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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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4話 労働は尊い

 アイエスは聖都マリアンに戻るなり、信じられないものを目の当たりにしていた。



「あら~♪ 可愛い冒険者さんね、私の十年前にそっくり!」



 目の前にはピンクのキャミソールとビキニみたいなパンツを着て、体をくねくねと踊らせる筋骨隆々な男がいた。背丈は二メートルちょいありそうだ。

 体の刻むリズムに合わせてチョビヒゲが揺れる。



「こ、ここであってますよね?」



 アイエスは思わず引き攣る笑いを浮かべながら、建物内をきょろきょろと見回す。

 周囲にはテーブルとイスが随所に並び、そこにはまばらながら客が何組かティータイムをしていた。



「大丈夫よ、ここは私ガラクが営む紳士淑女が美味を嗜む洋食屋『ガラク・フードキャンプ』で間違いないわ」



 正面からの野太いながらもキャピキャピした声に戸惑いを覚えながら、アイエスは目線をガラクに戻す。

 恐らくこの人は変態なんだと、アイエスは本能的に察した。



「それじゃエミリー、金庫から報酬を持ってきて♪」



 近くを通った女給仕は返事をして奥へと消え、ガラクは奇妙なポーズをしながらアイエスを見る。



「しかしあなた、可愛い顔して随分と上手にラパンを屠殺してたわね」

「貧しい家だったので、自給自足してたんです」



 アイエスは真実から目を背けるように、微妙に目線を逸らして返事をする。

 彼女の見た目はともかく、屠殺の技術は相当なものだった。

 食用との依頼だったため、狩ったラパンは全て額への一矢で仕留め、その場で下処理をする。

 鮮度の保持と臭みを消すのは、彼女からしてみれば当たり前のことだった。

 ガラクは目を涙でうるわせると、ついぞ力いっぱい抱きついてきた。



「それが今や立派な神官なんて、素晴らしいわ!」

「う、ぐ! 苦しいです!」



 アイエスが突き放すようにして筋肉の胸板から離れると、そこにちょうど女給仕ことエミリーがやってきた。トレイには小さな白い布袋とグラスがある。



「それじゃ、報酬の十シルバー渡すわね♪」



 ガラクが言いながら今度は、腹筋を強調するポーズをとる。



「お疲れ様でした。 臭みや痛みもなく、実に良いラパン肉です。 是非またお願いします」



 近くに来たエミリーがカウンターにトレイを置き、ジャラジャラと鳴る硬貨の入った布袋をアイエスに手渡す。



「ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちよ。 冒険者の皆が皆、こんなに良い仕事をしてくれる訳じゃないの」



 そういうものかと思いながら、アイエスは苦々しく笑うエミリーへお辞儀する。



「ドリンクはサービスだから。 それじゃまた」



 エミリーは笑顔で手を振って仕事へと戻っていく。

 ありがたくドリンクを呷ると、冷たいハーブティらしい飲料がノドを心地良く通ってゆく。

 そういえばもう昼はとうにすぎているのに、今日はランチを摂っていない。

 神殿で神官の儀を済ませる前に頂いた朝食以来だ。

 美味しく飲んでいると、ガラクが小指を唇に添えて艶めかしい目線を投げてくる。

 一気に飲みづらくなった。



「ガラクの汗、美味しいでしょ?」

「ぶふぉっ!?」



 まさかの言葉にむせるアイエス。

 グラスにある新緑色の飲料と目の前で奇妙なポーズをするガラクを何度も見比べる。



「それ、私が汗水流しながら育てた自家製ハーブを何種もブレンドしたハーブティなの」

「な、なるほど」



 ほっと胸を撫で下ろし、改めてハーブティを呷る。

 ちらほらと壁の貼紙を見ると、なるほど、確かにへんちくりんな名前をしたメニューがたくさんあった。

 見なかったことにして無難な話題をガラクに振る。



「そういえばさっきから何してるんですか?」



 ガラクは腕の筋肉を見せつけるように両腕を広げ、握り拳を耳の辺りにもっていく。



「ん? これはダブルバイセップスだけど何か?」

「……え?」



 アイエスが首を傾げると、ガラクのキャミソールに収まりきらないビーチクがビクビクと踊る。



「上腕二頭筋を強調するポーズよ、綺麗でしょ?」

「えと、私にはよくわかりません」

「綺麗でしょ?」

「はあ」



 その後もガラク拘りのポーズは続き、アイエスはなぜかここに来る前よりずっと疲れてしまった。

 美味しいハーブティをごちそうになったにも関わらずだ。

 己の見聞の狭さを思い知ったアイエスだが、別に知らなくても良い世界だと思ったのでさして気にしなかった。



 やがてハーブティを一気に飲み干したアイエスは、ガラクのモスト・マスキュラーという謎のポーズを最後にこの場を後にした。



 ここにきてわかったのは、自分の仕事は丁寧だということ。これに関しては胸を張れるだろう。

 それから世の中には変人がいるということだ。

 げんなりした足取りながらアイエスは硬貨袋を握り締め、とぼとぼとギルドを目指した。

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