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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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3話 かつての日常

 太陽が西へ傾きはじめた昼下がりの刻。

 ギルドを後にしたアイエスは、聖都マリアンを出てすぐの草原を歩いていた。

 背の不揃いな草を踏みながら、小さな岩や隆起してる地面をひょいひょいと軽快に進んでいく。

 神官らしからぬ実に軽やかな足取りで、自然に慣れ親しんだエルフそのものだ。



「今日は天気も良いし、さっさと片付けちゃお」



 その言葉に息苦しさは微塵も感じさせず、体をぴんと伸ばしてのびのび歩いている。

 腕力こそ華奢な見た目通りに弱いアイエスだが、ことタフさにかけては優れていた。



「ついこの前まで同じことしてたのに、なんだかもう随分昔のことみたい」



 この前とは、母と暮らしてた森でのことだ。

 より具体的に言うと、母と親子揃ってエルフの集落を追放された後の生活を指している。

 アイエスはかつての日常に思いを馳せる――。







 今にして思えば、あの伝統に縛られた堅苦しいエルフの生活から離れられたのだから、そう悪い思い出でもない。

 自分と母は集落から幾分か離れた森の片隅でひっそりと暮らしていた。

 ぶっとい古樹の枝の上に建てた狭いウッドハウス。

 一緒に摘んでまわった四季折々の果実。

 短剣を持って追い掛け回した食用の魔物。

 何もかもが今となっては懐かしい。



 アイエスは目先にあるやや大振りな岩に軽快に跳び乗り、上から景色を眺める。

 片手を目上にあて望遠鏡のように遠くを見やり、耳を済ませて魔物やお天道様の様子を探る。

 不穏な気配はない。この辺りは平穏らしい。



「そういえばこの癖も、狩りの仕方を覚えたのも、この短剣から始まったんだよね」



 言いながらもう片手で腰の後ろに付した短剣を愛でるように撫でる。

 今も昔もやることは変わらない。そう思いながら遠くで健やかに育つ緑木を見つける。




「うん、あれなら良さそう」



 岩から飛び降り、草原を駆ける。

 獣のごとく足音を発てずに。

 すぐに緑木へと着き、葉を一枚だけ摘むと破って匂いを嗅ぐ。

 その青臭い香りで健康な木だとわかると、ついつい花が咲いたような笑顔になる。



「やっぱり、これなら大丈夫♪」



 次に腰の短剣を引き抜き、我が身ほどもある長い一本の枝を切りつける。

 それを鼻唄まじりに樹皮を削ぎ、しならせ、軽く振り回す。

 しばらく工作みたいな作業に没頭すること数分。



「仕上げに木の根を張って、完成っと」



 アイエスが手作りしたのは即席の木弓ウッドボウだ。

 弦を引いて空打ちし、完成具合を確かめる。

 すると満足のいく出来栄えとは反して、どこか切ない顔になるアイエス。



「しばらく作ってなかったけど、体はちゃんと覚えてるんだね」



 語りかけるように小声でぼやき、思い出に浸る。

 この木弓は母から作り方を教わったものだ。

 狩りを覚えるべく魔物の仔を追いかけてた頃、転んで擦り傷ばかり作ってた自分を見かねて教えてくれたのだ。

 その時一緒に学んだのが、魔物の様子やお天道様のご機嫌を遠くから量る術だ。

 母から継いだ賜物は、気付けば自分を支える業物となっていた。



 不意に短剣を見つめる。

 やたらに豪華絢爛で、柄には見慣れない紋章まで刻まれている。

 素朴な機能美を美徳とするエルフの文明品としては考えづらい。きっと母が父から贈られた物だろう。



「さて、それじゃ一狩りしますか」



 気を改め、ギルドの受付嬢の言葉を思い出す。

 ――マリアン廃城の場所を教えても良いですが、条件があります。依頼を一件でもクリアしてください。

 察するに、どうやら実力を示せということらしい。



「えーと、依頼主は洋食屋さんで、ラパン五匹を食用に調達して欲しい、か」



 ポーチにある依頼書を見て、得意気に笑む。

 ラパン、つまりこの世界のどこにでも出没する低級にして定番の魔物をたった五匹狩ればクリアなのだ。

 長らく森で暮らしてたアイエスにとっては、そんなのは朝飯前でしかない。



「確かに駆けだしなら苦戦するだろうなあ」



 かつての自分なら何日もかかっていただろう。

 悔し涙を流しながら母に応援された日々が脳裏に浮かぶ。

 泣き虫だった頃の自分がおかしくて、アイエスはついついプッとした可愛い笑いをこぼした。

 その時、彼女の長耳がヴェールの奥で揺れる。



 ――まず一匹見っけ。



 アイエスの笑いに驚いたのか、ラパンが平原の窪みからひょこっと姿を現す。

 丸くて白くてもふもふした毛玉みたいな魔物だ。

 ピョコピョコ跳ねるのに合わせてウサギみたいな耳がパタパタと動いている。

 見た目だけなら中々愛らしい魔物だ。

 だが低級といってもそれは冒険者に限っての話で、また定番故に犠牲者は多い。

 少なくとも駆けだしの冒険者にこれを五匹狩れと言うのは酷だろう。



 アイエスはさっきと同じ緑木から真っ直ぐな枝を一本選びへし折る。

 短剣で先端を削って鋭利にすると、尾に緑の葉を付けたまま弓へ番える。そして引き絞る。

 狙いは外さない。外しようもない。

 目を閉じても当てる自信はあるが、万一仕留め損ねると苦しませるだけなのでそんな無粋はしない。



 そして矢を放った。

 弓に番えてから数秒しか経ってない。

 放った矢は仄かな弧を描き、若木の一矢がラパンの額のど真ん中へ深々と突き刺さる。そして斃れる。

 ラパンは苦しむことなく瞬時に絶命した。

 熟達したエルフの技術だった。



「さて、残り四匹か」



 言いながらアイエスは緑木の枝を四本折ると、さきと同様に削いで矢にする。

 作ってから矢筒がないことに思い至るが、別に問題など無いだろう。

 彼女の長耳は早くも、この周囲で息づく四匹以上のラパンを捉えてるのだから。

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