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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
53/57

50話 よくわかりません!

 一纏めに放たれた矢が、空を裂きながら四方八方に拡散する。

 アイエスの目が瞬速なる矢を辛うじて見捉えるが、思考が止まってしまい体が動かない。



「!」



 して仄かな風切りを体中の肌で感じると、やがて矢の波は過ぎ去ってゆく。

 風にまかれ、ヴェールと神官服がふわりと揺れた。

 何が起こったのか意味がわからず、呆けるしかないアイエス。



 するとその背後にある木々の向こうから、何かが倒れる音がした。

 緊張に晒されたアイエスの神経が敏感になり、びくりとしながら彼女は音のした方を振り向く。



「ゴブ……リン?」

「そう、ゴブリン。 これこそが君の犯した過ちだ」



 木の向こうには数匹のゴブリンが倒れていた。

 打たれ所悪く即死してるものや、体のどこかに矢を受けてのたうつものなどいるが、生き残りに向けて更なる矢を次々とグレイシャーが放つ。

 際して矢の風切りがアイエスを掠めてゆく。

 間もなくゴブリンどもは絶命した。



「わかるか? こういうことだ」



 アイエスは振り向きグレイシャーを見るが、その顔はやはり澄んだものである。

 ゴブリンどもを狩ったためか、青い目から鋭さは失われている。

 どうやら自分を狙ってたつもりではないらしいが、かなり肝が冷えた。



「よくわかりません! というかびっくりするじゃないですか! 人に弓を向けるなんてダメ! 絶対!」



 さすがのアイエスもご立腹になり、口を尖らせて抗議の声をあげる。



「なんだ君は、自分の背後にゴブリンがいることにも気付かなかったのか?」

「気付かなかったわけではありませんが、面と向かって弓を構えられるとびっくりしますよ、もう!」

「それはすまない、悪いことをしたな」

「いいですよもう。 確かにこの樹林にはかなりのゴブリンがいますからね」



 アイエスは実際に気付かなかったわけではない。

 あえて言うならば、この樹林にはゴブリンが多すぎるのだ。

 数匹なら耳を澄ませば位置も息遣いも聞き分ける自信があるが、混雑のなかでは全てを細かく把握するのはさしものエルフ耳でも難儀なものだ。

 無論、さきの反応はグレイシャーに威圧されて身を竦ませたのも理由の一つでもあるが。



「それで、もう一度わかりやすく説明していただけますか? 私の過ちとやらを」

「わかった。 それで今のを許してもらうとするか」



 グレイシャーは苦笑いを浮かべ、ゴブリンの死体へ歩み寄り、刺さる矢を引き抜き回収する。

 一矢づつきちんと検め、血を振り払い、矢筒に納めていく。

 その間にアイエスも手頃な木を木定め、枝を選定して矢を作って次々と矢筒に納めていく。



「順を追って話すか。 まず昨日と比べてゴブリンの数はどれくらい増えてると思う?」

「かなり増えてますね。 昨日の今日でこれでは、グレイシャーさんが頭を抱えるのもわかります」

「それだが、一日でこれだけ増えたのは初めてだ」

「つまり私に関係があると?」

「君は昨日ゴブリンを根絶やしにしたと言ったが、実際はどうした?」



 二人は充分な矢を用意したところで手を止め、自ずとグレイシャーを前にして樹林を進む。

 してアイエスは唇に指を添えて思案する。

 昨日の戦いで反省すべき点は、血を流しすぎたということだろうか。少なくともそれでリリスを悲しませてしまったのだから。



「うん? きちんと全滅させましたよ、子供以外は」

「よくわかってるじゃないか、原因はそれだよ。 なぜ子供を殺さなかったんだ?」

「はい? 魔物といえども、なにも子供まで殺さなくても……」

「はあ、馬鹿か君は」



 グレイシャーは前を行きながら振り向き、呆れた眼差しをアイエスに投げる。

 その目をアイエスは知っている。

 騎士が彼女に戦いのノウハウを言う時と同じ目だ。



「大人を殺されて、群れからはぐれた子供はどうすると思う?」

「どうするって、それは――」



 アイエスはすぐに気付いた。

 そんなの、他の大人に助けを求めるに決まってるではないか。

 少なくとも自分の知りうる敵の全情報を、事細かに余すことなく伝える。

 そうなると当然――報復を目論む。

 これが知恵ある生き物ならば、勝てる見込みや算段を考えるものだが、何せ相手はゴブリンだ。

 短絡的に本能と感情に任せて行動するのみである。



 その後は簡単なことだ――。

 雨でぬかるんだお蔭で、アイエスらの足跡は残っている。建物までの道筋がご丁寧に用意してあるのだ。

 そこに気付き、アイエスの足がぴたりと止まる。

 嫌な予感が胸に溢れ、全身から嫌な汗がぶわりと噴き出してきた。



「昨日は、雨で、足跡が」

「そう、君はゴブリンどもを怒らせた挙句、美味しいご馳走までの案内経路さえ用意したんだよ」



 震える声でたとたどしいアイエスに対し、グレイシャーはなおも平静を崩さない様子だった。

 歩きを止めないまま彼は、息をするようにどこかに向け黄金の大弓を構え、纏めて数本の矢を放つ。



「ンゴッ」

「ゴブブッ」



 すると茂みに潜んでた数匹のゴブリンに命中し、葉を散らしながら崩れ落ちる。

 グレイシャーは地べたに転がるゴブリンを観察し、まだ息のあるゴブリンを見定め、一匹ずつ射抜く。

 アイエスのような華のある射撃ではないが、雑ながらに成果を挙げてゆく。

 死体から矢を集めながら、彼は離れたアイエスを見やる。



「別に咎めるつもりはない。 リリスに配慮してくれたのもわかる。 現にリチャードも見逃したんだ」

「ですが、私は……それに足跡はどうすれば!?」

「今更足跡を消しても遅い。 ゴブリンどもにはもうばれてるだろうさ」

「ではなぜ、建物に押し入らないのでしょうか?」

「子供ゴブリンが君の強さを警告したんだろ。 だからゴブリンどもが来るとしたら今夜だな」

「今夜、ですか?」

「つまり人間が寝てる時に襲おうって魂胆だ」

「私に、何かできることは?」



 言いながらアイエスが駆け寄ってグレイシャーに追いつく。



「一匹でも多く狩って欲しい。 でもリリスにはただの狩りだと伝えてくれ。 不安を煽りたくない」

「わかりました」



 アイエスは戦いを決意した。

 己が善行に際して生じた責を果たすために。

 背にある弓を構え、弓を番え、弦を引き絞り、神経を研ぎ澄ませて雑踏に蠢くゴブリンどもから正確な位置を探る。



「そこっ!」



 放たれた一矢は空を裂き、仄かに反れて木の向こう側へ消えていく。

 時を置かずして、木の向こうから響くゴブリンの短い断末魔。

 どさりと地べたに倒れる音がするなり、アイエスとグレイシャーは目を合わせ、互いの手を掲げて親指を立てた。

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