表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

始 第零話

 その日、僕は母と都に買い物に出掛け、そして帰路についていた。

「ねぇ、母さん?」

「どうしたの?キルナ。」

「母さんの好きな動物って何?

 僕は、鳥。あんな風に、自由に空を飛んだりしてるの、スッゴク羨ましいと思う。」

問いかけておきながら、自分が勝手に答えている。よくよく考えればおかしいその言動にも、母は優しく笑って、

「ふふっ。私も鳥が好き。いつかは私も翼をって、小さい頃何度も夢見てた。」

と、穏やかな暖かい声で答えてくれた。

 いつもと変わらない、楽しくて平和な親子の日常。僕は、この日常が本当に大好きだった。

「じゃあ、キルナは鳥だったら、どんな鳥になりたい?」

母は、笑顔のまま問いを投げ返してきた。

「え?・・・う~ん・・・・・あっ___」

僕は一瞬悩んだが、すぐに答えは出た。

「鷹。

 鷹になりたいな。あの大きな翼で、大きな青い空をいっぱい飛んでみたい。」

そう、家の窓から何度も見たことのある、鷹。僕はその鷹の美しさと力強さに憧れていた。

「そっか。ふふっ、お父さんと同じこと言ってる。」

母はそう言ってクスクスと笑った。

「父さんと・・・?」

「ええ。本当に全く同じ。あの人も、鷹になりたいって言ってた。理由もそのまんま。」

そう言うと、母はまたクスクスと笑った。その優しい笑い声は、聞くだけで包まれるような感覚があった。

「でも・・・僕は父さんのこと判らないから・・・似てるのかも判らないや。」

少し寂しげに、僕はそう呟いた。

 僕の父は、アレイドというらしい。だけど、知ってるのはそれだけ。今どこで何をしているのか、どんな仕事をしているのか・・・それら名前以外のすべてのことを、僕は覚えていなかった。

「・・・大丈夫よ。貴方は、お父さんにそっくりだから。

 もしもお父さんのことが知りたくなったら、自分のことを知ればいい。貴方なら、そうするだけでも、お父さんを知ることになるくらいなんだから。」

母は優しく微笑みかけながら、僕にいってくれた。その言葉が、僕はなんだか誇らしかった。

「そういえば、重くないの?母さん。」

よくよく気がつくと、買い物の荷物、そのすべてをいつの間にか母が持っていた。

「大丈夫よ。私は龍人だから。このくらい、小さな貴方をだっこしてたときと変わらないわよ。」

母は表情を崩さず、僕にいってくれた。確かに、母は重い洗濯桶も軽々持ち上げてしまう。こんな華奢な腕で、すごいパワーを持っているんだ。

「で、でも、さすがに全部は悪いよ。ほら、その重そうなの一つ持つよ。」

そう言うと、僕は半ば強引にその重そうな荷物を盗った。うん、やっぱり重い。

「・・・ふふっ、ありがとう。確かに、少し楽になったわ。」

母は、またいつもの優しい笑みを僕に投げ掛けてくれた。

「ほら、もうすぐ獣道だから、気を付けてね。」

少し先の森の方を指差しながら、母が教えてくれた。

「うん、わかった。よいしょっ・・・。」

重い荷物がズレたので、持ち直してまた歩き出した。

 瞬間、僕と母さんの回りにはいくつもの人の影が突然現れた。


「・・・・・母・・・さん・・・・・?」

突然の出来事に戸惑う僕を庇うかのように、その柔らかな手は指先まで大きく広がり、僕の目の前で止まっていた。

 僕の周りには、金属製の鎧をまとい、剣や弓を構えた大人たちが何人も立ち、兜越しでも判る程に鋭く、僕を・・・そして僕のすぐ目の前で身構える、僕の母を睨んでいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

母は険しい表情を浮かべ、鎧の大人たちの中心にいる、兜をしていない男をじっと見つめている。

 男はゆっくりと僕らを眺め、そして薄く笑みを浮かべた。

「・・・クフフ・・・・・クフフフフハハハハハハハ!!

 これはこれはぁ!かつての戦友・・・シクリネ嬢では御座いませんかぁ・・・・・?」

高笑いに続けて、男は何かを蔑むような口調で母の名を呼んだ。

 母は表情を変えることもなく、普段とは違った声で

「・・・・・今さらなんの用でしょうか?バレンティナ第二軍副長・・・。

 私が軍を抜けるとき、国軍は以降私に関わらないという約束を呑んだ筈です。

 ・・・貴方達国軍騎士団も、例外ではないでしょう・・・・・?」

淡々と、何かを探るような口調で話す、今までに見たこともないような母の一面に、僕は驚きを隠せずに母を見上げた。

 すると、母の頬に、一筋汗が流れるのが見えた。

「えぇ、えぇ、まったくもってその通りですよ…。

 いえ・・・・・・その通り”でした”・・・と言いましょうかねぇ?」

男は気味の悪い表情のまま、自らの髭をいじりながら話を続けた。

「”でした”・・・・・?どういうことですか?」

母は眉間にしわを寄せながら、男に問いかけた。

 すると、男はまるで瀕死の獣にとどめを刺すかのような調子で、こう言った。

「変わったんですよぉ・・・軍も、王政も・・・。

 そう、先日のあの事件でねぇ・・・・・・・!」

「っ!!?」

母は驚きを隠しきれずに反応した。

 あの事件・・・・・王という単語から、僕も何となく予想がついた。きっと、十日前の『国王一家暗殺事件』だ。

「・・・一晩のうちに、城内にいた国王プロトス四世とその家族が殺害された事件・・・・・ですね?」

母も、やはりその事件が頭に思い浮かんだらしい。

「えぇ・・・その通りです。亡くなった国王一家のことは、私もお悔やみ申し上げましょう・・・・・。」

「ですが、何故その事件で王政が変わるのですか?たとえ現国王が没しても、新たに王家から新国王が出る筈では・・・。」

母は問い詰めるように強い口調で男に問いを投げた。すると、男の口からは信じられない言葉が返された。

「その”新国王”が、変えたのですよ。」

「えっ・・・・・?」

あまりに唐突なその言葉に、母は動揺した。

 男は気にも留めず、続けた。

「シクリネ嬢・・・貴女も知っての通り、この北部イルビア帝国の王家は、二つの家系からなります。

 例の事件で、プロトス四世の家系・・・《プロトス王家》は壊滅状態です。なぜなら、唯一国王と直接的に繋がっていた王女も、殺害されてしまったのですからねぇ・・・・・。

 国王交代時の掟第四にのっとり、『先代国王と直接的な血縁関係を持つ者がいない場合、次期国王の座はもう一つの王家の現当主に譲渡』されます。つまり、今国王の座に就いているのは、もう一つの王家・・・《スレイバル王家》の第六代当主、ラムルス=スレイバル様ということになりますねぇ・・・・・。」

淡々と説明されるその内容は、確かに不自然のない納得のできる内容だ。だが、それを聞いた母の表情は、みるみる深刻なものとなっていった。

「ラムルス・・・・・あの男が、国王に・・・?

 そんな・・・それじゃあ、王の作り上げたあの王政は・・・・・。」

「そう、貴女のご想像のとおりですよぉ・・・?

 知ってのとおり、元国軍総軍長ラムルス様は、隣国との戦でその名を国中に知らしめた戦の英雄であり、他の誰にも負けぬほどの戦争狂で御座います。今回、国王に即位した際も、最強の戦争国家を作りだすとおっしゃいましたねぇ・・・・・。

 ですが、そのためには軍を強化しなければならない・・・前国王が、貴女を含む熟練の戦士を多く手放してしまいましたからねぇ・・・・・。

 それに、王政改正後・・・あの部隊が反乱軍側につきましたからねぇ・・・・・。」

 僕は、母と男との話がよく解らなくなっていた。

 母さんが熟練の戦士?一体なんの話をしているのだろうか・・・?僕が生まれてから十五年が経つが、その間、一度も母が何かと戦っている姿を見たことが無い・・・。

 ・・・・・いや、本当のことは判らない・・・僕には、三歳から十歳までの記憶が殆んど無い・・・その七年間のことは、僕には判らない・・・・・。

 だから、もしもその間に母が兵士だったとしても、僕には・・・・・・・。

「さて、それでは本題に入りましょうかねぇ…?といっても、貴女ほどの鋭い方なら、もう判ってると思いますがねぇ・・・・・。」

男は、これまでにない程に不気味な笑みを浮かべながら、母に一歩近づいた。母は、それに反応して半歩後ろへ後ずさった。

「簡単に言いましょう。

 アウリナ龍人族屈指の魔術師シクリネ=ワーカー殿。貴女に、今一度国軍に戻ってきて欲しい。

 ・・・・・いえ、戻ってきていただきます、ですかねぇ・・・・・?」

男は目を見開きながら、さらに一歩詰め寄った。母も後ずさりしようとしたが、後方の兵士の殺気に反応したのか、その場で留まった。

「・・・・・もしも、それを拒否したら・・・・・・?」

母は、少し怯えたような震えた声で、男に問いかけた。

「ふむ・・・そうですねぇ・・・・・。」

男は、髭をいじくりまわしながら、考えるような動作をした。そして・・・・・。

「そこにいる貴女のご子息を、代わりに差し出してもらいましょうかねぇ?」

僕に視線を向け、また気味の悪い笑みを浮かべた。

「えっ?!」

突然自分に話の矛先を向けられ、思わず声が出た。

僕を・・・差し出す?誰に?なんの話をして・・・。

「か、母さん・・・・・・・・?」

「・・・外道・・・・・本当にその言葉が似合いますね、貴方は・・・!」

見上げた母の顔には、これまでに無いほどの怒りが露になっていた。

「なんと言われようとも構いません・・・・・私はあくまでも、"命"を果たしているだけの、一人の忠臣に過ぎないのですからねぇ・・・?」

男は母の怒りに怖じけることもなく、変わらぬ声色で言った。

「さて・・・どういたしますかねぇ・・・シクリネ嬢・・・?

 もしも貴女が来ないと言うのなら、そこにいるご子息を_______」

『セドニア=アレクス・・・』

男が言い終わるのを待つこともなく、母は謎の言葉を口にした。

「っ・・・・・!?」

男はその言葉に反応し、その場にピタリと静止した。

「なんのおつもりですかねぇ・・・シクリネ嬢・・・・・?」

先程までの薄気味悪い笑みは消え、真剣な殺意のこもった眼差しを母に向けながら、男はそれまでよりも低いトーンで話しかけた。

「簡単なことです。

 私は、かの戦争狂につくつもりもありませんし、かといって大事な我が子を差し出すつもりもありません。」

対して、母はまるでなにかを決めたような笑顔を男に向けながら答えた。

「・・・それを、我々が許さないと言ったら・・・・・?」

男が探るように聞くと、母は一時の間も開けずにこう答えた。

「その時は・・・私が貴方を負かせばいい。」

そう言い終わるか終わらないか・・・

「っ総員!即刻捕らえよ!!」

男の声が響き渡り、兵士達が一気に迫ってくる。

 そして、その兵士の手が僕の手を掴む寸前・・・

『バクス=アールマティア!』

母は、謎の言葉を強く叫んだ。瞬間、僕は自分の身体が浮くのを感じた。あまりの出来事に、とっさに母さんの方を向いた。

 母さんは、いつもの優しい笑顔を僕に向けてくれた。その表情に僕が安堵しかけた次の瞬間、僕の意識は真黒な闇に途絶えた。


 気がつくと、僕は一人で、森の中の獣道に倒れていた。

 顔をあげ、道の先を見つめると、目の前には見慣れた風景が続いていた。

「ここ・・・家の近くの・・・・・。てことは・・・・・・・。」

立ち上がると、僕はいつも歩く道を進んでいった。

 やがて道は開け、草原のような場所に出た。そして、その中にポツリと、見慣れた小さな木の小屋があった。

 本来なら母さんと帰ってくるはずだった・・・僕たちの家だった。

ギイイィ・・・・・

 重く軋む扉を開け、家のなかをみた。荒らされたような痕跡もない・・・あの男達は、この家のことはまだ知らないようだ。

「でも・・・・・。」

母さんは、きっと捕まった。やがてこの家もあの男達・・・もしくはその仲間達が調べに来る。そしてそれは時間の問題だ。

「・・・・・・・・・・・・。」

僕は、いつも座っていた椅子に腰を下ろし、少し考えた。これからどうするのか・・・母さんはどうなるのか・・・・・。

 考えれば考えるほど、嫌なことしか思い浮かばなくなってくる・・・。どうせ逃げても捕まってしまう。母さんも、もしかしたら殺されてしまっているかもしれない。そんなことばかりが、頭のなかを駆け巡った。

「・・・・・・・・いっそ・・・・・・。」

いっそ、捕まってしまおうか。そんな考えがふと頭に浮かんだ。そうすれば、母さんに会えるかもしれない。もし殺されたとしても、きっと母さんと一緒だ。どうせ捕まるなら・・・いっそ・・・・・。

カタン・・・・・

「っ!?」

嫌なことばかりで思考が押し潰されそうになったその時、母のベッドの近くの窓から、なにかが倒れる音がした。

 まさかもう来たか。そう思いとっさに振り返ると・・・いつも立ててあった、母さんの写真立てが、なぜか倒れていた。

「・・・・・?風なんて吹いてきてないよな・・・?」

なぜ倒れているのかわからないまま、僕はその写真立てに近づいた。そして、手にとって立て直そうとした時、

「あっ・・・・・。」

写真立ての裏のコルク板に、なにかが記してあった。小さな小さな、何かの文字・・・。

 僕は、レンズを取り出すと、その小さな文字を解読した。そこには_______

『生きろ。シクリネ、キルナ。生きてくれ。』

と、少し乱暴な文字で書かれていた。

「これ・・・父さんの・・・・・?」

そう断定できるわけではなかった。だが、なぜかその文字は、父が記したものだと直感的に思った。

「生きろ・・・・・。」

そこには、確かにそう記されている。まるで、今この状況になることが解っているかのような、そんなメッセージだった。

「・・・そうだよね・・・・・生きてなきゃ・・・意味、無いもんね・・・っ。」

涙が零れそうになるのを必死でこらえながら、僕はそのメッセージに答えた。

「っ僕は、生きる。きっと母さんもそうしたはずだ。だから、僕は生きる。」

そうと決まれば・・・と、僕はいつもの布袋に、必要なものを詰めた。夜の明かりになる光灯石も、必要になることが多いだろうナイフも、川の水をいっぱいまで入れた金属製の丸い水筒も、庫の中に余っていたパンとハムも一つずつ、布で包んで入れた。

 そして、最後にベットの下に手を突っ込んで・・・。

カチャ・・・

という音とともに、少し小さな剣を取り出した。母さんが、僕に父さんからと言って渡してくれた、大事な御守り代わりのマチド鋼の剣。それを腰にしっかりと指した。

荷物をもって、扉の前にかかってたボロボロのローブを取ると、

「・・・行ってきます。」

そう言って、僕は家を出た。薄い灰色を帯びたボロボロのローブをまとい、腰に御守りの剣を指して。

 目指すは王都。そこにいけば、きっとなにかしらのことができるはずだ。

「待っててね・・・母さん・・・・・!」

決意を込めてそう呟くと、僕はさっきの獣道に向かった。あの道を抜ければ、王都への道に出る。そうすれば後は一本道だ。


 歩き出す。都に向かって。

 歩き出す。母に向かって。

 歩き出す。歩き出す。歩き出す。

 奪われた平穏を、この手で取り戻すために。


_______これは、僕が戦士になるまでの物語_______

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ