。

「・・・半分は逃げたわね。情報、伝えられるわよ?」

「構いません。今伸びていただいた彼も、逃げていった兵士たちも、皆同じ所属章を付けていました。【第四軍二隊】の所属兵でしょう。だとすれば、一度アス山の麓のどこかにある駐留基地に戻るはず。

 あの第四軍です。一度は逃げたとて、こちらに残した仲間を見捨てることは無いでしょう。」

荷物の中からロープを取り出しながら、ユーフィルさんはてきぱきと兵士を縛り樹に繋いでいく。気絶している兵士はともかく、何故か動きが止まった兵士たちも、抵抗する様子が見られない。

 ユーフィルさんは、先刻《空灰竜》と彼女の能力を呼んだ。名前からはどんな能力か想像もつかないが・・・一体どんな能力なのだろうか?

「さて、改めて下山しましょう。ちょうどいいですし、目的地は第四軍の駐留基地と定めて。」

ポフポフ・・・と土埃を払いながらユーフィルさんは立ち上がる。

「________っ!き、貴様らっ!このような反逆、長く続くと思うなよっ!ラムセス公が必ず貴様らを・・・っ!」

動いていなかった兵士の一人が、突然鞭打たれた馬のように吠え始める。

「・・・アイ、能力を解いたのですか?」

「えぇ、使い続けるわけにもいかないもの。どうせ十メートルも離れれば勝手に解けるわ。遅いか早いかの違いでしょう?」

きょとんとした表情を浮かべるユーフィルさんと、呆れたように肩を竦めるアイネラさん。そして、他の兵士たちも八割が呆気にとられたような表情をしていた。

「・・・兄さん、見つけた。麓の沿い、ちょうど王都の反対の方向。強い気配が何人も集まってる。配置の仕方からして隠れ砦だ。」

そんな状況を壊したのは、ヤグリーヌさんだった。

 目を閉じて、直立したまま動かなかった彼。そんな彼が、不意に口を開いた。

「了解です、ではそちらに向かいましょう。アイ、私たちと同行してもらえますか?」

「えぇ、他の偵察班はもう登らせてあるし、その方が得策ね。」

「ヤグは定期的に“眼”で砦の様子を見張っていてください。もしなにか大きな動きがあれば報告を。

 さぁ、下山再開です。」

ヤグリーヌさんとアイネラさんに指示を出した後、ユーフィルさんは僕たちを連れてまた歩き始めた。


 二時間ほど歩いただろうか、麓近くの崖の上に僕たちは居た。そしてその崖の下には、質素だが堅牢そうな小さな砦が構えられていた。砦の周りには、国の旗が掲げられて。

「・・・あれ、だよ。多分、兄さんが言ってた四軍の駐留基地。」

「えぇ・・・ですが、どうやら本隊は駐留していないようですね。ヤグ、中に居るもっとも強い気配に覚えはありますか?」

「ん_____無い、な。少なくとも軍長か副軍長では無いよ。もっと弱い。」

崖の上から基地を偵察しながら、二人は状況を探るように話し合っていた。

 かくいう僕はというと・・・

「それで、貴方はそのお母さんを助けたくて私たちを頼ったの?」

「は、はい・・・情けないですけど・・・。」

何故か、アイネラさんに捕まって質問責めを受けていた。

「ふぅん・・・でも私たちと協力しても、お母さんを助け出せるっていう保証はないでしょう?そんな不確実な可能性に懸けて、よく国を裏切るなんて判断が出来たわね・・・?」

「それは・・・。」

そう言われると、自分でもわからない。彼女の言うとおり、僕はあまりにも不確実なリターンのために、あまりにも大きなリスクを犯している。

 普通に考えれば、選ぶことはない選択肢だ。だが・・・

「反乱軍のことを聞いたとき、何故か、その人たちなら頼れるって確信したんです。彼らとなら、きっと母さんを救えるって。」

「・・・なるほどね。もしかしたら、なにか運命が繋がっていたのかもしれないわね、私たちと貴方。」

くすくすと微笑みながらブロック状の携帯食を一口大に砕いて口に運ぶ彼女。僕も一口かじりながら、水筒に口をつける。

「にしても、見た感じ竜の眼も持ってない上に、戦闘慣れもしてなさそうよね。本当に貴方が私たちにとっての“決定打”なのかしら?」

「・・・ケッテイダ?」

自分でもビックリするような片言で彼女の台詞を復唱する。

「あら、違ったかしら?

 昨夜のユーからの文には“決定打たる最後の仲間を得たり”と書かれていたから・・・状況からしてもてっきりあなたのことだと思ったのだけれど・・・?」

ユーフィルさんが、そんなことを・・・?いったいどういう意味だろう。正直、自分でも自覚できるほどには僕は弱い。意を決してこんな行動に出たのも、今思えばただの自殺行為に等しい。

 そんな僕が、“決定打”?

「あの、ユーフィルさ_____」

彼の真意を聞こうと、ユーフィルさんに声を掛けようとする。が、名を呼びきるよりも一歩早く・・・

「キルナさん、アイネラ、休息は終わりです。大体の戦力はわかりました、突入しましょう。」

ユーフィルさんはこちらを振り向きながら逆に声をかけてきた。

「は、はいっ!」

慌てて言われた通りに携帯食や水筒を片付ける。結局真意は聞き損ねてしまった。

「どう行くの?まさか正面から堂々と?」

「いえ、せっかくの少数精鋭です。分担して隠密行動を取りましょう。アイネラ、あなたはキルナさんと共に。」

「わかったわ。そっちも気を付けて。」

テキパキと指示を出すユーフィルさんと、テキパキとそれに応じるアイネラさん。対して僕は、片付けに慌てっぱなし。まったくもって情けない・・・。


 見張りの兵士が一人、砦の壁に沿ってゆっくりと回っていく。隙だらけにも見えるが、仮にも国軍の兵士だ。油断はせず、じっとその様子を観察する。・・・後ろから。

「アイネラさん・・・本当に大丈夫なんですか、これ・・・?」

ヒソヒソと可能な限り声量を抑えに抑えた声で、隣を歩くアイネラさんに尋ねる。

「大丈夫よ、信じなさいな。それに、普通の話し声程度なら音も遮断されてるわよ?」

先程となにも変わらぬ表情、そして声色で話す彼女。普通なら、この会話や後ろをついていく足音で当然気づかれる。だが、兵士は僕達の気配どころか、音にさえ耳を傾けることはしない。不思議、というか不可思議だが・・・信じるより他にないのだろう、彼女の“眼”の力を。

 竜士隊唯一の女性でありヒュルマ、アイネラ=キート。彼女が持つ竜の眼の名は、《空灰竜エアブライドドラゴン》というらしい。

 その力は《空気を操る力》だと言う。山の中腹で兵士たちの動きを一瞬にして止めたのは、彼らの周りの空気を固定させたから。そして今、何事もなく兵士の後ろをついていっているのは、なんでも真空の層と歪んだ空気の層を僕達の周りに作って、僕達の姿や物音をある程度まで遮断しているから・・・らしい。

 ユーフィルさんが賞賛するのも納得だった。空気はどこにでもある。水の中にだって、解けた空気が微量に含まれている。それらを操れる・・・これほど強力な能力はないだろう。

「・・・すごい、ですね。そんな力を持ってるなんて・・・どうやって、手に入れたんですか?」

隣を歩きながら、彼女に尋ねる。すると、彼女は苦笑いを浮かべながら・・・

「私の力は、借り物よ。空灰竜なんて強大な竜を、私なんかが倒せるわけ無いもの。とある理由で彼女、空灰竜から借り受けたの。来るべき時が来たら、返す約束でね。」

とはにかむように答えた。竜から力を借り受ける・・・想像がつかない。どんな状況になれば、そんなことができるのだろうか・・・?

「それより、ちゃんと前を見て歩きなさいな?あの兵士と付かず離れず・・・じゃなきゃ入り口を見失うわ。」

そう言われて、慌てて兵士の方を見直す。これだけ話しててもまったく気がつく様子もない。

「向こうは・・・ユーフィルさん達は大丈夫でしょうか?」

ふと別行動をとった二人のことが気になる。彼らには自分の姿を隠す術は無いはずだ。どうやって隠密行動を取るつもりなのか・・・?

「むしろ、向こうの方が安心よ。隠密行動にしても、最悪見つかった場合にしても、ね。だってヤグがいるもの。」

クスクス微笑みながら彼女は答える。

 ヤグリーヌ=ウィクテリス・・・ユーフィルさんの弟だと言う彼は、なんと僕と二つしか違わないらしい。その若さで竜士隊の隊員を務めるのは、彼が持つ竜の眼が極めて特殊なモノだからだと言う。

 その力は《番竜ガーゴイル》。様々な神話やお伽噺にも出てくる、有名な竜の一種であり、一説には善き行いを成すものの家の屋根に住み着き、その家に災いが降りかからぬよう門番として眼を光らせ続けるとか。

 そんな番竜の力は、端的に言えば《千里眼》。お伽噺の千里眼ほど有能ではないが、何かひとつのものに特化して、それらを“視る”ことができるらしい。彼の力は、特に“気配”を視ることに特化しているそうだ。

 確かに、そんな力を持つヤグリーヌさんと、無類の強さを誇るユーフィルさん。あの二人なら、何も問題はないと感じてしまう。僕のこんな心配さえ、ただの杞憂でしかないように思える。

「竜士隊の皆さんは・・・やっぱり、スゴいんですね。ユーフィルさんの話を聞くだけでもすごいと思いましたが・・・実際にこうして目の当たりにすると、尚更・・・。」

思わず感嘆の声を漏らす。彼らが居れば、国軍を相手取るのは容易いとさえ思えるほどに、彼らの力は見れば見るほど凄まじい。

「そうねぇ・・・普通は人間が竜の力なんてものを得ることがおかしいもの。稀有であり異常。私自身、この眼の力にはいつも圧倒されてばかりよ。」

同じく感嘆の声を漏らすアイネラさん。貴女は当人じゃないか、と思ったりもするが、それほどすごい力なのだろう。

「僕も、竜の眼を持てば・・・もしかしたら母さんをすぐにでも救えたのかも・・・」

不意にそんなことを漏らす。これほどの強い力、これがあれば、僕だって人並み以上には戦えるはずだと。

「・・・羨望の眼差しは嬉しいけど、正直おすすめできないわ・・・。

 さっきも言ったけど、私たち人間が竜の力を得ること自体が異常。それでも私たちのようにその力を得ているのは、それだけの理由、それだけの過去が私たちにはあるの。

 あなたの母を取り戻したいと言う気持ちを否定するわけではないけれど・・・そんなあなたよりも、もっと過酷な状況下に、私たちは一度落ちているのよ。」

 諫めるように、咎めるように、彼女は僕の方を見ながら言葉を紡ぐ。言われてみれば、というところだ。僕の今の状況が普通だとはさすがに思いはしない。だが、どんなものにも上には上がいる。僕よりも辛い過去を乗り越えて生きている人だって、きっと居るはずだ。たとえばそう、僕の隣辺りに。

「アイネラさん・・・。」

「しっ。あったわよ、正面以外の入り口。」

彼女の言葉で我に返り、前を歩く兵士を見る。兵士は、ぴったりと閉ざされているように見えた石の壁に空いた穴に、自分の剣を刺している。そしてその剣を回すと、カチリと音がした。どうやら、あの剣が鍵になっているらしい。

「あそこが別の入り口・・・ここからなら入れそう、ですね。」

「えぇ、覚悟を決めなさいな?ここからは敵陣のど真ん中に入るわよ。」

石壁に偽装された扉を兵士が開けると同時に、意を決してその中に滑り込むように小走りで入る。


そうして、国軍の砦制圧作戦は、思ったよりも簡単に始まった。

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