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始 第二話

「私はユーフィル。貴方の名前を、聞かせてくださいますか?」

ユーフィルと名乗った“彼”は、変わらぬ声色で僕に問いかけた。

 海原の如く透き通った蒼い瞳は、まるですべてを見透かしているような・・・そんな何かを秘めているように感じた。

「ぼ、僕はキルナです・・・キルナ=ワーカー・・・

 あの、ここはどこでしょうか・・・?それに、貴方たちは・・・?」

僕は素直に自分の名前を答え、そして質問を返した。

「先程もお答えしました通り、ここは私たちのキャンプの医療用テントです。

 私たちは《反乱軍》と呼ばれています。現国王の発布した強兵政策に非を唱え、それを打倒しようとする人々の集まりです。

 “軍”とは銘打っていますが・・・その実は三百名程度の小さな反乱組織です。」

ユーフィルは丁寧に説明してくれた。口調や声色、そしてその表情や姿勢まで・・・彼は一見すれば、とても丁寧な普通の人だ。あくまで、“一見すれば”だが____________

「・・・すみません。いきなりで失礼だとは思いますが・・・警戒を解いてくださいませんか?その・・・とても嫌な感じなので・・・」

「!」

そう、彼は一見しただけでは判らない内側で、とてつもない警戒心を渦巻かせている。さっきからそれが肌で感じとってしまい、どうにも痛痒い気分なのだ。

「・・・なるほど。どうやら、先の小競り合いで一人を打ち倒したのは、まぐれでは無いようですね。

 失礼しました。場所が場所なので、どうにも外部からの人間には敏感になってしまいまして。一戦士への無礼をお許しください。」

と、ユーフィルは警戒を解くと、座ったまま深く頭を下げた。

「いっいえ!解いてさえいただければ僕は大丈夫ですから!そんなに頭を下げないでください!」

僕が慌ててそう言うと、ユーフィルはゆっくりと頭を上げた。

「では・・・こちらの本題に入らせていただきましょうか。

 キルナさん。貴方は、私たちの事を探していた様子ですが・・・何故でしょうか?

 それに、貴方は国軍の兵士に狙われていました。その理由についてもお聞きしたいのですが・・・」

彼は真剣な表情を浮かべ、少し強く僕に問いかけた。

「は、はい。実は________」

僕は彼に、今までの事を話した。出来る限り分かりやすく、詳細に・・・

「______なるほど、理解しました。

 では、貴方は母を取り戻す為に、我々を頼りたい・・・ということですね?」

「はい。ご迷惑なのは重々承知の上です。ですが、母さんを助けるためには、僕だけでは不可能なのです。

 どうか手を貸していただけないでしょうか・・・?」

僕はベッドの上から地面に降りると、「お願いします。」と、地面に正座をして、深く頭を下げた。

「・・・迷惑なのは重々承知の上・・・と、言いましたね?では、私たちがその願いを拒否する可能性があるのも、当然解っているのでしょう?

 それでも、貴方はその頭を下げ続けるのですか?」

ユーフィルは、少し冷ややかな声色で言った。

 当たり前だ。こちらはあくまでお願いしている立場。この願いが拒否されたとしても、何も言えない。でも・・・それでも_______

「たとえ、ダメだと言われても、嫌だと言われても・・・僕は、この頭を下げ続けます。

 母さんは、僕にとっての全てです。僕の唯一の家族です。絶対に・・・助け出したいんです。たとえ、それで僕が叛逆者と蔑まれることになろうとも・・・!」

僕は、心の内の全てをさらけ出した。助けたいという気持ちを、戦うという覚悟を、その全てを。

「・・・・・・・・・・・・」

ユーフィルは、ずっと黙ったままだった。あぁ、ダメか・・・やはり、こんな突然のことを、二つ返事で承諾してくれる訳が________

「・・・頭を上げてください。元より、私は貴方と共に戦いたいと望んでいました。

 むしろこちらからお願いしたい。キルナ・ワーカーさん、小さな戦士。どうか、我々と共に戦っていただけないか。と・・・」

僕はおどろいて、キョトンとした顔のまま頭を上げた。すると、ユーフィルは優しい笑みを浮かべ______

「貴方からのお願いに対して、私たちは喜んで“応”と答えましょう。ということです。

 私のことは、気軽にユーフィルとでもお呼びください。これからよろしくお願いしますね、キルナさん。」

 涙が溢れそうだった。断られると思っていた。一蹴されると思っていた。それがどうだ、彼は優しく笑い、その手を僕に差し伸べている。共に戦おうと、そう言ってくれている。

「あ・・・ありがとう、ございますっ・・・!!」

僕は差し出された手にしがみつくと、泣きそうになるのを堪えながら、しかし堪えることもできず、泣きながら感謝の言葉を何度も繰り返した。

 母さん、待っててね。少し時間がかかっちゃうかもしれないけど、必ず助け出すから。この人たちと一緒に、絶対に助け出すから。_____心の内で、僕はそう呟いた。


 十数分程涙を流し、やっと泣き止んだ僕は、少しの喉の乾きと、少しの充実感を得ていた。

「・・・さて、同胞となった貴方には、私たちの事をもっとしっかりと知ってもらう必要がありますね。」

僕が落ち着いたのを見計らって、ユーフィルさんはそう言った。

「先も言った通り、私たちは現国王“スレイバル六世”こと、ラムルス=スレイバルが作り上げた王政・・・強兵政策を中心とした強国王政に異議を唱え、反乱を決意した人々からなる集団です。

 区別なく数えれば、その数は約三百名。しかし、決定的戦力となる者は・・・私とその部隊を含めても十人には届かないほどで、その他は、ただ即席の鎧を纏い、武術を習ったわけでもないが、安物の剣や槍を持ってがむしゃらに戦うだけの民兵たちです。戦闘を生業とする国軍勢、総勢約千七百名を相手取るには、これではあまりにも戦力不足としか言いようがありません。

 ここが、私たちが貴方を仲間に迎え入れたいと言った一番の理由です。貴方は戦力になる。先の小競り合いで、それは既に確認済です。」

ユーフィルさんは真剣な面持ちで説明してくれた。

「さ、三百人もいるのに、戦力となるのは十人弱・・・確かに、これで軍に喧嘩を売るのはあまりにも無謀ですね・・・。」

そう、あまりにも無謀だ。きっと、彼は・・・ユーフィルさんは強いのだろう。彼の言う十人足らずの戦士達も、きっと強いだろう。

 でも、足りない。そう、例え数匹の獅子が群れたところで、何百頭もの暴牛の群れに飛び込むなど、自殺行為以外の何物でもないのだ。

「その通りです。

 ・・・私たちが、普通の兵士なら、ですが。」

彼は少し不敵な笑みを浮かべながら呟いた。

「ど、どういうことですか?そういえばさっき、“私とその部隊”と言っていた気が・・・」

「はい。この反乱戦争の要は、その“部隊”です。」

ユーフィルはまっすぐに僕を見て、声を強めて言った。

「その部隊の名は《龍士隊》。

 私・・・ユーフィル=ウィクテリスが部隊長を務める、“龍の眼”を持つ四名の戦士で構成された小さな部隊です。」

「りゅ、龍士隊・・・?龍の眼って・・・?」

僕は混乱が頂点に達しかけていた。それを理解したのか、彼は少し声を弱めて_____

「そうですね・・・まずは、龍士隊そのものについて説明しましょうか。

 龍士隊。前国王の代に作られた、国軍に所属するのではなく、国王に直接仕える戦闘部隊です。

 隊長である私こと“ユーフィル”、そして副隊長の“クーリュー”、そして部隊員の“アイネラ”、“ヤグリーヌ”の四人から構成されます。そしてこの四人は皆、“龍の眼”と呼ばれる特殊な力をその身に宿しています。」

優しく、静かに、淡々と・・・ユーフィルは解りやすく説明してくれたのだろう。でも、やはりまだ解らないことがあった。それは_____

「・・・ユーフィルさん、その、“龍の眼”とは、どんなものでしょうか・・・?」

そう、“龍の眼”のことだ。二、三度会話に言葉として出てくるが、それがなんなのか、その実態がつかめない。

「・・・なるほど、まだ自覚はしていないのですか・・・」

ユーフィルはポツリと呟いた。そして______

「解りました。これに関しては、実際にお見せした方が遥かに速いでしょう。」

そういうと、ユーフィルは左手で自分の左目を大きく開いた。

「キルナさん、今の私の瞳は何色ですか?」

「えっ?えっと・・・蒼、です。透き通るような蒼・・・」

僕は突然の質問にそのままのことを答えた。

「解りました。では、この瞳の色を覚えておいて下さい。」

そう言うと、ユーフィルはゆっくりと眼を閉じた。

________一瞬、空気が変わったような感覚がした________

彼は、三秒ほど眼を閉じると、ゆっくりと、その瞼を持ち上げた。その奥にあったのは________

「・・・え?」

深紅。まさしくそう表すにふさわしいほどの、真っ赤な瞳だった。

「________これが、“龍の眼”の名の由来です。

 正確には、これそのものが龍の眼というわけではありませんが・・・この瞳は、眼を宿している何よりもの証となります。」

ユーフィルは声色を変えることもなく、同じ様に話した。

「あれ・・・?だって、ついさっきまで・・・蒼かったはず・・・え?」

僕は訳がわからなくなっていた。突然、目の前で、ユーフィルさんの瞳の色が変化した。常識では考えられないことが、今目の前で起きたのだ。

「・・・動揺するのも無理はないでしょう。では、ここからは言葉で説明させていただきます。」

というと、ユーフィルはまた眼を閉じて、そして開いた。その瞳は、また蒼に戻っていた。

「この世界・・・《イルビア》には、“龍”と呼ばれる生物が生きています。彼等は強い力を持ち、全ての生物の頂点に立つ者とまで言われています。ここまでは、恐らくキルナさんもご存じの通りでしょう。」

「は、はい・・・見たことはありませんが、母からそういう話は聞いています。

 龍人と呼ばれる人種がいるのも、この龍の影響だと・・・」

「その通りです。今生きている龍人の先祖は、人の姿へと成り、人と交わった古代の龍たちです。

 では・・・もしもそんな強い力を、人間達が運よく奪うことが・・・もしくは、何らかの理由で、龍からその力を借り得ることができたら・・・」

ユーフィルはそこまで言うと、また眼を閉じた。そして______

「彼等の力は、宿主の眼に宿ります。

 その者に宿った龍の力そのもの・・・それが、“龍の眼”の正体です。」

と、また眼を開けながら言った。

 僕がまだうまく理解出来ていないままでいると、彼は優しい声色で________

「こうして瞳が変色するのは、その副作用のようなもの。力を宿し、行使しようとした眼は、こうして瞳の色を変えるのです。

 宿したのが“黒龍”の力ならば“赤”に、“聖龍”の力ならば“金”に変色します。」

と、眼を指差しながら説明した。

「じゃ、じゃあ・・・ユーフィルさんは、龍から・・・黒龍から、力を奪った・・・ということですか?」

僕はふと疑問に思ったとこを問いかけた。もしそうだとすれば、彼の強さも納得できるからだ。

 ユーフィルは、何故か一瞬言葉を詰まらせた。そして________

「・・・えぇ、そういうことになります。」

と、少し決まり悪そうに答えた。

「・・・私が宿したのは、黒騎龍、ブラックナイトドラゴンと呼ばれる黒龍の力です。具体的な力は『闇を操る』という能力。

 その他にも、龍はそれぞれ様々な力を持っています。たとえば、『風を操る』や、『炎を操る』・・・『見えない物を見る』という面白い能力もあります。」

と、彼はその場の空気を払うように少し早口で話した。

 僕は、先程の彼の挙動が少し怪しいと思った。そしてその事について問い詰めようと口を開きかけた時________

「ユーフィルさん?もうすぐ皆寝る時間なので、ここの灯りも消したいのですが・・・宜しいですか?」

テントの入口と思われる方から、少しボロボロの服を着た美しい少女が入ってきた。

「あ、あぁ、解りました。申し訳ありません、リーエ嬢。

 ということなので、話の続きはまた明日の朝に・・・で、構いませんか?キルナさん。」

彼は少し慌てたような素振りを見せながらそう言った。

「キルナ・・・?」

ふと、少女が僕の方を見つめてきた。

「ど、どうも・・・」

「あぁ、ユーフィルさんが連れてきた方ね。

 よかった、目を覚まして・・・・・そう、キルナさんというのね。

 私はリーエと申します。どうぞ宜しくお願いしますね、キルナさん。」

少女は屈託のない笑顔を僕に向けると、その小さな手を僕の方へと差し出した。

 僕は少し戸惑いながらも、その手を軽く握り返した。

「では、私は自分のテントに戻りますね。リーエ嬢も、しっかりとお休みください。

 キルナさんは、今晩はひとまずそのままそのベッドをお使いください。また明日、ちゃんとした寝床を用意しますね。」

と、ベッドから立ち上がりながらユーフィルは言った。

「はい、解りました。色々とありがとうございます。」

「いえ、こちらこそありがとうございます。

 では、よい夢を・・・お休みなさい。」

そう言い残すと、彼は少女を連れながらテントを後にした。

「・・・あれ?リーエ・・・どこかで見たような名前・・・どこだったっけ・・・?」

ふと、リーエという少女のことが引っ掛かった。確かにありふれた名前だが、そういう感覚じゃない。何か、とても大切なことだった気が・・・・・

「・・・ダメだ、思い出せないや・・・」

僕は少しうなだれながら、ベットに少しずつ横になった。

 その夜は、深く眠った。三四日ぶりのベッドがそうさせたのか、鎧の兵士との戦いがそうさせたのか、はたまたその両方だったのだろうか・・・僕自身も、よくわからないままだった。


 今思えば、なぜあの時思い出せなかったのだろう。何度も何度も、その名前を見たはずだったのに。僕がまだ、何も知らなかったその間にも、死んだはずのその人は、幼いながらにも、頑張って抗っていた。自らを守るために亡くなった、偉大なる父と、愛しき母を想いながら。

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