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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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1話 少女の選んだ道

「数多の試練を越えしこの者を、慈悲深き黄金神の信託者と認め、これを授ける」



 清く静謐な場。大理石の間に重く澄んだ声が響く。

 黄金の神を奉るこの神殿は、神官を志す人々が訪れる場所だ。

 ほかにも孤児となった子供や、心を壊された者が駆け込んだり、亡くなった者を葬送する場所でもある。



「うら若き少女よ、受け取りなさい」



 少女は背筋を張り姿勢良く跪き、恭しく顔を俯かせている。

 金色の長い髪を飾るは、背まで抱擁する純白のヴェール。

 色白の体には金糸で縁取られた袖なき純白の神官服。ひらりとした長い燕尾が床に垂れている。

 腰下には上着と同じ色をしたホットパンツとニーソックス。

 清き佇まいと動き易さの共存する、彼女のためだけに用意された神官服だ。



「黄金神の慈悲へ感謝致します」



 少女は答え、目を開けて立ち上がる。

 聖母とも冒険者とも思えるその凛々しき姿に、見守る者たちから感歎の溜め息が漏れた。

 そして目の前に立つ司教へと歩み寄る。

 揺るぎのない黄金の視線を少女が向けると、皺だらけの威厳父といった感じの司教は自ずと語らう。



「本当にロザリオで良いのか?」

「構いません」

「旅をするなら錫杖の方が何かと便利だぞ?」

「ご助言ありがとうございます司教様。 ですがこんな衣服を頼むくらいです。 私、結構わんぱくなんですよ?」

「そうか」



 短いやり取りを終えると、司教は隣に立つ聖職者から金色に輝くチェーン・ロザリオを受け取る。

 少女が頭を垂れると、そのか細い首へとロザリオはかけられた。



「これで今日から君は立派な神官だ」

「ありがとうございます」

「世界を歩く遍歴の女神官となれば危険は付き物だ。 気を付けなさい」

「はい!」



 微笑みながら歯切れ良く答える少女を見て、司教もまた嬉しそうに微笑んだ。まるで我が子の成長を見るように。

 次いで真面目な面持ちになり続ける。



「君が何者かを我々は知らない。 いや、君だけじゃない。 ここに来る殆どの者の素性を我々は詮索しない。 君にも事情があるだろう。 思い出したくもない過去もあるだろう。 だが私が贈るのはたった一つのシンプルな言葉だ」



 にやりと司教は笑うと、白いヴェールを被る小さな頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でる。

 少女は片目だけ閉じると恥ずかしそうに笑った。その顔には微塵の影りもない。



「なにがあろうと胸を張って生きなさい」



 少女は危うく落ちかけたヴェールを慌てて押さえ、長耳が露呈するのを防ぐ。

 そして強く微笑む司教に見守られながら、指をもじもじとさせ口をパクパクする。



「どうしたのかね?」

「あの、えーと、アイエス、と言います」



 どこか恥じ入るような言い方に一瞬だけ空気が呆けるが、すぐにそれが少女の名だと司教はわかった。



「アイエスか。 良い名前だ、しかし何で急に?」



 急というのも急だった。

 少女は――アイエスはこの神殿に来てから名を伏せたままだった。

 だがそのことをアイエスは恥じていたのだ。

 まるで己の出自を騙るようにして、こんな厳かな場所を訪ねてしまったのだから。

 実際は騙ってなどいない。ただ伏せているだけだ。

 されどもアイエスにはここの優しい人々や、その信ずる神を欺いてるようでどこか息苦しかった。

 毎日温かい寝床と素朴ながら美味しい食事も与えてくれたのにだ。



「これが、今の私の精一杯の誠意です」



 ここでの暮らしは、一週間前の悪夢のような夜からはとても考えられない幸せな日々だった。

 だからこそここは私がいるべき場所ではないと、アイエスは思った。

 自分よりも傷付いた者や、親のいない子供たちの為にも、少しでも場所を空けておくべきなのだと。

 何よりアイエスには目的があったのだ。



「それでは、探してる方がいるので、もう行きます」



 それはあの夜出くわした黒き騎士を見つけること。

 十字架の黒銀盾を掲げし漆黒の重鎧、暗黒の城を思わせる重厚かつ不気味な姿。

 あの怪物に言わなければならないことがあるのだ。



「アイエス、なにかあればいつでも帰ってきなさい」

「ありがとうございます」



 そしてアイエスは深々と頭を下げると、司教の温かい言葉に背を押されながら黄金の神殿を後にした。







 外に出ると、眩い陽射しと心地のいい微風がアイエスを迎えた。

 振り向いて感慨そうに黄金の神殿を見上げる。

 黄金とは名ばかりの白を基調にした清き神殿。

 そこの入り口に奉られた、自由と富の象徴たる猫神の彫像に祈り、アイエスは今度こそ神殿を後にした。



 ここは神を信ずる者々が集う地、聖都マリアンだ。

 周囲はまばらに民家や商店が建ち、そこそこに人々が行き交いしている。

 神殿の近くということもあってか、おいそれと観光地化されていない感じがある。



 あの夜の後、少女はぼろぼろのままフードを深く被って聖都を訪ねた。

 今は亡きエルフの母より、父から授かっただろう人間界の知識や教養をある程度叩き込まれていたので、問題なく黄金の神殿へ来れた。

 道程も母手書きの地図のおかげで迷うことはなく、無事に辿り着けた。



 胸にある黄金のロザリオを握る。

 アイエスが神官を志したのには理由があった。

 単純に素性が詮索されないのも理由の一つだが、なにより旅の道中で我が身を守る術が欲しかったのだ。

 神官となれば、治癒や聖壁といった生き抜くための光の魔法が修得できるからだ。



 アイエスはこの一週間、死に物狂いで努力した。

 疲労困憊で体が儘ならない朝もあったが、あの夜のことを思い出すと弱音を吐く気にはならなかった。

 


 そして試練を越え神官となった。

 黄金の印章を授かり、光の魔法を二つも修得したのだ。

 普通なら一つでも喝采ものだが、それを見習い期間の僅か一週間で二つも覚えたのだ。

 光の魔法を唱えるのに不可欠な印章は、錫杖でなくロザリオを選んだ。

 これは単に動き易いからだ。

 旅をしてて疲れたら休めば良い。無理して杖をついてまで歩くことはない。

 だが戦いの最中はそうもいかない。

 半身エルフである自分にとって俊敏さは武器であり防具でもある。だから動き易さは大事だ。

 それに首へかけるロザリオなら、戦時においても身から離れることはそうそうない。



「それじゃまず、旅に出る準備しなきゃ」



 さらさらと吹く微風に白衣の神官服を踊らせながら、アイエスはヴェールの奥にある長耳をひくつかせる。

 エルフの耳は人間のそれより、遥か遠くの音まで聞き分けることができるのだ。

 まるで匂いを嗅ぐかの如く耳を澄ますと、アイエスの長耳が聖都にある喧騒を捕らえる。



「この賑わいは露店市場と呼ばれるとこかな? それなら人が多いはず。 とりあえず行ってみよっと」



 アイエスは嬉々として喧騒のする方を眺める。

 その笑みは夢に心を躍らせる若者のそれだ。

 満点の陽射しのもと、純白のヴェールと燕尾を微風に踊らせながら、彼女は軽やかに駆けだした。

毎日投稿を目標にしてるので一話あたりの文量は控え目です。

一話=一場面と捉えていただければと思います。

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