8話 マリアン廃城
霧の中を進み、マリアン廃城の門前まで来るなり一堂は早速驚かされた。
「あの、これってまずいんじゃ?」
「まずいな。 ただの調査で終わらないぞこりゃ」
「まったくもう、嫌な予感しかしないじゃない」
一堂が見たのは派手に破壊された門だった。
十数メートルはある錆びた鉄格子の門が、内に向かってひしゃげ、まるで破城槌が正面から突破したようになっていた。
折れた屑鉄が絡まる蔦にぶら下がり、ゆらゆらと揺れている。
門の向こうにある道は手入れがされておらず、背の高い草が壁のように生い茂ってるが、綺麗に真ん中だけ踏み固められていた。
まるで厳つい騎馬戦車でも通ったように。
「やっぱこれって、例の暗黒騎士じゃないか?」
「壊れた鉄片や潰された草の具合からしても、ここ数日のものだよね?」
ギデオンとリンは思い思いに推測するが、アイエスは言葉を失っていた。
門をぶち抜くでたらめさ、その巨大すぎる通り穴、べったり踏み固められた野草。
あの黒き騎士なら平然とやってのけるだろう。
アイエスは戦慄の姿を強く思い出し、畏怖した。
すると手が震えて胸の慟哭も強くなっていく。
「大丈夫よ、心配しないで。 私とギデがアイエスちゃんを守るから」
震えるアイエスの手をそっとリンが掴み、怯えるヴェールの中を覗いて優しく声をかける。
「すみません。 私行くって決めたのに」
「実際に酷い惨状を見てるんだもん。 怖いのは当然だよ」
「無理しなくていい、少し休むか?」
「いえ、大丈夫です。 行きましょう」
リンとギデオンの言葉にかぶりを振って答えると、アイエスは両手で木弓を強く握った。
その姿を見て、二人の剣士は互いを見て頷く。
「ここからは何があるかわからない。 気を引き締めて行くぞ」
ギデオンの言葉と同時、二人の剣士は揃って剣を抜き構えた。
そして壊れた門を通り抜け、領地へと入る。
廃城入り口を目指して、一堂は並んで踏み固められた野草の道を進む。
広い土地ながら迷いなくどんどん進んでいく。
足跡を辿ってるも当然なので、当たり前といえば当たり前なのだが。
アイエスはじっくり二人の姿を見るなり、道中に聞いた二人の戦闘スタイルを内心復習する。
ギデオンは大剣を両手で振り回す見たまんまのパワーファイターだ。
鎖帷子や軽鎧を装備してることからパーティでは斬り込み&盾としての役割もこなせる。
リンはローブにミニスカートという剣士らしからぬ格好だが、これは動き易さを主にしたスピードファイターだからだ。
魔法使いでもあるので、詠唱中でも敵の攻撃を捌けるよう、こういうスタイルになったのだという。
鎖帷子こそ着込んではいるが、彼女の盾は細剣の鞘だというから驚きだ。
「しかしリンさんって、剣士とは思えないすごい格好ですよね」
「そう?」
「はい、ミニスカート可愛いです」
「あはは、ありがと。 私は基本、ヒット&アウェイだからね。 それにアイエスちゃんだって神官とは思えない格好よ?」
「そうでしょうか?」
呆けるアイエスにギデオンとリンの視線が集まる。
アイエスは二人の反応に慌てて自分の格好を見直すが、とりたて違和感は感じなかった。
強いていうなら弓手の装備くらいかと首を傾げる。
「ノースリーブでホットパンツな神官なんて初めて見たよ」
「確かにな。 ヴェールは長いから微妙に外套っぽいし、矢筒を付けた時は野伏に見えたよ」
ギデオンの感想は目から鱗だった。
遍歴の神官として世界を渡るべくこの聖服をオーダーしたが、確かに言われて見れば野伏である。
「まあ現に弓手ですから、あながち間違いじゃありませんね」
「でも頭のヴェールから足のニーソまで全身真っ白だからか、全く神官のイメージは崩れてないのよね」
思い返せば、確かに神殿で仕える者らは誰彼問わずあつぼったい服だったなとアイエスは気付いた。
「おっと、おしゃべりは終わりだ。 見えてきたぞ」
ギデオンの言葉の通りに、霧の中から大きな観音開きの扉が見えてきた。
鉄板と鋲で縁取られた扉は頑丈そうだが、残念ながら歪み破られ、かなり強引に開かれている。
その通り道はさっきと同様、かなり大きい。
――きっとこの城にいる。
アイエスの心内が激しく乱れる。
期待と不安と恐怖と絶望、負の感情に埋もれる僅かな勇気を胸に、一歩また一歩と進む。
扉の前まで来ると黙して互いを見て頷き、一人ずつ打ち破られた入り口をくぐる。
アイエスはついに、暗闇の占める廃城の中へと入っていった。




