表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
57/57

54話 おやすみなさい、永遠に

 夜の闇に黄金の眼光があざとく閃く。

 さらりとした金髪を踊らせながら、暗がりの地面を颯爽と駆け、木弓に矢を番えて放つ。

 すると茂みに潜む一匹のゴブリンの額に刺さり、そのまま苦しむことすらなく仰向けに倒れて死んだ。

 してその様を一瞥することもなく、アイエスは次なる標的に狙いを定め一矢を構える。

 その間、彼女の足が止まることはない。



 ゴブリンどもはこの美しき獲物を目の当たりにしても、恐れこそ抱けど見くびることはない。

 きっと子供ゴブリンが伝えたのだろう、この美獣こそは真に恐るべき敵だ。喰らうべきではないと。

 されどももう一匹の獲物、あの銀髪の娘は別だ。

 そんな伝達がなされてるのだろうか、ゴブリンどもはアイエスを避けているが、建物の方角を気にしてばかりいる。

 しかしこの数で建物の周囲を張ってるとなると、狙いは彼女だけに非ずだろう。



 ――おそらく狙われてるのはリリスちゃん、でもゴブリンたちはもう、建物にいる他の住人たちにも気付いてるはず。



 そもそもディーテが吟じているのだ。人の気配などとうに認知されている。

 とはいえそこには不安もない、ディーテの吟じてる限りは警戒して入らないだろうし、なかにはリチャードもいるのだから。

 されども油断はしない。住人の誰かが一匹でもゴブリンを視認してしまえば、そこから混乱が広がってしまうのだから。



 アイエスは無意識にゴブリンの位置を探る。

 息遣い、足音、あるいは話し声。

 研ぎ澄まされたエルフの感覚により、彼女は恐るべき狩人になっている。

 地を駆け、樹上を跳び、動きを止めずにゴブリンどもを仕留めてゆく。

 樹の蔓延る領域こそは彼女の庭。そう思わずにはいられない程の勢い。

 死屍累々とした跡を残しながら、休息も慈悲もなく進んでゆく。

 ここまでは狙い通りだ。



 ――グレイシャーさん、頼みましたよ。



 二人は別行動をとっていた。

 その理由は色々あるが、策を成すためというのが主たる理由だ。

 当初はゴブリンどもの動向を窺っていたが、紆余曲折の結果、アイエスは強敵と見なされ追い立てる立場にいる。



 ――なんだか、釈然としませんが。



 納得できぬとばかりに、ぐぬぬと唸るアイエス。

 魔物に強敵と認められるなど、年頃の娘が喜ぶはずもない。

 実力ならばグレイシャーとて相当なはずだが、やはり敵中に情報が広まったが故だろう。

 或いは能ある鷹は爪を隠すも巧い、というとこか。

 なんにせよ策は順調だ。

 なにより単独行動というのが良い。これなら人目を気にせず存分に狩れるというもの。

 今のアイエスに神官らしさがあるとすれば、それは服装程度だろうか。



 ――そろそろ頃合でしょうか?



 僅かに走る速度を落とし、あえて周囲にいるゴブリンに狙い外れな矢を放つ。威嚇射撃だ。

 するにゴブリンどもはアイエスの存在に気付いて、慌てて駆けだす。

 この場で全て射殺しても良さそうなものだが、ここはグレイシャーに従っておこう。



 やがてアイエスは逃げ惑うゴブリンどもを追い立てながら、徐々に一纏めに集めてゆく。

 気分はまるで羊飼いの少年だ。

 木々の間を縫うように走り、少しづつゴブリンの数が増える。

 肥大したゴブリンどもはやがて群れとなり、樹林に騒音をもたらす。

 これだけの数がいてもなお、たった一人の娘を恐れるとは、それとも数の利に気付いてないのか。



「ゴ、ゴブッ!」



 走り続け、建物からそこそこ離れた辺りだろうか。

 先を走るゴブリンどもから、一匹がなにかに躓いて派手に転んだ。

 前倒れに突っ伏し、両手を広げて無様に地を這う。

 するとアイエスはその障害物を軽やかに跳躍し、矢を番え弦を引き絞る。



「ゴブゴブーッ!!」



 命乞いか何かを叫んだゴブリンは振り向くなり、背後から跳びかかる黄金の狩人を見上げる。

 月の逆光で狩人の表情は窺えず、変わりに金色の瞳とそれを縁取る金髪だけが闇に踊る。



「おやすみなさい、永遠に」



 して聞こえる風切りの音。

 その言葉の意味を理解することなく、ゴブリンは開けた大口から矢を受け、のどから鏃が貫通するなり絶命した。



 アイエスはその後もゴブリンどもを追うが、ふとさっきの障害物に目をやる。

 それはゴブリンの死体だった。

 何か鋭利なもので無残に全身を引き裂かれ、血肉と骨と臓物を雑に散らかされている。それは死体というよりも痕跡と言うべきだろうか。

 似たような惨状をさっきから随所で見かけている。

 思うに、あれは獣か魔物の仕業だ。

 そうなれば当然思いつくのは、つい先日遭遇した大きな狼どもである。



 ――いる。 あの狼たちがこの樹林に。



 思うなり、なにかが頭にひっかかる。

 気付いてはいけないような、重大ななにか。

 巨怪なる狼どもとの戦い、その後に会ったリリスとリチャード、して背後にいるのは――。



「今だ、止まれ!」



 思案を遮られ、アイエスは意識を戻す。

 上方から降ってきたグレイシャーの合図により、アイエスは足を止め、近くの樹を駆け登る。

 すると――。



「ンゴッ!」

「ゴブッ!?」

「ゴブーッ」



 先を行くゴブリンどもの足場が派手に崩れだした。

 言うまでもなく罠だ。

 今の時代では罠とも呼べないような原始的な罠。

 地面に掘った穴に草や枝で蓋をして、土を被せただけの簡易にして粗雑な罠。

 沈下した大穴にゴブリンどもが足をとられ、次々と転がり落ちてゆく。

 何体かのゴブリンがよじ登ろうとするのを、二人は別々の木の幹上から矢を射て仕留める。

 ほどなくして、三十匹はいようかというゴブリンが

大穴でひしめく。

 とはいえ所詮は掘っただけに過ぎない即席の大穴、底に剣山をしつらえる時間などはなかった。



「ふむ、我ながら良い位置取りだ」

「そうなんですか?」



 大穴で蠢くゴブリンどもに視線を注ぎながら、二人は話し続ける。



「建物から離れてれば、多少うるさくても起きないだろう?」

「う~ん、射殺して回ったほうが良いのでは?」

「いや、周囲を見ろ。 樹林にはまだまだゴブリンどもは多い。 これから見せしめをするんだよ」

「見せしめ?」

「ああ、連中の見てる前で仲間を一網打尽にする」

「ほう、なるほど。 ですがどうやって?」



 するとグレイシャーは黄金の大弓を背にし、幹上で片膝をつくと、顔を俯かせて祈りだす。



「冷静なる神、アンシーよ」



 彼が信ずる神に祈りだすなり、その足元に青色の魔法陣が生じ、周囲に冷気が淀み始める。

 そう、これからグレイシャーは魔法を行使しようというのだ。



「青の――魔法使い」



 思わずそんな言葉がアイエスからもれる。

 漂いだした冷気が、二人の狩りで熱ばんだ体を心地良く冷ます。

 狩人にして魔法使い、その事実に驚きを隠せないアイエスではあるが、考えてみれば自分とて同じだ。

 魔法を習得するのは並外れた努力を要する。つまり努力さえすれば想いは神に届くのだ。



「この意志は冷徹にして冷血、故に熱あるものを裂く刃を成し、それは愚者どもを断つ力となる!」



 グレイシャーの周囲が蒼白く輝き、それに答えるかのように大穴の底も同様に蒼白く光りだす。



「至高なる氷結で愚者を裁け、アイスエッジ!」



 忠誠を言葉を紡ぐと地が揺れ、大穴の底が隆起して盛り上がり、冷気を帯びた刃の群れが突き出る。

 青い刃はいずれも周囲の木々より大きく、なかではゴブリンどもの千切れた体が氷付けになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ