17話 黄金の願い
アイエスは暗がりの地下墓地のなか、一点の灯りを目指して一心に駆けていた。
タフネス自慢の彼女が息を荒げることはないが、されども後ろ髪を引かれるような気にはなる。
背後ではギデオンがキングと戦っており、激しい音響が苛烈な猛攻を物語っている。
キングの豪腕が幾度となく振るわれる度、盾を構える彼の鉄靴が石造りの床をかいて火花を散らす。
振り向くまでもなくわかる、どう考えても劣勢だ。
如何に歴戦の勇士たるギデオンであろうと、たった一人でキングを相手取るのは無謀でしかない。
ならば一刻も早く己が使命を果たし、自分も前線へと参じるべきだ。
アイエスは石段を一気に駆け上がり石壇へ着くと、颯爽と燃え盛る大剣のもとへと向かう。
「リンさん!」
アイエスから飛び出た言葉に反応などあろうはずもなく、リンはいまだ意識を失ったままうつ伏せになっていた。
全身傷だらけで打ち身も多く、衣類も破かれ半裸に近い状態だ。正直同じ女としては見てるだけで辛く、かなり心に来るものがある。
だが目を逸らすのはそれこそ失礼というもの。
それに不幸中の幸いか、どうやら下劣な行為はされてないようである。
アイエスはすぐさま彼女にローブをかけ、片膝をついた。
そしてか細い両手で黄金のロザリオを握り、己が信ずる黄金神へと祈り始める。
「黄金なる神、マリアンよ!」
アイエスが神へと忠誠の言葉を口にすると、彼女の握るロザリオが光り輝きだす。
すると心の内にある感情が膨らみ、目の前で倒れるリンへの救済心が飛躍的に強くなる。
「この者に刻まれし忌むべき紋章を消し、清浄なる癒しをへ授けたまえ」
言葉を紡ぐと集中力が研ぎ澄まされ、離れの死闘が遠くなるのを感じた。
心が熱く燃え滾ると、合わせてリンを囲うように黄金の魔方陣が生じる。
そこには定命の者には凡そ理解及ばぬ、神のお言葉が記されている。
「清浄なる輝きをここに! ピュアヒーリング!」
そしてアイエスが忠誠の言葉を紡ぎ終えると、その尊い祈りは黄金神に聞き届けられた。
黄金の魔方陣から、さらりとレースのごとく光が優雅に踊り、リンの全身を瞬く間に癒してゆく。
傷は塞がり、痣は消え入り、髪にも艶が戻り、彼女の顔色がみるみる健やかに染まる。
「ここに自由と尊厳は守られました。 黄金神よ、寛大な慈悲に感謝致します」
そしてアイエスが感謝の意を述べると、奇跡の形跡は消える。
眩い黄金の魔方陣が、砂流のようにサラサラと微風に吹かれて消滅した。
「う、ん……う~ん」
時を置かずして、まるで夢から出るようにしてリンは目覚めた。
眠気を払うように目をこする彼女はどこか朧気で、アイエスは全力で抱きついて喝采の声をあげる。
「やった! やりました! リンさんお体の具合はどうですか?」
「んー、アイエスちゃん?」
まさか始めて試みる光の魔法が、こんな窮地になるとは想像だにしていなかったアイエス。
ならばその嬉しさは相当なものだろう。
彼女は全身で喜びを表し、リンにべたべたとまるで姉妹のように纏わりつく。
「ちょ、ちょっとどうしたの……って!」
瞬時に状況を把握し、慌ててリンは立ち上がる。
だが如何に光魔法と言えど万能ではない、つまり衣服までは直っていない。
リンは更に慌てて赤く濡れたローブを纏い、あっちこっちと周囲を確認する。
「ねえ、ここ廃城よね? 状況はどうなってるの?」
「えと、ギデオンさんと私で――」
アイエスは手短に説明した。
要点としては、何故か地下がオークどもに占拠されてること、ギデオンが単身キングと戦ってること、今ので自分にはもう光の魔法が使えないこと。
言うなりリンはアイエスの手を両手で掴む。
「ありがとう、アイエスちゃん」
「いえ、お役に立てて嬉しいです」
「ありがとう、ありがとう――」
何度も繰り返されるその言葉は涙が混じり、いまだ小刻みに震えるリンの体をアイエスは優しく抱きしめた。
「大丈夫です。 もうあなたを貶める者はいません」
「うん、うん」
ようやく落ち着きを取り戻したところで恐怖がフラッシュバックしたのだろう。
いくら最悪の結末を避けようとも、その忌むべき記憶は決して消えるものではない。
ならばとリンは腰に付した鞘から細剣を引き抜き、決意改め強くキングの方を睨む。
その手はまだ僅かに震えているが、あえて止めるアイエスではない。
忌むべき記憶を乗り越えるには、自身が強くなるしかないのだ。
幸いリンには寄り添えるパートナーがいる。頼れる仲間もいる。
「ギデ! 待たせたわね、助太刀するわ!」
離れで悪戦苦闘する恋人を助けるべく、リンは意気揚々とローブを翻した。
久方ぶりに連日投稿を試みましたが、またもコンマ一秒間に合いませんでした(´;ω;`)
やたらにペース上げないで、しっかり書いてから投稿しろってことですかね。