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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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15話 祈りの果て

 地下墓地の中心、石段と石柱を築きあげた石壇の奥には高く聳える石版があった。

 そこにはかつての戦争で戦没した悠久の勇者らの名が刻まれ、永久に眠れる彼らの魂を守っている。



「キング! キング!」

「キング、モドッタ!」



 しかしそんなことなぞ知る由もないオークどもは、やはりというか、大きくて見栄えの良いこの慰霊碑を拠点にしていた。

 深緑の鍛え抜かれた巨体、構えるは一級の武具、瞳のない黄ばんだ眼。それらがひしめく。

 拠点防衛を任されたオークの群れだ。数は二十近くにまで及ぶ。



 オークどもは手にした得物を高々と掲げ、可憐な獲物を担いで帰還した長へと歓喜の雄叫びをあげた。

 興奮したオークどもは口々に何かを叫んでいるが、幸なのは獲物がまだ気を失っていることだった。

 やれ嬲り回すだの、やれ煮込んで食べるだの、聞くに堪えないおぞましき欲を剥きだしにしていた。



 ひしめくオークどもに囲われるように、明らかに有象無象のオークよりも巨大なオークが石壇へとあがる。

 みなぎる筋肉は青銅の如く青黒く、左右にある黒い二角は象牙のように鋭い。

 オークどもを束ねるオークどもの長。キングだ。



「フハハハ、今夜ハ、馳走ダ」



 口から腐臭を吐きながら、キングは背に担いできた獲物をやぶからぼうに投げ捨てる。

 両手を縛られた獲物は硬い石壇を転がり、やがて聳える石版に背を打つ。



「……ん、痛っ」



 そして獲物たるリンは苦痛と共に目を覚ました。

 とうに腰に下げたカンテラに灯りは消え、暗がりに慣れた目だけが頼りだった。

 そんな彼女が気付けと同時、顔を歪めるのも当然だろう。

 なにせここに運ばれるまで、さんざいたぶられて来たのだから。

 茶髪のおさげは解けて乱雑とし、頬は赤く腫れあがり、着衣はぼろぼろに破けている。

 こう至ってしまえば、既に立ち上がる体力などあろうはずもない。



「もうっ! ほんと何てことしてくれんのよ!」



 されども啖呵を切るリンを見下し、キングは獲物の活きの良さに快活に笑った。

 そんな彼女の姿になにかそそる劣情を感じたのか、

群れの中から一匹のオークがリンへと駆け出した。



「オンナ! ヤワラカイ! ヤル! クウ!」



 オークは我慢ならぬといった様子で、身に付けたあらゆる物を捨てていく。

 得物、装備、構わず全てを捨てた。そして汚い深緑の手がリンの着衣を乱暴に掴む。



「いや、やめて! 離しなさい!」



 リンは嫌悪露に大きな手を剥がしにかかるが、腕力でオークに勝てる訳もない。

 己の進む運命に堪え切れず、自ずと涙腺が緩む。



「こら、離しなさいよ、やめてよ」



 溢れた涙が頬を伝い、リン自身を濡らす。

 徐々に抵抗する力が弱まり、今やノドから零れそうな嗚咽を堪えるのでたくさんだった。



 ――ギデ、ギデ、ギデ。



 そんな恋人を想う彼女を助けたのは、他でもないオークどもの長、キングだった。



「ドケ」



 キングの丸太みたいな腕が拳を振るい、オークの脇腹へと深々と刺さる。

 するとオークは途端にリンの着衣を掴んでいた手を脇腹へやり、呻きながらよたよたと千鳥足で明後日の方をゆく。

 呼吸が満足にできず咳きこみ始め、やがて滝のような血反吐を繰り返し、痙攣しながら倒れ、絶命した。



「女ハ俺ノ馳走ダ、邪魔スルナ」



 その様を見てリンもオークどもも言葉を失った。

 並みのオークでさえも、その肉体が頑強なのは疑いようもない。

 それをキングはたった一撃で沈めたのだ。

 当然キングにリンを助けたつもりなぞない。あるのは旺盛な欲と手下どもへの虚栄心だけだ。



「ソレジャ、楽シムカ」

「いや、いや」



 首を振って拒絶するリンを眺め、舌を転がしながらキングが迫る。

 瞬間、動くことを忘れたように体が恐怖に固まる。

 押し寄せる恐怖の波とキングの眼から目を逸らし、リンは決意した。



 ――ギデ、ごめんね。



 キングがまさか細剣を引き抜くのを許すわけもないし、油断するとも思えない。

 だが両手はしかとこの胸にある。

 ならば己が信ずる純潔神へと祈りが捧げられるではないか。



「純潔なる、地の神ディアマンテよ」



 リンは短く息を吐くと、目を閉じ、胸に両手を添えて祈り始めた。

 恐怖の余りに声が震えようと、心を強く持ち詠唱をはっきりと紡ぐ。

 神への忠誠をきちんと述べねば魔法は起こらない。

 故に恐怖に呑まれれば、待ち受けるは悲劇のみ。



「この身に降る不浄を払うべく――」



 だが満身創痍で使えば意識を保ってられない?

 それが一体どうしたというのだ。

 純潔神の御力により放つ宝石の刃、それで木っ端微塵とすべきはこの身なのだから――。

 


 覚悟を決め、生える宝石の刃が我が身を貫くようイメージする。

 ただ死ぬだけではだめだ。

 例えこの命が終わろうと、キングとオークどもに構わず嬲られ、やがて喰われるのみ。

 そんなところを愛する恋人に見せられない。



 ――ごめんねギデ。 私やっぱり、あなたにそんなとこは見られたくないんだ。



 ならばこの身を木っ端微塵と化すまでだ。

 彼は間違いなく、今頃自分を探してるだろう。

 あの頼もしき神官も、大概人が良いので付いて来るだろう。

 今までの思い出、記憶、辿るだけで笑顔になれる。

 どんなに今が絶望に満ちても、この後自らに死を与えるとしても、楽しかった日々が溢れる笑顔と涙を止めさせない。



 ――アイエスちゃん、できれば一緒に、温泉に浸かりたかったな。



 祈りを捧げた僅か数秒間、これは彼女にとって最も尊い刻となった。



「この無垢なる想いを、聞き届けたまえ」



 祈りを遂げた刹那、リンの心に熱い感情が押し寄せた。涙腺が綻び、潤んだ瞳からすうっと涙が零れる。



「輝け、ダイヤモンドダスト」



 嗚咽まじりに紡ぎ終わるなり、リンの足元から宝石

の刃が無数に生える。

 透き通る美しき繊細な刃が、彼女の想いに応えるよう、氷柱の如く爆発的に伸びてゆく。

 それはキングとオークから我が身を隔離し、彼女を守るべく透明な牢となった。



「やっぱりやだ! やだやだやだやだやだ!」



 大粒の涙を流し、喚き散らしてリンは泣きじゃくった。大声で本音を叫んだ。

 あまりに身も蓋もない彼女を見て、オークどもは口を開けて呆ける。



「死にたくない! ずっとギデと一緒が良い!!」



 神への祈りは本心にこそ強く呼応する。それが純潔神への忠誠となれば尚更というものだ。



「ハハハ! ナンテ活キガ良イ女ダ!」



 呆けるオークどもとは違い、キングは新鮮な獲物を心から喜んだ。



 すると慰霊碑の遥か上方より、分厚い暗雲のごとき闇が降りてきた。

 それは黒き翼の群れ、喚き散らす金切声、コウモリである。

 黒き波のごとく怒濤の移動を開始すると、さしものキングも煩わしそうに豪腕を持て余す。



 そしてコウモリどもが去るなり、その暗がりの先から真っ赤な何かが飛来するのが見て取れた。

 リンとキングは目を凝らして視線を注ぐ。



 それは燃え盛る大剣だった。

 リンは気付くなりまたも泣きだし、視界が歪んでぐちゃぐちゃになる。

 だが今度の涙は、さきのような刹那的なものではない。心から湧き上がる喜びと、嬉しさと、感動からもたらされたものだ。



「ギデ、ギデ、ギデ。 やっと来てくれた、やっと見つけてくれた」



 キングとオークどもは警戒し、戦闘態勢をとった。

 迫る炎刃を掴もうと豪腕を向けたキングだが、予想を越える速度と威力故に、弾くだけに終わった。



「何……ダトッ!」



 弾かれた炎刃がくるくると宙で踊り、火の粉を散らしながら落ちるとリンの前に突き刺さる。

 目の前で赤々と燃える大剣、その向こうから石造りの床をコツコツとならす足音が聞こえてくる。

 涙で視界が滲む故に姿こそ知れないが、そんなのは全く問題にならない。

 ああ、それくらいよく知ってる足音だ。

 高鳴る鼓動、潰える絶望、リンは涙ながらに最高の笑みを浮かべ――



「不浄は去りました。 純潔神よ、感謝いたします」



 すすり泣きながら純潔神へ感謝の言葉を述べると、奇跡の形跡が消える。

 宝石は粉々に砕け、見事に綺麗な景色を魅せた。

 そして花のつぼみが閉じるように、ひっそりとリンの意識は夢に沈んだ。



「おいオークども」



 暗がりより怒気を孕んだ声音が響く。

 傷付いた愛しの恋人への想い、立ち並ぶオークどもとその長への憎悪、そして未熟すぎた自身への怒り。

 それらを全て一纏めにし、今はただこの感情を目先の魔物へとぶつけるべく、声の主が姿を見せる。



 鋼の軽鎧を来た男は多少の傷こそあれど、怒りに感情を任せ目を爛々と燃やしている。

 傍らには野伏のごとき白い聖服を纏う女神官。

 可憐な顔立ちとは似合わず、生粋の狩人のように鋭い目線をオークどもに投げている。



「俺の女に、手を出すな!!」



 闘志を燃やす男――ギデオンは、キングへ指を突きつけ叫んだ。

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