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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
43/57

41話 それはもちろん、この十字架に誓います

 樹林のぬかるみを存外に速いペースで進む。

 森暮らしのアイエスは当然として、リチャードもぬかるみに足をとられる様子はない。

 リリスを背負ったまま、休むことなくきびきびとした足取りで歩いている。

 体幹がかなり鍛えられてるのが見て取れる。

 何かを担いだままぬかるみを歩くというのは、思っているよりも骨が折れるものだ。

 エルフでも魔物でもそれは同じ、ただ自然のなかで育ってるが故に鍛えられてるだけのこと。

 きっとリチャードは森ともリリスとも、長い付き合いをしてるのだろう。



「微妙に空が明るいけど、リリスちゃん体は平気?」



 雨は止めど陽は射さず、空気が湿気を孕む梅雨らしい天候になっている。

 アイエスは空を見上げ、雲に透けてる仄かな明るさから太陽の位置を計る。

 光点は西にあり、つまり昼はもう過ぎている。

 お腹は確かに空いてきたが、今はそれよりもリリスの体を心配すべきだろう。

 なにせ彼女は陽射しに弱いのだから。



「うん、フード被ってれば平気」

「ローブも結構濡れてますが、蒸れたりしません?」

「大丈夫。 陽射しがダメなだけで、暑いだけなら全然へっちゃら。 これでも夏には強いんだから」



 リリスはくすりと笑んで俯く。フードを引いて目深に被りながら。

 その太陽から隠れるような仕草に、アイエスの胸がまたもちくりとする。

 日を浴びれないというのは、どんな気持ちだろう。

 いくら思案したとて、結局のところ彼女の苦しみは彼女にしかわからない。

 でもきっと、リリスの為に自分ができることはあるはずだと、アイエスは首にあるロザリオを握る。



「何か私にできることがあれば、遠慮なく言ってくださいね」

「うん? お姉さんどうしたの急に?」



 問われて返事に困ってしまうアイエス。

 露骨に哀れむのも失礼というもの、少なくともリリスには頼れる父親と飼い狼がいる。充分に幸せな日々を送ってるのだから。



「えーとですね、さっき話してたことです。 もしリリスちゃんが助けが欲しい時は力添えしますので」

「うん……。 もしその時が来たら、私のために祈りを捧げてくれる?」

「それはもちろん、この十字架に誓います」

「そっか。 嬉しい、ありがとう」



 どこか哀しげに話すリリスは、アイエスの首に下がる十字架を見つめ、うっすらと儚げに笑む。

 彼女の言う祈りとは、魔法のことだろう。

 話しながらアイエスは魔法について考える。

 今あるのは治癒と守護の二つ、使えるのはどちらか一度、二度目を使えば精魂果ててしまう。

 今の自分では役者不足だ、もっともっと強くなければ他者は救えない。

 それに、あの騎士も止められない。



「あ、見えてきた」

「おや、集落に到着ですか?」

「うん。 頑丈な家だから、安心してゆっくり過ごしてってね」



 言いながらリリスが視線を投げた先を辿ると、木々の隙間の向こうに、見慣れぬ形をした石造りの建物が見えてきた。

 壁一面に蔦が這って葉が茂っており、経年こそ感じるが劣化は見られない。

 彼女の言う通り、確かに頑丈そうな建物ではある。

 エルフ的にも悪くない雰囲気なのだが、でも一般的な人にはこの良さは解り辛いかもしれない。

 そんな感想を抱きながら、アイエスは樹林を抜けて集落へと着いた。



 集落とはよく言ったもので、確かにそれは村とも呼べないような場所だった。

 樹林のなかを不自然に伐採したような空き地で、近くを見渡しても人が活気してる様子はない。

 少し離れた位置に井戸が一つあるだけだ。

 何よりおかしいと思ったのが――。



「建物って、もしやこの一棟だけですか?」

「うん、そうだよ?」



 それが何か? とでも言いたげに、リチャードから降りたリリスが小首を傾げてアイエスを見やる。

 なんのことはない。彼女にとってこの建物は、住み慣れた我が家なのだから。



「開き戸が多いですね」

「うん。 私たちだけじゃなくて、皆もここに住んでるからね」



 どうやら数世帯での共同生活らしい。

 口ぶりからして、家族以外の人たちとの家族ぐるみの付き合いといったところか。



「それじゃお姉さん。 やることやっちゃおうか」

「はい?」

「お父様がじきに狩りから戻ると思うから、それまでにお着替えしなきゃ」

「……え?」

「だって、男の人の前じゃ恥ずかしいでしょ?」

「まあ、それはそうですね」

「大丈夫、着替えなら貸すから。 私が着てるこのローブ、同じのが家の中に何着もあるの。 それこそお姉さんが着れそうなのもね」



 言ってリリスは羨ましそうな目でアイエスを見る。

 より正確に言えば、彼女のよく育った胸元にだが。

 とはいえ淫靡な目で見られてる訳でもないので、嫌悪感など抱くはずもない。

 アイエスはこれに関してはもう、苦笑いを浮かべる他なかった。



「それじゃ一緒に着替えちゃおっか?」



 して直後に、より大きな不安がアイエスを襲う。

 このまま流されれば、自分の正体が曝されるのは不可避だろう。それはいけない。

 なんとかこの危機を脱せねばと、アイエスの心にこれまでとは異なる焦燥が走る。

 さりとて無邪気なリリスの瞳を目の当たりにして、どう切り抜ければ良いものか。

 ゴブリンなどより余程手強い、思わぬ伏兵と遭遇した気分になった。

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