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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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6話 うたわれるもの

 パーティを結成して準備を済ませるなりすぐに聖都マリアンを出発した。

 話によればマリアン城跡地までは徒歩で二日ほど要するとのことだったが、体力の温存を図り徒歩はなるべく避けた。

 リンとギデオンの二人が街を出る行商馬車と交渉してくれ、荷台に乗せてもらったのだ。

 駄賃はそれなりだが皆で割れば大した額ではない。

 おかげで道程の時間を大幅に短縮できた。







 今では陽の暮れる空の下、林道の木々の隙間から漏れるオレンジ色の陽光を浴びながら体を休めている。



「なんだか色々とお世話になりました」



 切り株に座るアイエスは我が身をあちこち見回しながら二人のカップルへ謝辞をのべる。

 くびれた腰には矢筒の帯と、小型のポーチが一緒に巻かれている。

 形見の短剣は派手な見た目というのもあり、皮の鞘に納めて左胸へと忍ばせた。簡易な胸当てだ。

 


 聖都で旅の準備をしようと露店市場を巡ったときのことだ。

 アイエスはお金というものを知識として習ってはいたが、実際の売買は初めての体験であり、言ってしまえば良い鴨だった。

 商人という生物は例外なくがめつい。

 駆けだし感丸出しのアイエスをあの手この手で呼び止め、やれこれは秘宝だの纏め買いなら値引くだのと寄って集って矢継ぎ早に舌を滑らす。

 そんなアイエスを助けたのがリンとギデオンだ。

 手馴れた冒険者の仲間と知るなり商人たちは次々とその場から去っていった。



「良いじゃん、似合うよ。 ねえギデ?」



 喜びの笑みをするアイエスとリンを見もせず、ギデオンは薪を集めるなり石を打ち鳴らし、火を起こそうとしていた。



「ああ、しかしほんとラッキーだよな。 まさか都合よく弓手の神官と組めるなんて」

「もう、ギデは戦いのことばっかり!」



 二人のやりとりを眺めアイエスはくすりと笑う。

 とりあえず二人には自分の現在の戦力を伝えた。

 弓手としてはそこそこだが、神官としては完全に駆けだしだと。

 二つの光の魔法を習得こそしてるが、今の自分では一日たったの一回で滅入ってしまうとも。

 駆けだしならそれが普通だ。むしろ選択肢が二つもあることが素晴らしい、そう言って二人は喜んでくれた。嬉しかった。

 こんな自分でも必要としてくれる人がいるかと思うと、俄然とやる気が湧いてきた。



「よし! これで大丈夫だな」



 ギデオンが焚き火に付いた赤々とした火を見て、額に流れる汗を拭う。



「それじゃ完全に暗くなる前に、夕食の調達行ってくるわ。 二人は荷物番よろしく」

「食糧なら聖都で買ったのがありますよ?」

「あれは携帯食だから温存しといた方が良い。 余裕のある時はなるべく狩るのが旅のコツかな」

「ギデが食材の調達で、料理をするのが私、いつも分担してるの」



 アイエスは聞いて納得すると、手を振るギデオンに手を振り返した。

 彼が去るなり、リンが焚き火に近付き、しゃがんで火へ薪を投じる。



「ねえ、そういえばアイエスちゃんってなんで冒険者になったの?」



 その言葉になんと答えようか、困り顔で言葉を模索するアイエス。



「うーん。 父の顔も知らず、母も他界したので、なんとなく流れですかね」



 しかしこの手の話題には本当に困ったものだと、アイエスは頭を悩ませる。

 嘘で塗り固めるのは気が引けるし、黙ってばかりというわけにもいくまい。

 今回のように要所を伏せ、ありのままを話すしかないのだろうか。



「そっか。 そういえば神殿で勉学を習って神官になったんだもんね。 余計なこと聞いちゃったかな」



 だがどうやら、ここに来るまでに話した神殿での生活を話したのが吉と出たらしい。

 神殿に駆け込むというのは、多聞に漏れず訳ありの者が多い。それがアイエスのような可憐な年頃の娘とならば尚更だ。

 リンは気まずそうに目線をえっちらおっちらと泳がせる。



「気にしないでいいですよ。 長らく自然の中で暮らしてたので、俗世には疎いんです」



 答えてアイエスは切り株から立ち上がると、手頃な枝を選別して矢へと加工し始める。

 左胸から短剣を抜き、慣れた手付きで枝の先端を削ぎ、次々と腰の矢筒へと納めていく。

 感歎の溜め息を吐きながらリンが見守る。



「すごい、矢を自作する弓手なんているんだ」

「私はただ買う手段を知らなかっただけです」



 アイエスは自嘲するように微笑む。



「親がいなくなって、たった一人で世界に飛び出すなんてすごいな」

「そうするより他になかったんですよ」

「んーん。 立派だと思う。 そんな人生そのものが冒険みたいな生き方、怖くないの?」



 その言葉にアイエスは枝の先端を削ぐ手を止めた。

 考えてみれば、不思議なものだ。

 自分はハーフエルフで、それを隠して人間社会に飛び込んでいる。なのにちっとも怖くない。むしろ色々な人に会えて楽しいくらいだ。

 確かに酷い夜もあった。あまりの恐怖と絶望に、思い出すだけで震え上がる記憶もある。

 その記憶を塗り潰すように、目先で柔らかに笑むリンを見やる。



「怖いどころか楽しいです。 確かに嫌なこともありますが、それ以上に頑張らなきゃって思えて」

「そっか。 それじゃ今回の依頼が終わったらどうするの? あの、もし良かったらこれからもーー」



 リンが言葉を終えるより先に、アイエスはゆっくりとかぶりを振る。

 たった半日足らずだが、一緒にいてこの二人は優しい人だとわかった。仮に自分の正体を知って態度を改めたとしても、この想いは変わらないだろう。

 だからこそ巻き込むわけにはいかない。



「実は私、追いかけてる方がいるんです。 だから私はマリアンには留まりません、ごめんなさい」



 目を伏せると、ヴェールの奥で長耳が寂しそうに垂れる。

 そのままアイエスは告げる。

 自分は今回の依頼とは別の目的があってここへ来たのだと、追いかけてる者の正体を。

 あの夜の出来事を、リンへと打ち明けた。







 話し終わる頃にはすっかり夜の帳が降り、辺りは暗闇に包まれている。

 ギデオンは一度戻って来たが、木の実や追加の薪をリンへ渡すなり再度食材の調達へとでた。

 夕食と明日の朝食をそれぞれ三人分、合わせ六食分必要なのだ。



「ねえ、それってなんだか『闇の権化』みたいじゃない?」



 話を聞き終えたリンは怯える様子もなく、遠い記憶を辿るようにそんなことを言いだした。



「闇の権化?」

「アイエスちゃんは森で暮らしてたから知らないかもだけど、五年前に人間とエルフの大きな戦争があってさ」



 さすがのアイエスも戦争があったことは知っていた。だが既に追放されていたので関わらなかった。

 それにこういうのは種族間で目線も変わるので迂闊なことは言えない。

 よってアイエスは黙してリンの話を聞いた。



「その戦争でね、人間とエルフ、それぞれたくさんの命が失われたの」

「悲しいものですね」

「その後よ、世界のあちこちで黒鎧の騎士が噂されるようになったのは」

「噂?」

「まあ噂というか、御伽噺みたいなものかな」



 リンは夜空を見上げ、うたいあげるように口ずさみ始めた。



「戦死者の魂が込められし漆黒の重鎧。 その不気味な騎士こそは、約束された終末を果たすべく、世界を彷徨い続ける」



 まるで予言めいた噂だが、微妙なすれ違いをアイエスは覚えた。



「なんだか随分と仰々しいですが、たぶんそれは噂違いです。 少なくとも私と会った黒の騎士はもっとこう、安眠を求めてましたから」

「そうだよね。 この噂も、どうせ吟遊詩人の創作かなんかが元だろうし」

「続きとかあるんですかね?」

「どうだろ、わかんないや。 とにかく会えると良いね、その暗黒騎士だか安眠騎士だかに」



 なんだか自分の伝えたいイメージとはすっかり外れてしまったが、アイエスには不思議と不安はなかった。

 あの黒き騎士は結果として自分を助けた、恐らくあの騎士にはあの騎士なりの誓いがあるのだ。

 ならば無闇やたらな殺戮を好む性分ではないだろう。



「今のお話しさ、ギデにも聞かせてあげてくれる? そういう武勇伝とか英雄譚が大好きなのよ」

「良いですよ。 英雄譚なんて綺麗なものじゃありませんが」

「んーん、素敵な英雄だよ。 少なくともアイエスちゃんにとっては」

「そうでしょうか? リンさんもなにか似たような経験が?」

「あるよ私もーーあ、ギデおかえり!」



 リンが嬉々として立つと、その視線の先からギデオンが戻ってきた。

 彼を見つめるリンの瞳は未だ恋する乙女で、きっと今話そうとしたのも彼との思い出話なのだろう。



 この後三人は食事をしながら、火を囲って歓談に華を咲かせた。

 焚き火が暗がりを仄かに赤く染め、笑いの絶えない暖かい夜となった。

とりあえず加筆完了です。

ストックせず勢いで執筆してるので、誤字脱字ありましたらご指摘して下さると嬉しいです。

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