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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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16話 ギデオンの一撃

 アイエスは遠くのオークどもへと歩くギデオンに続き、彼の背中越しに向こうを見やる。



「数は凡そ二十位でしょうか」

「いくらいようと全滅させるまでだ!」

「お気持ちはわかりますが落ち着いてください。 武器はどうするのですか?」



 疑問の眼差しを浮かべるアイエスは、遠くにいるリンの前で突き立つ炎剣を見つめる。

 不安げな彼女の言葉を聞き、ギデオンは一抹の不安も見せずに目線をオークどもへと泳がせた。



「武器ならあるじゃないか」

「え、どこにですか?」

「そこらじゅうにさ。 数は二十ってとこだろ?」

「奪うのですね。 そういう算段でしたか」



 釣られてアイエスもオークどもへ視線を泳がせ、やつらの手にする得物を見てとる。

 自製の石器や石斧がちらほら見られるが、廃城の剣や槍が多いように思われた。

 無論、盾まで構えてるオークまでいる。



「武器だけでなく防具まで持ち出すなんて」

「はっ、でもさすがに体がでかいから、鎧までは無理だったようだな」

「ですが皮膚の硬さは人間の比ではありません」

「わかってるさ。 だがオークの死体にはリンの細剣と思しき傷があった、なら倒せる!」



 ギデオンは鋭い視線でオークどもの武器を改めて見やり、アイエスは矢を番えて弦を引き絞る。

 幸い暗がりに関しては、炎剣の灯りがことの他大きい故に悩まされることはなさそうだ。

 大まかに乱闘の段取りを済ませると、二人は頷きオークどもへと駆けだした。







 まず反応したのはキングで、雄叫びをあげると鼓舞されたオークどもが一心にこちらへと殺到してくる。

 地鳴りが地下墓地に溢れ、小雨のごとく塵が降り注いだ。

 アイエスはギオデンへ目で合図を送り、左右に離れてオークの群れを二つに隔てる。

 その間、向こうにいるリンを見やる。



 予想通りに、リンは人質どころか何もされずに放置されていた。

 オークどもにとって、リンは快楽を得られる貴重な存在であり美味な食糧でもある。よって彼女を盾にしようとは露ほども思っていないのだろう。

 これが狡猾な魔物だったならば、ことはこんな簡単には運ばなかったはずだ。



 そしてオークどもの波が迫るなり、一転して方向を壁へと変える。

 肩越しに追ってくるオークどもを見ると、明らかに半数以上いるかに思われた。



「え〜! なんでですか、もう!」



 恨めしげな目を投げ、不満を叫ぶアイエス。

 あっちは見るからに固そうな男肉、対してアイエスは大層柔らかそうな女肉、ならば理由など知れている。

 しかも彼女の可憐な容姿はオークどもの欲情を刺激するには十分、それに気付いてないのはアイエス本人だけというもの。



 不意にギデオンを見ると、彼が雄叫びと同時に一匹のオークをタックルで吹き飛ばしたのを確認する。

 体格こそオークに及ばないが、あれは彼の膂力とぶちかましの精度が成せる業だろう。

 吹っ飛ぶオークを仲間がキャッチすると、ギデオンは頭上で星を泳がすオークの手から槍を奪い、一纏めに貫いた。



 それを見て自らも負けじと、アイエスも奮迅する。

 壁に近付くなり、蜘蛛のごとく音もなく一瞬で壁を駆け上がる。



「ナンダコイツ!」

「カベヲ、ノボッタ!?」

「マルデ、エル……」



 まるでエルフーーその言葉を言い終わるより前に壁から跳びたち、くるりと翻り様に一矢放つ。

 間断なく額を射抜かれた一匹のオークは、仰向けに倒れ絶命する。

 ふとギデオンを見るも、今度は奪った盾で殴る弾くと応戦しており、自分のやり方に驚いた様子はない。



 ーー良かった、バレてなさそう。



 戦意が高揚する余りについやってしまった。

 もし今の動きを見られてたら、エルフとして疑われるのは避けようもないだろう。

 狩りに燃える辺り、自分はやはりエルフの血を流す者なのだと自覚する。



「グルルル」



 だがその杞憂が僅かな隙を生む。

 気付いた時には既に遅し。そう言わんとばかりに、向き直ったアイエスを唸るオークが襲う。



「ゴルァ!」



 本能にも似た叫びと同時、オークは一級の剣を全力でアイエスへと振り下ろす。

 瞬間、目を逸らさずに彼女は応じた。



「やらせませんよ!」



 木槌を振るったような乾いた音がなる。

 アイエスは振り下ろされる剣の柄尻を狙い、手繰った木弓で受けてみせた。

 だが力の差は言うまでもない。

 じりじりと押し込まれ、両手は震え、次第に片膝で踏ん張る姿となってしまう。



「まだ、まだーー」



 言葉に力を滲ませど、悲しいかな。木弓の方が根をあげミシミシと軋み始めた。

 ここで弓を失っては、自分に戦う手立ては光の魔法しかない。だが自分では一度しか祈れず、それはリンを癒やすためのものだ。

 だから魔法に甘えてなどいられない。



「ガハハ、イマノウチダ」

「マテ、オレガサキダ」



 そんなアイエスの見上げた善意など、オークどもにはわかるべくもない。

 一匹また一匹と、オークどもがアイエスを囲い始める。その顔に殺意はなく、あるのは下劣な本能だけだった。



「くっ、アイエスさん!」



 ギデオンが乱闘紛れに槍を奪い、遠くからアイエスに寄るオークへと投擲し、一匹射抜く。

 胸から槍を生やしたオークが、血反吐を散らしながら前のめりに倒れた。

 だが高々一匹仕留めたとて、それでオークの本能が止まろうはずもない。

 ひっきりなしに押し寄せるオークの波が、ついにアイエスを捕らえた。

 深緑の不潔な手が幾多から及び、白地に覆われた華奢なアイエスの四肢を掴む。



「いや! 離して! 離して下さい!」

「アイエスさん! 落ち着け!」



 これが落ち着いてなどいられるものか、普通なら発狂なり自害なりに及んでもおかしくない。

 だがアイエスは涙目になりがらも、ギデオンの確信めいた強い目力によって辛くも理性を保った。

 彼の目の向けた先を見て、その意図を理解する。



「女ハ全テ、俺ノモノダ」



 青銅のごとき青黒い肌、他を圧倒する巨体、キングである。

 キングも他のオークどもに漏れず、いつの間にかアイエスへと近寄っていた。

 下卑た笑みながら舌は唇で踊らせている。

 しかもオークどもときたら、目先のアイエスに夢中で、すぐ近くのキングに気付いた様子はない。



「アイエスさん、下手に動くな! キングは君を直ぐに殺す気はないはずだ!」



 にたりと目尻を下げたキングと目が合い、アイエスの背筋が恐怖に凍てつく。

 すぐにキングは手近なオークを両手にそれぞれ捕まえ、首をへし折って見せた。

 その後もオークどもは殴られたり噛み千切られたりと、一匹残らず瞬く間に殺されていく。

 体格差こそ子供と大人程だが、パワーの差はそれ以上に歴然としていた。



 まるで嵐が去ったかのように、アイエスは身軽になった。変わりに目の前にはより邪悪な存在が立ち尽くしている。

 震えながら視線だけ上げると、自らを馳走として見下す捕食者の笑みがそこにあった。



 ーーあ、ああ。



 アイエスは口を押さえ、目線が自分を嬲ろうとするキングへと釘付けになる。

 押し寄せる恐怖に呑まれそうになり、目頭が暖かく滲み始める。



「!」



 そんな時、見上げた恐怖の景色の端に、彼女は頼もしき剣士が翻すのが見てとれた。



 ーーギデオンさん、そんな……。



 キングはアイエスの希望に潤んだ瞳に気付き、訝しみの目になる。

 そして思い当たる節に気付いたのか、ようやく振り返ったそこにはーー



 ーーそんな、格好良すぎです。



 背後を振り向いたキングの横っ面に、ギデオンが鋼の盾を思い切りぶちかました。

 国の造りし一級品の盾であり、しかも振り回したのは膂力も精度も最高の戦士ときたものだ。

 つまり最高の鉄板で最高のビンタを決めたようなものである。

 ただビンタにしては些か轟音ではあるが。



「は、女のケツばっか追ってるからだ、バーカ」



 吐き捨て、ギデオンはアイエスの前に塵を巻き上げ着地する。

 そしてすぐに盾を構えてキングへと向き直る。



「グゴゴゴ! オノレ!」



 キングはプッと血の混じった唾を吐き捨てた。

 どうやら中々の一撃だったらしい。

 頼もしすぎる背中に守られ、アイエスは平静を戻して立ち上がる。



「ありがとうございます! 助かりました!」

「いや、今のは堪えたアイエスさんが凄いよ。 俺からしたら君を守れなかったも同然だ」

「そんなことありませんよ! 現に生きてますし!」

「そりゃどうも。 とりあえずキングは俺が引きつけるから、アイエスさんはリンを頼む」



 言ってギデオンは手早く腰に巻いたローブを取り、投げるようにアイエスへ渡した。



「はい! 任せてください!」



 受け取るなりアイエスは周囲を見ると、立ってるのは既に自分らとキングだけになっていた。

 ギデオンはあのオークどもを完全に実力だけで倒しきったらしい、その実力に驚愕するアイエス。

 隙を見せた挙句、キングに救われた形の自分とは天と地ほどの差を感じる。



「キング相手じゃ長く保たない。 うかうかしてるとまた仲間を呼ばれるから、急いでくれ!」



 頷きと同時、アイエスは駆けだした。

 目指すは赤々と燃え盛る大剣が突き立つ慰霊碑。

 木弓を背にし、首から下がるロザリオを握ってリンへと急いだ。

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