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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
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48話  太陽なんて大嫌い

 夕食を終えたアイエスはリリスの部屋を後にし、広間にて乾かしていた弓や装備品を取りに来ていた。

 暖炉の火は消されているが、室内の温かい空気に晒していたおかげで大分乾いている。



「う~ん。 さすがにこれは直らないかしら」



 うなだれるアイエスが手にしてるのは、旅に欠かせない教材である巻物だ。

 母手書きの地図や、教会で習った知識を書き留めといた洋紙がすっかりぐちゃぐちゃになっている。

 目を凝らせば見えないことはないが、さすがにこれを実用品とは呼べないだろう。

 だが捨てるには惜しい、特に地図の方は母の形見の一つなのだから。



「まったく使えないわけじゃないのよね。 書き直すにしても洋紙を買わなきゃ、ていうかインクもか。 自作できそうなのは木のペンだけかな」



 独り言をぼやきながら、じゃらりと鳴る白い布袋を開けて所持金を確認する。

 なかを見ると、金貨が十五枚と銀貨が三枚ある。

 聖都マリアンでこなした二件の依頼の報酬だ。

 とはえいえ人の世界に来てまだまだ日は浅い、よって所持金の感覚がいまいち掴めない。



「紙とインクでいくらするんだろ。 確か矢筒が五シルバーで短剣用の革の鞘が二シルバー。 ギデオンさんが交渉してくれたから、携帯食はおまけで――」



 自身の装備を検めながら、思案する。

 旅の道中はどうしても野宿が多いが、いずれまた街や都を訪れることもあるだろう。

 その為にも金銭感覚を養っとくのは必要なことだ。

 現に今、こうして買いたい物品があるのだから。



「そういえば騎士さんって、やっぱり人気ひとけのある場所には行かないのかな?」



 ギデオンもいつだか推測していたが、まさかあの姿で街や都に立ち入ってることはあるまい。

 仮にあの姿を人前で曝したとなれば、その場で審問にかけられるのが目に見えている。



「今度どこかの街を見たら、誘ってみようかしら」



 冗談まじりにそんなことを考えながら、くすくすと微笑むアイエス。

 誘ったところであの騎士のことだ、どうせ断るに決まっているが。

 とはいえどんな言葉が返ってくるのか、それを考えるだけでも楽しいというもの。



「お姉さん、もう寝る?」



 広間の鉄扉を開けるなり、リリスが入ってきた。

 ととっと軽やかにアイエスへ歩み寄り、座って作業をしている彼女の顔を覗き込んでくる。

 リリスに寝る部屋を案内してもらう約束なので、アイエスは床にある物品を纏める。



「まだ寝ませんが、作業の続きは部屋でやります」



 アイエスは立ち上がると荷物を手にする。

 弓だけはまだ乾きが甘いので、このまま壁にたてかけとくことにした。

 すると先に歩きだしたリリスが振り向き、背後に続くアイエスを肩越しに見る。



「ねえ、荷物置いたらお姉さんともう少しだけ話したいんだけど、良いかな?」

「もちろん良いですよ。 リリスちゃんのお部屋ですか? それともこの広間で?」

「えっとね――」



 鉄扉を開け廊下にでるリリスとアイエス。

 リリスはウインクながらに指を唇に添え、なにやらもったいぶってるのが見てとれる。



「屋上で♪」





 ――その後のことだ。

 アイエスは案内された部屋に荷物を置くなり、実用性のみを重視したような螺旋階段を上り、建物の屋上に来ていた。



 周囲には見渡す限り夜の漆黒があり、聞こえてくるのは開き戸から漏れるディーテの陽気な歌声だ。

 夜空には雲が流れ、その向こうでは影に彩られし満ち欠けた月が佇んでいる。



 屋上には頑丈な手すりと、錆びた小さな鐘がある。

 とはいえ装飾など皆無に等しく、何故こんな物があるのか二人の娘にわかるはずもない。

 広さも然程なく、まるで建物の周囲を見渡すためだけに設けられたような場所である。

 肌寒い夜風が流れるが、温まった今の二人にとっては、心地良い微風であった。



「明日も早いのにごめんなさい」

「私こそお世話になりっぱなしで、すみません」

「お姉さん、明日友達と合流したら、また旅に出るんでしょ?」

「そうですね」

「じゃあ、一緒に過ごせるのは今夜が最後かな」



 リリスの沈んだ声を聞き、心中を察したアイエスもつられて沈んだ表情になる。

 こんな場所では歳の近い友達などまともに出来なかっただろうから、寂しいに違いない。

 自分とてリンやギデオンと離れる際、寂しかった。

 ただ自分の場合は、世界を識りたい気持ちがより強かったのだ。



「そういう、ことになりますね」

「だよねー。 寂しいな、たった一日でも随分仲良くなった気がするもん。 もっと一緒にいたかったな」



 寂しげに笑むリリスを見るに、アイエスの胸が締め付けられる。

 リリスが望むなら、グレイシャーやリチャードが許すなら、彼女を旅に連れて行きたい。

 この樹林で変わらない日々を過ごすよりも、ずっとずっと楽しいはずである。

 でもそれは叶わない。

 リリスは自分とは違う。体が陽射しに弱くては、旅になど連れて行けるはずもない。



「はあ、お父様も狩りでいなくなるし、日中はいつも独りぼっち」

「あれ? リチャードさんは?」

「リチャードは確かに私の友達だけど、あの子はお父様の従順なペットだもん。 主はあくまでお父様よ」

「あらあらまあまあ、リリスちゃんの恋路は長くなりそうですね」

「そういえば、お父様と言えばだけど」



 リリスは端まで行くと、手すりに背中を預けてアイエスを見つめる。



「お姉さん、私のことファザコンだと思ってる?」

「い、いきなりなんですか。 何を言うかと思えば」



 リリスが悪戯な微笑みを浮かべる。

 少し重めな空気だと思ってたアイエスだが、これには思わず笑いがこぼれた。



「まあそうよね。 みんなそういう反応するもの」

「リリスちゃん?」

「でもね、私とお父様、血は繋がってないのよ」

「え……? でも――」

「言いたいことはわかるわ。 髪の色でしょ?」



 言いながらリリスは風にそよぐ自らの銀髪を梳く。

 その僅かな間に、彼女の纏う空気が豹変する。

 月明かりを受ける彼女の微笑みは、どこかで見た覚えのある妖艶なものだった。

 不敵に笑みながらもリリスは続ける。



「だけどそれだけ。 それ以外は何もかもが違うの」

「何もかもって、なんで、そんなはっきりと?」

「なんでって、そうね。 強いて言えば匂いかしら」

「匂い?」

「そう、匂うのよ。 お父様ってば、何か私に隠し事してるんだわ」



 言いながらリリスは背を向け、手すりを掴んで空を見上げる。

 憂いを帯びた眼差しで、雲の向こうにある月をぼんやりと眺めた。



「私は心の底からお父様が大好きなの。 なにがあっても守ってくれるし、いつも私を想ってくれる。 私に嘘を吐きながらね」



 そう言うリリスの背は寂しさが滲んでおり、見ていられないものがあった。

 黙したままアイエスは彼女の隣に並び、そっと体ごと寄り添う。



「私を見守ってくれるのはお月様だけ、陽が昇れば私はいつも独りぼっち。 太陽なんて大嫌い」



 するとリリスは全てを見透かしたような目になり、アイエスを真っ直ぐに見上げる。



「ねえ、お姉さんも何か隠し事とかあるの?」



 その問いに答えることができず、アイエスの胸中に葛藤が生じる。



「私には……その」



 自ずとアイエスの手がヴェールにのびる。

 こういうときは不思議と十字架を握れないものだ。 出自を打ち明けれないというだけで、どうにも良心が咎めてしまう。



「お姉さんごめんなさい。 他にもっと言うべきことがあるのに、私ってばお姉さんを困らせちゃって」



 戸惑うアイエスに気付き、落ち込んだリリスは顔を俯かせる。



「気にしないで。 私はお父さんの顔を知らないから気持ちはわかりませんが、恋の応援はしてます」

「そっか、そうだったんだ。 ふふ、ふふふ」



 するとさっきまでのリリスが戻ってきたようで、彼女らしく無邪気に微笑んだ。



「奇遇ね、気付いてると思うけど私にはお母さんがいないの。 私たち片親同士なのね」

「そうなりますね。 意外なとこに私たちの共通点がありました」

「話してくれてありがとう、お姉さんの秘密が少しだけ垣間見れた気がするわ」

「そ、それは……どうでしょうかね」



 ぎくりとしながらもリリスの笑顔が嬉しいアイエスは、その後もしばらく歓談を続けた――。





 屋上で話した後、リリスを部屋に送ったアイエスは弓を取りに暖炉の広間に来ていた。

 建物内に戻る頃には皆寝ていたようで、静まる暗い廊下をロウソクの灯りを頼りに歩いてきた。



「よし、乾いてる」



 木弓はしっかりと乾いていた。

 応急修理だった弦を張り直し、引き絞ってしなりを確認すれば作業は完了だ。

 して弓を背にすると、部屋に戻るべく歩きだす。

 見る先には鉄扉があった。

 体ごと扉を押しやり、体重を乗せてなんとかこじ開ける。

 男のディーテでさえ苦労してた扉だ、華奢なアイエスでは苦戦は必須だろう。

 ギデオンやグレイシャー辺りならば、労なく容易く開けそうなものではあるが。



 ――途端、アイエスは奇妙な違和感を覚える。

 そういえば初めてこの広間に来たとき、扉を開けたのは誰だった?

 だけでなく、さっきからこの扉を何の問題もなく開け閉めしてた存在を自分は忘れていないか?



 アイエスは気付くなり、全身を冷や汗が伝う。

 これまでの様子からして本人は無自覚だ。そしてディーテは盲目故に見たことがないと思われる。



 そうだ、リリスはこのやたらに重たい鉄扉を全く苦にしていなかったのだ。

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