表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
28/57

27話 厳かな宣告

 地下墓地の片隅、積み重なる瓦礫がぎしりと動く。

 そのなか、薄汚れた一人の剣士が、覆い被さる大きな石片を蹴飛ばした。

 注ぐ陽光に照らされ、塵に塗れた三人の冒険者が姿を見せる。



「すげえ、終わってみれば圧倒的だったじゃないか」



 視線の先にいる憧れのような存在を見つめ、爛々と目を輝かせるギデオン。

 先程まで繰り広げられていた激闘を思い出し、彼の胸に高揚が迸る。

 塵で汚れた顔など全く気にも留めず、傍らで座るリンを見やる。



「すまないが、アイエスさんを頼む」



 言われたリンはこくりと小さく頷いた。

 彼女の膝には、金糸の如く長い髪をさらりと流すアイエスが横たわり、今なお意識を沈ませている。

 陽光を浴びてきらめく金髪を愛しそうに、優しい手付きで撫でる。

 葉のような長耳なんて、ちっとも気にしていない。

 ギデオンはその姿に微笑むと、離れにいる騎士へと駆けだした。



「おーい!」



 巨大な騎士は石壇にある慰霊碑の前で佇んでいた。

 さんざめく陽光を受けながら、聳える慰霊碑を黙して見つめている。

 漆黒の重鎧をぴくりとも動かさず、宵闇色のマントだけを揺らし、慰霊碑に刻まれし騎士たちの名を安らかな視線でなぞっている。

 しんみりとした静謐な騎士の背を、やがて石壇の前からギデオンが見上げる。



「助かった。 その、ありがとな」



 ギデオンは感謝を述べた。

 えっちらおっちらと視線を泳がせ、陽気な言葉とはそぐわない上ずりの声で。

 高揚と緊張が混じったような、変な気分だ。

 それを誤魔化すように、床に突き立つ己が大剣に視線を定めた。

 大剣はいまだ赤々と燃え盛れど、周囲に走っていた火の手は既に収束している。

 燃え尽きて灰と化したデーモンやオークどもの肉隗が音もなく崩れる。



「悪くない剣だ。 お前、良い剣を使ってるな」



 騎士はがしゃりと重鎧を揺らし、振り向き、燃える大剣を見てそんなことを言った。

 声に感情はあらず我を感じさせない。これまで同様に酷く淡々としたものだ。

 言われたギデオンは鼻先をこすり、気恥ずかしそうに自慢の大剣を引き抜く。

 得体の知れない騎士の不気味な声だが、なぜか妙な安心感に包まれた。



「ああ! これは俺が冒険者になって一年経った時、それまで貯めた金を全部使って特注オーダーした剣だ。 かれこれ三年も使ってる」

「ドワーフ製か?」

「いや人の手だよ。 世間ではドワーフの武具様々だが、人間にも腕の良い鍛冶師はいるんだぜ」

「そうか」



 さして感銘を受けることもなく、騎士はがしゃりと重鎧を鳴らして石壇から降りる。

 周囲を見やり、乱雑に転がる武器のなかから一つの得物を手にする。

 猛禽類の如き手が掴んだそれは、一振りの剣だ。

 紛うことなき一級品の剣でこそあれど、決して名を授かるような聖剣や魔剣の類ではない。

 生産効率と実用性だけを重視した、言ってしまえば単なる量産品だ。



「だが悲しいな。 使い手が惰弱では、いずれその刃は折れることだろう」

「……なんだと?」



 そして騎士の発した言葉にギデオンは耳を疑う。

 だが言葉の真意を考える間などなかった。

 己が眼前に迫るは、剣を構えし暗黒の騎士。

 初動も見られず、足音すらもたてず、さながら亡霊の如く素早く近付いてくるではないか。

 伸びる影に飲まれるように、ギデオンは瞬く間に暗黒の騎士に詰め寄られた。



「消えろ。 お前程度の雑魚では、精々ゴブリンやコボルトの餌になるのが関の山だ」



 騎士は吐き捨て、片手で軽やかに刃を振り下ろす。

 不意の強襲に慄きつつも、ギデオンは辛うじて大剣で受け止めた。

 だが騎士の流麗な身のこなしとは似合わない、体格通りの圧倒的な膂力の差にすぐさま膝を落とされる。



「ぐ、くそ……誰が、雑魚だ」

「さっさと折れてしまえ。 その剣も、お前の心もな」



 呻きながら堪えるギデオン。

 やがて足元の床がひび割れ、次第に沈下して足が埋もれてゆく。

 黒兜に浮かぶ眼光に見下され、懸命に睨み返すも手の打ちようなどあるはずもない。

 滴る汗が頬を伝い落ちた、その刹那――



「わたしのギデになにするのよ!」



 細剣の刃が漆黒の重鎧を一閃する。

 リンだ。

 鍔迫り合いを見るなり駆けつけ、容赦のない斬撃を放った。

 当然予測してたとばかりに、騎士は悠々と飛び退いて避ける。



「ギデ、大丈夫?」

「すまない助かった、アイエスさんは?」

「まだ起きてない」



 リンに手を引かれギデオンが立ち上がる間に、彼女は騎士を不機嫌に睨みつける。



「いくら命の恩人だからって――」

「馬鹿が、これでまず一人」



 だがリンが言い終わるよりも早く、騎士は手にした剣を投擲した。



「「!」」



 銀刃がギデオンとリンの間を突き抜け、二人の髪が風圧にふわりと揺らされる。

 突発すぎる行動に思考が追いつかず、その意図がまるで理解できない。



「どこを……狙った?」



 ギデオンがぼやいた。

 やがて一時だけを置き、瓦礫にがつんと剣の突き刺さる音がした。その方角を思い出すなり、二人の顔は途端に青く染まる。



 振り向いた二人が見たのは、頬から血を流すアイエスだった。

 彼女は目を覚まさず、瓦礫に背をやりもたれ、小さな顔のすぐ横には剣が突き立っている。

 見るなり、焦ったリンは「アイエスちゃん!」と叫びながら駆け寄る。



「仕留め損ねたか。 あの黒魔法の痺れが体に残り、僅かに狙いが逸れたようだな」



 騎士は淡々と無感情に告げた。

 その態度にギデオンは我を忘れ、大剣を掲げて感情任せに斬りかかる。



「なんで、なんであんなことをした!」

「それはむしろ私の言葉だ」



 答え、騎士はひらりと振り下ろされた剣を避ける。

 構わず一気呵成に斬りかかるギデオンだが、騎士はひらりひらりと避け、掠らせもしない。

 手に構えし大盾を構えることもなく翻り、まるで踊る影のように捕えどころがない。



「あのエルフを人間のお前らがなぜ庇うのか知らん、興味も無い。 だが守りたいならあの場に留まるべきだ。 なぜ離れた?」



 騎士は怒り露に大剣を振り回すギデオンを嘲笑し、彼に足を引っ掛け転ばす。

 無様に床を転がるギデオン。

 仰向けになった彼の胸を踏みつけ、黒兜に浮かぶ眼光が不気味に閃く。



「ぐ、あれはリンが俺を助けようとして――」

「つまりあのエルフを捨てたのだろう?」

「断じて、違う」

「同じことだ。 結果としてあのエルフは窮地に晒されたのだから」

「黙れ」

「或いは、あの女剣士がお前を見捨てていれば――」

「黙れ」

「雑魚が。 いずれにせよ弱者に待つのは死のみ。 それが嫌なら剣を置くことだ」

「黙れ黙れ黙れ! それでも、それでも俺は」



 騎士は溜息を吐き、踏み足に力を込めた。

 ギデオンの体が軋み、呼吸が詰まり、視界が朧気になってゆく。



「がはっ」

「それでも? なんだ?」

「俺は、強く、なって……」



 ギデオンはそこまで言いかけて、気を失った。彼の手から赤々と燃える大剣が離れる。

 騎士は呆れながら大剣を手にして、横一文字に炎刃を振り抜いた。



「いかな理想があろうとも、どれだけ情熱を燃やそうとも、力なくばいずれ火は消える」



 そして風圧により炎が消された。

 廃城に入ってから灯された大剣の炎。

 恋人や仲間と幾多の困難を乗り越え、果てにはデーモンとの死闘ですら潰えなかった炎だが、暗黒の騎士の一振りで呆気なく消失してしまった。

 倒れるギデオンを見下し、傍らに刃を突き立てる。

 そしてすぐに背を向け、騎士は歩きだした。



「待って!」



 だが今なお騎士を呼び止める声があった。

 リンがアイエスを担ぎながら、疲れた足取りで近付いてくる。

 彼女の声には涙が滲んでいたが、されども騎士は振り向かずに歩き続ける。



「もうわかったから、わたしとギデのことはもう良いから!」



 歩みを止めない騎士の姿が次第に陽光からはずれ、ゆっくりと暗闇に溶けていく。



「でもアイエスちゃんは、あなたに言いたいことがあるって、ここまで来たのよ」

「弱者の戯言など聞く耳持たぬ」

「でもあなた、前に賊からアイエスちゃんを助けたんでしょ?」

「その時告げたはずだ。 死にたくなければ故郷へ帰れとな」

「ねえ、なんでアイエスちゃんを助けたの? あなたは何者? 人間? エルフ? それとも本当に――怪物か何かなの?」

「……」

「ねえ、答えてよ。 ねえってば!」



 だが叫ぶリンに返事はない。

 彼女の潤んだ目に映るのは、気絶した恋人と、転がる武具と、灰と化した数多の亡骸、それから聳える慰霊碑だけだ。

 暗黒の騎士の姿はどこにも見あたらない。

 最早ここには、戦死者たちがまどろむ為の静謐な空気が漂うばかりだった。




 こうして冒険は終わった。

 三人は出会い、窮地に見舞われ、されどもそこに救いの騎士が現れて容赦なく悪を滅ぼす。

 どこかで聞いた御伽噺おとぎばなしみたいなあらすじではある。

 しかしこの顛末に至った経緯は、決して安易イージーな物語ではない。

 アイエスは心身尽き果て、リンは自決を覚悟し、屈強なギデオンでさえも最後は気を失った。

 つまり全員が一度は心を挫かれたのだから。



 とにもかくにも、アイエスの初めての冒険は終わったのだ。

 彼女の目的が果たされるのは、まだほんの少し先のことになる――。

 次話で一章完結です。

 二章ではもう少しペースを上げるのが目標ですが、今はそれより久々に書けるアイエスが楽しみです。

 すっかり空気になってるヒロインですが、いずれ活躍しますので弓手や神官が好きな方はご期待ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ