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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
37/57

35話 あ……れ? 騎士、さんは?

 今のアイエスに周囲の景色など何も映らない。

 彼女が視線を注ぐのは、吹雪が続く遥か先にて佇む美しき狼。

 白銀に輝く長い被毛を吹雪になびかせ、腰を下ろして座す姿のなんと優雅なことか。

 恐らくはこの狼が吹雪の原因だろうが、魔物がまさか神に祈りを捧げて魔法を使うとは思えない。

 かといって邪神や黒魔法の類でもないだろう。

 では一体なぜ――?



 目を凝らしてその精悍な顔を見ると、サファイアのように深くも澄んだ青い瞳と視線がぶつかる。

 瞬間、アイエスの弱っていた戦意がその迫力に呑まれて消失した。

 大きかったのだ。

 体格ではない、威圧感が大きいのだ。

 離れてる故に体格こそ窺い知れないが、その迫力はアイエスの本能を激しく動揺させている。



(だめ、あの狼から目を逸らせない)



 しかし不思議と殺意は感じない。

 現にこうして自分の動きを封じながらも、白銀の狼はこちらに近付こうともしない。

 どちらかといえば、なにかを守護すべく立ち塞がってるような雰囲気だ。

 その為か、或いは狼の纏う神聖な雰囲気のせいか、アイエスは手にした弓と矢を収めロザリオを握る。

 長らく自然界に身を置いてたせいか、アイエスは獣や魔物が相手ならば空気を読むのに長けている。



(狼たちを守るため? つまり狼たちの……君主?)



 そこで騎士はどうなったのだろうかと、ふとアイエスは思い出す。

 無論このような吹雪でさえ、あの騎士が狩られて落命するなどありえないだろう。それはわかってる。

 辺りの見えないこの白銀世界のなかで、騎士はいつものように刃向かう者全てを斃してるのだろうか。



(それは、いけません!)



 狼どもから人質にされたアイエスだが、それはやってはならぬように思われた。

 理由や理屈などない。単に勘だ。

 森に生きてたエルフとしての、野伏や狩人としての本能が強く警報を鳴らしている。

 もし騎士が狼どもを狩り尽くしたとするばらば、白銀の狼は殺意をあらわに襲い来るだろう。

 あの狼がどれほど強いかは知れぬが、これだけの吹雪きを起こしてるとあらば相当な強敵だ。



「狩る、のは…………だ……め」



 どうにか知らせようにも、寒さで身が凍えて思うように叫べない。

 多少の声は出たが、この吹雪きでは虚しく掻き消されるに終わった。

 がちがちと歯が鳴り、四肢も動かせぬ程になってきた頃――白銀の狼が咆哮をあげる。

 荒々しさなど微塵もない、されども吹き荒ぶ風と音を突き抜ける真っ直ぐで力強い咆哮。



 自分はこのままどうなってしまうのか。

 殺意のない獣や魔物といえども、決して安心できる状況でないのは明らかだ。

 狼どもが自分を狩らずとも、このまま放っておけば凍傷で指先くらいは落ちる。或いは凍死の可能性だってありうるのだ。

 己が命を運命に握られたまま、僅かに時が流れる。



 しばらく時を置き、白銀の狼の耳がぴくりと動く。

 青い瞳は今だ理性を思わせ、獰猛に豹変する気配はない。

 どころか使命感めいた雰囲気が薄れ、落ち着きのある穏やかな感じだ。



(とりあえず、見逃された……のかな?)



 最悪の結末は免れたようだ。

 身動きを封じられ、狼どもに少しずつ体を喰らわれるなどたまったものではない。

 白銀の狼の正体や目的などは謎めいたままだが、まずは良しとしよう。

 そう思うと途端に緊張が緩み、アイエスは猛烈な眠気に襲われる。



「あ……れ? 騎士、さんは?」



 なんとか口から言葉が出た時だ。

 白銀の狼が立ち上がり、四肢を這わせ尾を揺らめかせる。その身は青いオーラを纏い、足元には確かな魔方陣が生じていた。

 その視線はしかとアイエスを捉えている。



「……え? そんな、魔……法?」



 目を凝らす力もなく、アイエスは我が目を疑う。

 白銀の狼が一層声高に咆哮するなり、津波のような吹雪が発せられ彼女に迫る。

 真っ白な氷塵を大量に巻き上げ、壁となって風と共に押し寄せ、瞬く間に彼女を呑み込んだ。

 足元の霜は氷塵にあっさり砕かれ、風にふわりと華奢な体が持ち上げられる。

 殺しはしないが、変わりに自分をこの場から流そうというのか。

 後は吹き飛ばされても無事でいられるよう祈るほかないのだと理解する。

 かじかむ手をなんとか動かし、ロザリオを掴む。

 アイエスは風に流された。





 されどもアイエスはすぐさま落とされる。

 水へと――つまりすぐ背後にあった川に落とされたのだ。

 水の中は存外温かいもので、さしあたって吹雪の影響は感じられない。

 梅雨入り前の川でも冷たいだろうが、氷点下の白銀世界に比べれば温かく感じるのも無理はない。

 凍てつく全身を川の流れで溶かしながら、彼女は事態の整理を図る。

 思考がまともに働かず視界が徐々に暗転してゆくなかで、ついに彼女は答えを得た。



(そうか。 騎士さんは狼たちを、白銀の狼は私を人質にしたんだ)



 そう仮定すれば今回の件は合点がいく。

 騎士の実力ならば、大きな狼の群れなどものともしないだろう。

 だがあの白銀の狼は別格だ。無視できるような存在じゃない。

 要は互いの人質交換みたいなものだったのだ。

 もっともこの考えは、そもそも騎士が自分を助けれてくれるのか――という疑問が付き纏うが。



 この辺りでアイエスの思考は止まり、やがて彼女は気を失ってこのまま漂流することとなった――。

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