7話 瑠璃色の空の下で
夜明け前の瑠璃色の空の下、三人はぼんやりと暗い林道を歩いていた。
霧がかった視界は不気味な雰囲気たっぷりで、森に慣れているアイエスでさえ、今は欠伸を忘れてしまうほどである。
湿気を帯びたじめじめとした感覚に抱かれ、息を潜めながら三人は進んでいく。
先頭はギデオン、地図の描かれた依頼書を手にしており、迷いのない頼もしい足取りだ。
次にアイエス、最後がリンで、支援と射撃を担うアイエスを守る陣形だ。
アイエスは時々、前を行くギデオンと背後にいるリンを見比べる。
初めて聞いた時は驚いたものだが、この二人はともに剣士なのだ。
大剣を背にしたギデオンは見たままだが、リンの方はローブが似合いすぎて魔法使いにしか見えない。
その実、リンは魔法剣士なのだという。使える魔法は土系で詠唱回数は二回が限度だと聞いた。
神官を渇望してたのも納得だった。
ギデオンが手で制止の合図をだす。
振り返って立てた人差し指を口にあて、もう片手で別の方向を指差している。
どうやら先には寝ている魔物か獣がいるらしい。
夜明け前を狙ったのはこれが理由だ。
無駄な戦闘を避け、効率良く進むためである。
ギデオンが大きな木を背に、落ちた枝や葉を踏まないようゆっくり忍び足で進む。
アイエスも声を殺してそれに続く。
途中、ギデオンの指差してた方を見ると――
なるほど、巨大なクマが鼻ちょうちんを膨らませて寝ているではないか。
しかも手足に怪しく光るルーンが浮かんでいる。
――げ! ルーン・ベア!
アイエスは内心呻くと、思わず顔を引き攣らせた。
普通のクマよりもずっと怪力で、ありえない速度で獲物を襲う大型の魔物である。
普通のクマよりマシなことと言えば、一瞬で殺されるので死ぬのに痛みを感じないことくらいか。
アイエスは心臓をバクバクさせながら通過すると、リンも続けて無事に通過した。三人はそのまま何も語らず速やかにその場から去った。
その後はこれといった驚くこともなく、さくさくと林道を歩いていく。
時々だけ夜行性の魔物と衝突したが、遠距離からアイエスが狙い打ちするだけでことたりてしまった。
なにせ狙いは決して外さず、しかも矢はその場で調達できるも当然なのだから。
これに関しては無遠慮に振舞った。一矢たりとも外さないアイエスの腕にギデオンとリンはたまに感動の声を漏らしていた。
林道を進んでいくと、やがて陽は昇り始め、木々の向こうに厳めしい建物の影が見えてきた。
だが夜は明けども霧は一層と深くなるばかりで、全容の知れない廃城はやはり不気味である。
ギデオンは見るなり明るい顔になり、一気に駆けだし林を抜ける。
「よーし、着いたぞマリアン城に!」
右腕を振り上げ、意気揚々とギデオンは叫ぶ。
林さえ抜けてしまえば魔物も獣も心配はないが、それよりもギデオンがハイテンションなのには理由があった。
「アイエスさん、ここに例の怪物みたいな暗黒騎士がいるんだよな!?」
振り向くギデオンまでようやく追いついたアイエスとリンが溜め息まじりに笑う。
昨晩、リンに頼まれたとおりに例の話を聞かせたらこれだ。どうやら本当にあの類の話が好きらしい。
「わかりませんよ? お話ししましたけど、私がそう推測してるだけです」
「きっといる! 俺にはわかる!」
「はあ、ギデの勇者気質にはいっつも困ってるのよ」
「そういえばギデオンさん、仮にいたとして会ってどうするんですか?」
「さあ? わからん」
ギデオンは全く気にせず、大きくかぶりを振って続ける。
「だがな、あんな話を聞いて男として胸が疼かないわけないだろ。 しかも実話なら尚更だ」
「実話も実話、完全な実体験ですよ」
「くう~っ!」
ギデオンは両手を握り、全身を震わせていた。
なにがそんなに楽しみなのか、アイエスもリンも理解できなかった。
あの惨状を鮮明に思い出したくないので、比較的さっくりと伝えたはずなのだが。
とにかく何事もやる気があるのは良いことだと、アイエスは柔和に笑む。
リンはギデオンに詰め寄ると、彼の手にある紙を指差しジト目を投げた。
「暗黒騎士も良いけど、本来の目的忘れないでよ?」
「廃城の定期調査だろ、わかってるさ」
「確か何年か前に、魔物が占拠して問題になったんでしたっけ?」
「そうそう。 奪還するのに王国が騎士団まで動かしたんだから」
実際、今回の依頼主は国家機関だ。
今では大事にならないよう、こうして定期的にギルドへ調査を依頼している。
「良いからとにかく行こうぜ!」
「はあ、中に入ったら慎重にね。 くれぐれもアイエスちゃんを困らせないでよ」
「一度だけなら光の魔法でなんとか頑張ります」
目先に聳える不気味かつ厳めしい影を見上げ、一堂は廃城へと足を向けた。




