37話 ……すごく、大きいです
無事にリチャードと合流したアイエスとリリスは、揃って集落へと目指すことにした。
理由は狼どもが徘徊してる可能性や雲行きが怪しいなどもあるが、なによりずぶ濡れのアイエスを乾かすためだ。
それにはぐれた騎士も気になる。
一人ならば木陰で火を焚き様子をみるところだが、こうして会ったのもなにかの縁というもの。
濡れたままのアイエスは素肌の透ける神官服を気にも留めず、リチャードを引き連れるリリスと並んで樹林を歩いていた。
「大丈夫、この辺りで人が住んでるのは私たちのとこだけだから。 きっとその“闇の権化”みたいな騎士も寄ると思うの」
変わらず落ち着きのある様子でリリスが話した。
自分が泉に流された経緯や、はぐれた騎士の話をすればこれである。
どうやら魔法剣士のリンが話してたとおりに、あの騎士は闇の権化として知られてるらしい。
確かに特徴的ではあるが。
「あの、信じてるの? 私が話した騎士さんのこと」
「そのお伽噺は父様から聞いたから詳しくは知らないけど、似たような騎士だっているんじゃないかしら?」
リリスは立てた指を唇に添え、考えるような面持ちになり話した。
どうやら騎士は旅の連れとして認識されてるだけのようで、つまり彼女のなかでは単なるそっくりさんらしい。
確かにお伽噺の張本人だと言ったところで、普通はそう安易に信じないだろう。
その後も他愛のない話しを続けていると、ぽつぽつと小雨が振ってきた。
アイエスが落ちてくる雫に手にかざす。
「降ってきましたね」
「お姉さん大丈夫? 風邪引かない?」
「いえ、いっそ開き直れるというものです。 それにずぶ濡れ仲間もいますので」
「ずぶ濡れ仲間?」
言ってアイエスは体ごと振り返り、背後にいた狼を見ながら後ろ向きに歩く。
「ね? リチャードさん?」
だがアイエスが微笑んでも、リチャードは鳴くこともなく黙ったまま。むしろ視線を逸らされる始末だ。
彼女が鼻先を撫でても、居心地悪そうに顔を俯かせるばかり。
「あらあらまあまあ。 どうやらお仲間として認てくれないようです」
「リチャードは私とお父様の言うことしか聞かないからなあ」
やがて苦笑いしながら正面に向き直ったアイエスに続き、リリスも苦笑いをする。
濡れて素肌の透き通るアイエスとは対照的に、あつぼったい外套服を着てるリリスは、フードをすっぽり被って申し訳なさそうな眼差しをアイエスに向ける。
「自分だけすみません」
「気にしないでください」
「その、一応お姉さんに貸そうとも思ったんですが」
「なにか?」
「この服は着れませんよね、その体じゃ」
「……はい?」
言いながら恨めしげな目をするリリス。
その視線が己が胸元に向けられてることに気付いたアイエスは、つい反射的に我が身を抱き胸を隠す。
されども悲しいかな。
隠そうとすればする程、彼女の官能的な膨みは強調され、むにむにと存在を主張するばかり。
細く華奢な手で隠すには無理があり過ぎたのだ。
尚のこと恥じ入ったアイエスは体だけそっぽを向けるが、リリスはじいっと目で追っている。
「なんで、そんなじろじろと見るんですかっ?」
「……すごく、大きいです」
リリスは納得いかないと言いたそうな顔で、服の上から自分のお淑やかな胸を両手で持ち上げている。
そして、むぅ~と唸るなり溜め息を吐いた。
「リリスちゃんだって、そのうち大きくなりますよ」
アイエスは悔しい顔をするリリスに言葉をかけながらも、歩き様に健やかな木から枝を切り落とす。
そして普段と変わらぬ慣れた手付きで枝を削ぎ、矢を形成して矢筒へと投じる。
思春期の悩みに頭を抱えていたリリスだが、さすがにこれには驚いて顔を向けた。
エルフと誤解されそうなこの作業だが、アイエスは気にせず続ける。
「お姉さんすごい、まるでお父様みたい」
「……お父様?」
「そう。 私のお父様も色々と自作してるの」
てっきりエルフと間違われるかと思っていたので、少し拍子抜けものだった。
「リリスちゃんのお父様は狩猟を?」
「うん。 自作すれば、わざわざ街に出向いて買わなくて済むからって。 お姉さんも?」
「そう……ですね。 旅に節約は欠かせませんので」
「……そっか」
まさか用意しておいた回答を先に言われるとは思わなかったアイエスだが、どうにも気が乗らない。
節約も確かに間違いではあるまいが、本質を伏せるというのはどうにも自分の性格には合わない。
心の内を吐露するようにアイエスは続ける。
「ねえ、まるでエルフみたいでしょ?」
「エルフって、あのエルフ?」
「そう。 矢を自作して野伏の射手だし」
眉をひそめて紡がれたアイエスの言葉。
自分の正体が知れれば、まさか聖都マリアンに住まう二人の時のように無事では済むまい。
でもほんの僅かで良い、懺悔した気持ちになりたかったのだ。
自虐的な笑みを浮かべる彼女を、リリスが鬱蒼とした顔で続けた。
「でも確か、エルフに巨乳は少ないんだよね?」
「え、まだその話を引っ張りますか?」
「話を変えようたって、そうはいかないんだから」
「いやそんなつもりじゃ……」
「それにお姉さん神官だし。 色んな人々を助けてきたんでしょ?」
そう言われアイエスの陰っていた心が晴れていく。
聖都マリアンにいる二人の仲間が思い浮かんだ。
見ればいつの間にか、リリスも笑っていた。
「ねえ、お姉さん」
「はい?」
「もし私が苦しんでたら、その時は助けてくれる?」
そう話すリリスの顔は変わらず笑っていたが、その微笑みにアイエスの胸がちくりとする。
儚い笑顔をしていたのだ。
まるでなにかの覚悟を決めたような、こんな小さな女の子がするにはあまりにも重たい笑顔に思われた。
この微笑みが何を訴えてるのかはわからない。
だがアイエスは屈託のない笑顔で続ける。
「もちろんです。 何があろうとも、あなたを救ってみせます!」
「……そっか、ありがとう」
するとリリスは心にあるなにかが落ちたのか、安らかに笑んで顔を俯かせる。
やはり今もその口に手を添えて。
立ち止まったアイエスとリリスの間に静寂の間が流れる――その最中のことだ。
リチャードが立ち止まって後ろを睨み、威嚇するように唸りだす。
それをわかってたとばかりに、アイエスも応急修理した弓を手にして矢を番え、彼の隣に並ぶ。
「来るようですね。 リチャードさん、一緒に戦ってくれますか?」
その言葉に間髪入れず、リチャードが快諾の鳴き声で答えた。
彼は四肢を滾らせ体を落とし、狩りの体勢を取る。
小ぶりな雨音にまじって、ずっと聞こえてた足音がある。だからアイエスは矢の補充をしといたのだ。
足音から察するに敵の数は多く、狼でもない。
統率や知性などを微塵も感じさせない、乱雑で粗野なものだ。
世界広しといえども、こんな足音をたてる生き物はあいつらしか知らない。
「そんな、もしかしてまたあいつらなの?」
リリスの反応からして、どうやら初対面というわけでもなさそうだ。
二人が短く会話を切り上げ、アイエスとリチャードが臨戦態勢をとるなり、樹林のそこかしこで暗がりに眼光が閃いた。
一匹、二匹、三匹、それだけに終わらず次々と魔物どもが姿を現す。
「来ましたね。 やはりゴブリンですか」




