18話 人喰鬼の王
「「せーのっ!」」
アイエスとリンがともに燃え盛る大剣の柄を握り、掛け声に合わせて引き抜く。
めらめらと勢いの劣らぬ炎の影に合わせ、慰霊碑にうつる二人の影が踊る。
「さすがに、重たいですね」
どちらともなく大剣を下ろすと、重たい刀身が床を叩いてがらんと鳴らす。
「アイエスちゃん疲れたでしょ、休んでて良いよ」
「え?」
「一回きりの魔法使ってくれたんだもん、くたくたでしょ?」
リンに言われると、忘れていたかのようにどっと疲れが押し寄せてきた。
そういえばすっかり息が上がっており、気付いた途端に体が重くなってくる。
柄から離した手は疲労で震え、体は妙に火照って全身が汗ばんでいる。
――ああ、そっか。 私、魔法使ったんだ。
傷付いた仲間を癒し、その仲間から感謝されたことですっかり舞い上がっていた。
しかしどれだけ疲労困憊になろうと、心がこんなにも満たされてるのだから不思議なものだ。
花が咲いたように微笑むアイエスを見て、リンもはにかむ。
笑ってる場合ではないとわかっていても、自分の力が仲間を救ったのだ。嬉しくないわけがない。
「すみません、なんだか、急に力が」
「良いのよ、後は私たちに任せて」
「少しだけ休んだら、加勢しますので」
へなへなと脱力したアイエスは、その場にぺたんと座り込んでしまう。
そんな彼女へ背を見せるように、リンは正面を見据えた。
「本当にありがとう。 今度は私が守る番だから」
絞りだすような小声でリンは囁いた。
そして自らの勇気も一緒にふり絞るかのごとく、彼女は大剣を両手で引き摺りながら一気に駆けだす。
「はあああああああああああああ!!」
気迫のこもったリンの叫びに気付き、ギデオンと闘争していたキングが振り向く。
するとリンは狙いを定め、すくい上げるようにして思いきり大剣を投げ飛ばした。
「いっけえええええええええええ!!」
大剣が横回りに旋回し、空を裂きながら進む。
炎の円刃と化した大剣は、火の粉を散らしながらキングへと迫る。
それを追うように、リンも姿勢を下げて加速する。
「ハハハ! 無駄ナ事ヲ!」
だがなおもキングは、それを見ても微塵たりとも恐れる素振りを見せない。
にたりと笑ってゴツい拳を構え、鉄球のごとく握られた拳を、炎の円刃に向けて振り抜く。
「フンッ! 愚カナッ!」
まるで素手で弾いたとは思えないような、重い金属音が鳴る。ぶ厚い青銅にぶち当たったような音だ。
弾かれた大剣は勢いを失い、虚しく宙を泳ぐ。
「さて、愚かなのはどっちかな?」
だがそこへ待ってましたとばかりに、ギデオンが揚々と声をあげた。
彼は軽鎧とはいえ随所に鉄を纏い、鋼の盾を携えながらも、どこか華麗な足取りでキングの背中を蹴り上げて宙へと跳んだ。
「ナッ!」
高々と跳んだギデオンは、予定調和とばかりにしたり顔で大剣を掴む。
そして目下で悔しげに唸るキングを睨み、切っ先に体重を乗せるだけ乗せ、重力のままに落下する。
「くらえええええ!!」
「フン、何度ヤッテモ同ジ事ダ」
されどもまだまだキングに焦燥の様子はない。
ふしゅうと鼻息を吐くなり、両手を鉄球のように握りこむ。
そしてギデオンとキングが視線をぶつけ合い、互いに避けれぬ距離まで肉薄した、その刹那――
「残念、本命はこっちよ」
「!」
背後からの凛とした声に、キングの背筋がぴくりと固まる。
いつの間にか詰め寄っていたリンが、視線を鋭く閃かせていた。
両足を前後に開いた前傾姿勢で、左手は鞘をしかと掴み、右手は柄に添えている。
これは居合い斬りの構えだ。
引導の言葉を投げたのは油断でも慈悲でもない、これも二人の連携の一環だ。
この距離まで持ちこめば、まず敵を逃すことなど絶対にありえない。
更に言葉で揺さぶりをかければ、敵としては守りに迷いが生じるというもの。
陳腐だと侮ることなかれ、命の奪い合いにおいて一刻の判断こそが命運をわける。
なればこそ、一瞬の迷いを強要させるこの手は巧妙と言わざるを得ないだろう。
「私の剣技に見惚れて果てなさい!」
言葉と同時、上空の炎撃と背後の閃光がキングをとらえる。
リンとギデオンが確かな手応えを感じると同時、二人が目にしたものは――
「「!」」
確かに二人が同時に放った剣戟はキングを穿った。
迷いを誘い、守りの判断を鈍らせ、これ以上ない剣戟を浴びせた――はずだった。
だがそうとは思えぬ鉄をかいたような怪音がした。
まるで剣と鋼が磨耗するかのごとく。
散っていたのだ、火花が。
唖然としながらも、鞘打ちの音をかきんと鳴らして細剣を納めるリン。
自分の居合い斬りは、申し分なかったはずだ。
キングの頭上からも同様に火花が舞い落ち、ギデオンが「くそっ」と舌打ちして着地する。
「コノ体ヲ砕コウトハ、無理、無駄、無謀ダ!」
敵はまさに鋼の肉体を有していた。
巨体越しにギデオンが目配せしてリンが平静を戻すなり、二人は後ろへ跳ねキングから距離を取る。
明らかに動揺が広がったその時――
「イチイチ面倒ナ奴ラダ」
キングは両手足を大の字に広げると、大きく息を吸い込み、けたたましく咆哮した。
でかすぎる声量に二人はもちろん、離れにいるアイエスさえも耳を塞ぎ驚きの顔を浮かべている。
全身をビリビリとした風圧が襲い、しまいには上からぱらぱらと塵が降ってきた。
咆哮が止み束の間の静寂を挟むと、咆哮が伝播した向こうから猛々しい叫びの数々が返ってくる。
そして地鳴りが響き、こちらへと津波の如く押し寄せてくるのがわかった。
「な……!」
「そん、な」
リンとギデオンの顔に絶望が広がる。
アイエスも離れながらに、事態を察して否応無しに立ち上がるのを余儀なくされる。
そう――キングは廃城に蔓延るオークどもを呼び寄せたのだ。