表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
月明かりを求めしもの
32/57

30話 無論、全て喰らう

 朝を控えた瑠璃色な空の下、だだっ広い吹きさらしの平原。

 今日もいつもと同じように一日が始まった。

 春の真っ只中とはいえ、まだ冷える頃合だろう。

 露のある草木、鳥たちの囀り、虫たちの涼やかな鳴き声、いずれも一日の始まりを予感させるものだ。



 そんな自然の中を一人の少女が静謐に駆けていた。

 魔物や獣を起こさぬよう足音を消し、背の不揃いな草を踏みしめながら。

 金色の長髪をなびかせ、発育の良い胸を揺らし、その心身は純白の神官服に包まれている。

 肩と太ももこそ露出すれど、俊敏性と神聖さが共存する不可思議な衣装である。



「そんな……今日も気付かないなんて」



 焦燥気味にぼやき、被ったヴェールと上着の長い燕尾を冷ややかな風に流している。

 野伏にして神官でもある少女――アイエスだ。



「んもう、かれこれ二週間にもなるのに!」



 己に憤りつつ小声で泣き言を吐き捨てる。

 今の彼女に余裕はないが、されども振る舞いには余念が無い。

 走りながら木々を通過する僅かな間――。

 無意識に健やかな木を選定し、胸元に忍ばせた豪奢な短剣を閃かせ、枝を切って手にする。

 次いで樹皮を削いで矢にするなり、腰に下げた矢筒に納め、何事もなかったかのように短剣を戻す。

 走破しながらの作業だが、息をするかの如くだ。

 矢筒にはもう幾本もの矢がある。

 なれば当然、その背には木弓があろうというもの。



 アイエスにとって、いやエルフにとって木々から作られし物は全てかけがえのない物だ。

 出会いは一期一会、質の良し悪しもあるがそれらは思い出となり、やがて別れの刻を迎えるのが然り。

 初めて作った不細工な木剣も、母と住んだウッドハウスも、地下墓地でデーモンと戦った木弓だって、全ての木に感謝をしている。

 一矢たりとて例外などない。木はエルフの良き隣人なのだ。



 もうどれくらいの距離を走っただろうか、どれだけの時間が経っただろうか。

 いかに体力自慢のアイエスといえども、目標の見えない走り込みには心労が滲もうというもの。

 しかし己の定めた目標――暗黒の騎士に追いつくまで決して足は止めまいと、彼女は決めていたのだ。



 二人の旅路などと到底言えまい。

 彼女はただ、あの騎士を追いかけてるに過ぎないのだから。

 事実、聖都マリアンを出てから毎朝のほとんどがこんな調子だ。

 エルフの耳は敏い。ハーフのアイエスとて、その聴力は本家エルフに劣らぬ鋭敏なものだ。

 睡眠中といえども、気を張ればクモの足音ですら目覚めてみせる。それ程の聴力と集中力。

 だが騎士の目覚めには全く気付けない。

 何度か寝ずに朝を迎えたが、何せ亡霊の如く物音がしないものだから、気を抜けば直ぐに先を行かれてしまう。



 走り続けていると、やがて太陽が昇り、地平線をなぞって朝の景色を見せている。

 森で住んでいた頃では見たことがない壮麗なパノラマに、アイエスの胸が心地良く引き締められる。

 勿論、緑溢れる森の景色も好きだが、それとは違う魅力がある。自然の景色に優劣などないのだ。



 陽光が平野を照らし始めると、すぐに追っていた目標が姿を現した。

 十字架の黒銀盾を携え、闇夜色のマントを翻し、蠢くは漆黒の重鎧――暗黒の騎士だ。

 思っていたより距離が詰まっていて、このペースで走れば一分足らずで追いつくだろう。

 その事実に慄き、アイエスの背筋に冷や汗が伝う。

 ここまで近付いてるにも関わらず、騎士の気配や足音が全くないのだ。

 陽の明かりなくば、気付くこともなかっただろう。

 騎士との歴然とした実力差は、なにも戦闘力だけに限ったものではない。

 それを散々思い知らされた二週間だった。



「太陽の昇る位置、今は梅雨の近い季節……もしかして南に向かってる?」



 アイエスは自然の情報を頼りに行き先を推測する。

 一体あの騎士はどこに向かっているのか。

 考えてみれば、巨大で武骨で禍々しいこの騎士がまともに街や都に入れるとも思えない。

 それとも魔法剣士のリンが言うように、吟遊詩人にうたわれる程度には俗世に生きてるのだろうか。



 ――そろそろ、きちんとお話ししなきゃ。



 今後の騎士との関係を考えながら、アイエスは騎士へと追いついた。

 されども騎士は足を止め、動かず、何も語らない。

 自分が近くに来たことなど、この騎士には言わずとも知れているだろう。

 暗黒の城塞さながらの威圧感は相変わらずである。

 騎士の大きな大きな影に入り隣に立った。



「あの――」



 アイエスが僅かに言葉を発した途端、騎士はアイエスを悠々と見下ろし、その黒兜の口元辺りに立てた指を添える。

 親が子供にやるような“静かに”の合図だ。

 アイエスはきょとんと首を傾げ正面を見ると、そこには一本の樹木があった。

 よく見れば枝にはたくさんの実がなっている。収穫すれば保存食になるだろう。

 だがそれだけでは、沈黙を促す理由がわからない。



 やがて微風が吹いた。

 風は見渡す限りの木々や草を撫で、さわさわと心地良い音をたてる。

 その刹那、騎士は音もなく動きだし、手にある十字架の黒銀盾で樹木を叩く。

 騎士の厳つい見た目通りの大きな衝撃音がする。

 すると樹木からはたくさんの木の実が激しく降り注いだ。

 しかし小さな木の実が平原を叩く音は、真の水の豪雨に近しい。

 これでようやくアイエスは理解した。

 騎士が沈黙を示唆していた意味を。



 地面にあるそこかしこの窪みから、ラパンがひょっこりと顔をだした。

 一匹だけでない、二匹三匹と次々に続く。

 雨とあらば水が飲める、雨が降れば獣や魔物は身を潜める、そう思い込んで巣穴から安心したラパンが姿を現した。

 更に目の前には何故だか大量の木の実があるではないか、これを逃す手は無い。

 ラパンにここまでの思考があるかは疑問だが、或いは雨音と木の実に本能が釣られただけかも知れない。

 とにかく、そんなことは気にもせず騎士はここぞとばかりに十字架の黒銀盾を掲げた。

 そして己が足元へ向けて振り下ろす。

 落雷したような轟音が鳴り、周囲に地鳴りが響き、地揺れが広がる。

 結果――全てのラパンはその場で気を失った。



「今日はまた随分と豪気ですね」



 初めはアイエスも心臓が飛び出るほど驚いたが、今は多少慣れた。それでもその凄まじさに気圧され背筋がびりびりする。



「まさか、ここのラパンと木の実、全て……?」

「無論、全て喰らう」



 結局のところ、至ってシンプルな理由だ。

 騎士は食材を調達した、つまり今から朝食の時間というわけだ。

 しかも黒銀盾で叩いた木を見て驚いたのが、樹木の肌だ。傷がないのだ。

 これならまた実が付くだろう。

 ただの怪力自慢に非ずということか。



「大事なのは寝てるうちに恐怖を与えず、速やかに屠ること。 それから鮮度だ」



 騎士は言って一匹のラパンをつまみ上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ