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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
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42話 一つ、お尋ねしたいのですが

「お姉さん早く、こっちこっち~♪」



 リリスが機嫌良くアイエスの手を引く。

 戯れ相手を見つけた子供のような、ではなく正にそれだった。

 さっきは随分な惨状を見せてしまったが、何故か不思議と懐かれている。嫌われるよりはずっと良いのだが、アイエスが彼女の要求に答えれるはずもない。



「いえ、その、私はそういうのはちょっと……」

「女の子同士なんだから、恥ずかしくないでしょ?」



 しかし声では必至の抵抗をするも、なんだかんだと連れられてしまうアイエス。

 たまに見せる大人びた儚い顔よりも、今の無垢なる笑顔の方がずっとリリスには似合っている。

 こんなにも楽しそうなのだ、断るのに罪悪感が生じるのも無理はない。

 なんとか誤魔化せないものかと、藁にもすがる思いで周囲を見やる。

 するとすぐ近くに頼れる存在を見つけた。



「リチャードさん。 あの……」



 とはいえ名案があった訳でもない。

 アイエスが傍らを歩くリチャードに救いを求める眼差しを投げると、何かを察したらしい彼は二人の娘を見下ろすなり頷いた。

 それを見るなり、アイエスは安堵の溜め息を吐く。



 ――なんとか助かりそう、かな?



 だがそんなアイエスの胸中に反し、あろうことかリチャードは踵を返すなり一目散に走り去ってしまう。

 なんたることか。

 まさかエルフの血を引きし自分が、獣の気持ちを忖度し損ねるなど何年ぶりのことか。

 ぽかんと口を開けたまま、なおもアイエスはリリスに手を引かれていく。



「リチャードさん……え?」

「紳士だなーリチャードは。 これからうら若き乙女が二人揃って肌を曝すんだもん。 気を使ってくれたに違いないわ」



 既にもうリチャードの姿は見えない。

 ぬかるみに足跡を残しながら、足早に樹林のなかへ消えていってしまった。

 確かに彼は雄だ。故に今の行為は紳士的といえる。

 そもそも彼からすれば、今日会ったばかりの自分よりもリリスの意見を優先するのは当然だろう。



「まあ冗談はさておき、リチャードはお父様のもとへ行ったの」

「ああ、もしかして狩猟のお手伝いですか?」

「そうそう。 今日は結局、何も食材を持ち帰ってないし」

「では私も行きましょう。 お世話になるのですから恩義に報いなければなりません」

「そう言ったところで逃がさないよ?」



 話しながらも歩く速度は変わらず、どんどん建物に近付いてゆく。

 アイエスはまたも周囲を見渡し、なにか言い訳に使えそうな物を探す。



「まずは井戸! とりあえず井戸に行きましょう!」



 言ってアイエスはリリスに負けじと井戸の方へと歩きだした。すると今度はリリスの手が引かれ、ぐぬぬと唸りながら足を踏みしめ応戦する。

 とはいえリリスの顔は笑っていた。これはこれで楽しいのだろうと、アイエスも釣られて笑いが零れる。



「なんで井戸なの? 今汲んでも雨水しか溜まってないよ?」

「何ってこの神官服ですよ。 泥やゴブリンのあれが付いたまま人様の住まいになんて入れません。 汚れはきちっと落とさなければ」

「むぅ、一理あるわね」



 これ見よがしに汚れた燕尾を振って見せつける。

 とはいえ血肉の付着してない泥塗れの箇所だが。

 リリスは渋々ながら納得してくれ、アイエスはとりあえず井戸の水で神官服を清めることとした。



 井戸は石造りで、縄を引いて木のバケツを上げる滑車式のものだ。

 誰が、いつ、どんな目的で拵えたかは知らないが、そんなに古くはなさそうだ。

 アイエスは近くに弓と矢筒とポーチを置いて、水浴びをすべく木のバケツを井戸へと投じる。

 次いで縄を引いて滑車を鳴らすと、劣化を感じさせない品質の高さに気付く。



「なんだが随分と使い易い。 手に馴染みますね」

「その井戸はドワーフが作ったんじゃないかって、お父様が言ってた。 私にはよくわからないけど」



 そういえばドワーフという種族は、なにかと物作りに長けてるらしい。

 気高きエルフたちでさえ、ドワーフの作品だけは認めていると母さんから聞いたことがある。



「もしかしてここは、ドワーフの住まいだったんですかね?」

「どうかな? でも部屋に入ればわかると思うけど、この家はドワーフのイメージには合わないと思う」

「そうなんですか?」

「そうなの、だから早くなかに入ろ?」



 にっこりと微笑むリリス。

 どうやらもう待ち切れないと言った様子である。

 しかし彼女の気持ちもわかる自分がいた。

 確かに正体が知れるのはまずいが、なんでか今が楽しいのだ。

 聖都マリアンを発つ時、リンが一緒に色々なことをして遊びたかったと言ってくれたが、きっとこんな気持ちだったんだろう。

 あの時自分に余裕があれば、もっともっと楽しい思い出を作れたに違いない。



 ――今度リンさんに会ったら、一緒に温泉に入りたいな。



 何度か水浴びをして神官服を清め、汚れが落ちたのを確認しながらアイエスは一人頷く。

 そして思い出した。

 いや、思い出してしまったと言うべきか――。

 リンと言えば、忘れてはならぬことがあるだろう。



「あの、リリスちゃん。 一つ、お尋ねしたいのですが」

「うん、なーに?」



 問われたリリスはきょとんと小首を傾げる。

 アイエスは今でも良く覚えている。

 そうだ、あの日、あの時、自分に寄り添ってくれたリンの姿は忘れようもない。

 脳裏に蘇る彼女を思い出すなり、アイエスの表情が一転してかっと強く目が開かれた。



「リリスちゃんって、下着何色!?」

「は……はあ?」



 途端、リリスは口を空けて呆けるばかり。

 リンが着用してた下着は実に可愛いものだった。

 エルフのそれは簡素が過ぎるし、教会から支給されたのも素朴なものだ。

 それはそれで悪くはないのだが――でもやはり可愛いものは可愛い。

 女の子ならば、誰しも可愛いものを身に着けたいと思うのが世の常識である。

 だからアイエスが憧れのアイテムを思い出し、その可能性を目の前にいる少女に見出すのは無理からぬ話なのだ。



「ローブじゃなくて可愛い下着! 可愛い下着を私にくださいっ!」



 アイエスはリリスの肩を揺さぶりながら叫んだ。

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