54話 おやすみなさい、永遠に
夜の闇に黄金の眼光があざとく閃く。
さらりとした金髪を踊らせながら、暗がりの地面を颯爽と駆け、木弓に矢を番えて放つ。
すると茂みに潜む一匹のゴブリンの額に刺さり、そのまま苦しむことすらなく仰向けに倒れて死んだ。
してその様を一瞥することもなく、アイエスは次なる標的に狙いを定め一矢を構える。
その間、彼女の足が止まることはない。
ゴブリンどもはこの美しき獲物を目の当たりにしても、恐れこそ抱けど見くびることはない。
きっと子供ゴブリンが伝えたのだろう、この美獣こそは真に恐るべき敵だ。喰らうべきではないと。
されどももう一匹の獲物、あの銀髪の娘は別だ。
そんな伝達がなされてるのだろうか、ゴブリンどもはアイエスを避けているが、建物の方角を気にしてばかりいる。
しかしこの数で建物の周囲を張ってるとなると、狙いは彼女だけに非ずだろう。
――おそらく狙われてるのはリリスちゃん、でもゴブリンたちはもう、建物にいる他の住人たちにも気付いてるはず。
そもそもディーテが吟じているのだ。人の気配などとうに認知されている。
とはいえそこには不安もない、ディーテの吟じてる限りは警戒して入らないだろうし、なかにはリチャードもいるのだから。
されども油断はしない。住人の誰かが一匹でもゴブリンを視認してしまえば、そこから混乱が広がってしまうのだから。
アイエスは無意識にゴブリンの位置を探る。
息遣い、足音、あるいは話し声。
研ぎ澄まされたエルフの感覚により、彼女は恐るべき狩人になっている。
地を駆け、樹上を跳び、動きを止めずにゴブリンどもを仕留めてゆく。
樹の蔓延る領域こそは彼女の庭。そう思わずにはいられない程の勢い。
死屍累々とした跡を残しながら、休息も慈悲もなく進んでゆく。
ここまでは狙い通りだ。
――グレイシャーさん、頼みましたよ。
二人は別行動をとっていた。
その理由は色々あるが、策を成すためというのが主たる理由だ。
当初はゴブリンどもの動向を窺っていたが、紆余曲折の結果、アイエスは強敵と見なされ追い立てる立場にいる。
――なんだか、釈然としませんが。
納得できぬとばかりに、ぐぬぬと唸るアイエス。
魔物に強敵と認められるなど、年頃の娘が喜ぶはずもない。
実力ならばグレイシャーとて相当なはずだが、やはり敵中に情報が広まったが故だろう。
或いは能ある鷹は爪を隠すも巧い、というとこか。
なんにせよ策は順調だ。
なにより単独行動というのが良い。これなら人目を気にせず存分に狩れるというもの。
今のアイエスに神官らしさがあるとすれば、それは服装程度だろうか。
――そろそろ頃合でしょうか?
僅かに走る速度を落とし、あえて周囲にいるゴブリンに狙い外れな矢を放つ。威嚇射撃だ。
するにゴブリンどもはアイエスの存在に気付いて、慌てて駆けだす。
この場で全て射殺しても良さそうなものだが、ここはグレイシャーに従っておこう。
やがてアイエスは逃げ惑うゴブリンどもを追い立てながら、徐々に一纏めに集めてゆく。
気分はまるで羊飼いの少年だ。
木々の間を縫うように走り、少しづつゴブリンの数が増える。
肥大したゴブリンどもはやがて群れとなり、樹林に騒音をもたらす。
これだけの数がいてもなお、たった一人の娘を恐れるとは、それとも数の利に気付いてないのか。
「ゴ、ゴブッ!」
走り続け、建物からそこそこ離れた辺りだろうか。
先を走るゴブリンどもから、一匹がなにかに躓いて派手に転んだ。
前倒れに突っ伏し、両手を広げて無様に地を這う。
するとアイエスはその障害物を軽やかに跳躍し、矢を番え弦を引き絞る。
「ゴブゴブーッ!!」
命乞いか何かを叫んだゴブリンは振り向くなり、背後から跳びかかる黄金の狩人を見上げる。
月の逆光で狩人の表情は窺えず、変わりに金色の瞳とそれを縁取る金髪だけが闇に踊る。
「おやすみなさい、永遠に」
して聞こえる風切りの音。
その言葉の意味を理解することなく、ゴブリンは開けた大口から矢を受け、のどから鏃が貫通するなり絶命した。
アイエスはその後もゴブリンどもを追うが、ふとさっきの障害物に目をやる。
それはゴブリンの死体だった。
何か鋭利なもので無残に全身を引き裂かれ、血肉と骨と臓物を雑に散らかされている。それは死体というよりも痕跡と言うべきだろうか。
似たような惨状をさっきから随所で見かけている。
思うに、あれは獣か魔物の仕業だ。
そうなれば当然思いつくのは、つい先日遭遇した大きな狼どもである。
――いる。 あの狼たちがこの樹林に。
思うなり、なにかが頭にひっかかる。
気付いてはいけないような、重大ななにか。
巨怪なる狼どもとの戦い、その後に会ったリリスとリチャード、して背後にいるのは――。
「今だ、止まれ!」
思案を遮られ、アイエスは意識を戻す。
上方から降ってきたグレイシャーの合図により、アイエスは足を止め、近くの樹を駆け登る。
すると――。
「ンゴッ!」
「ゴブッ!?」
「ゴブーッ」
先を行くゴブリンどもの足場が派手に崩れだした。
言うまでもなく罠だ。
今の時代では罠とも呼べないような原始的な罠。
地面に掘った穴に草や枝で蓋をして、土を被せただけの簡易にして粗雑な罠。
沈下した大穴にゴブリンどもが足をとられ、次々と転がり落ちてゆく。
何体かのゴブリンがよじ登ろうとするのを、二人は別々の木の幹上から矢を射て仕留める。
ほどなくして、三十匹はいようかというゴブリンが
大穴でひしめく。
とはいえ所詮は掘っただけに過ぎない即席の大穴、底に剣山をしつらえる時間などはなかった。
「ふむ、我ながら良い位置取りだ」
「そうなんですか?」
大穴で蠢くゴブリンどもに視線を注ぎながら、二人は話し続ける。
「建物から離れてれば、多少うるさくても起きないだろう?」
「う~ん、射殺して回ったほうが良いのでは?」
「いや、周囲を見ろ。 樹林にはまだまだゴブリンどもは多い。 これから見せしめをするんだよ」
「見せしめ?」
「ああ、連中の見てる前で仲間を一網打尽にする」
「ほう、なるほど。 ですがどうやって?」
するとグレイシャーは黄金の大弓を背にし、幹上で片膝をつくと、顔を俯かせて祈りだす。
「冷静なる神、アンシーよ」
彼が信ずる神に祈りだすなり、その足元に青色の魔法陣が生じ、周囲に冷気が淀み始める。
そう、これからグレイシャーは魔法を行使しようというのだ。
「青の――魔法使い」
思わずそんな言葉がアイエスからもれる。
漂いだした冷気が、二人の狩りで熱ばんだ体を心地良く冷ます。
狩人にして魔法使い、その事実に驚きを隠せないアイエスではあるが、考えてみれば自分とて同じだ。
魔法を習得するのは並外れた努力を要する。つまり努力さえすれば想いは神に届くのだ。
「この意志は冷徹にして冷血、故に熱あるものを裂く刃を成し、それは愚者どもを断つ力となる!」
グレイシャーの周囲が蒼白く輝き、それに答えるかのように大穴の底も同様に蒼白く光りだす。
「至高なる氷結で愚者を裁け、アイスエッジ!」
忠誠を言葉を紡ぐと地が揺れ、大穴の底が隆起して盛り上がり、冷気を帯びた刃の群れが突き出る。
青い刃はいずれも周囲の木々より大きく、なかではゴブリンどもの千切れた体が氷付けになっていた。




