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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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14話 疑念の正体

 コケに覆われた石削りの壁と、ぐるぐるねじれる螺旋らせんの石段を降りた先、暗がりの地下墓地を燃え盛る炎刃が踊っていた。



「くそっ、なんたってこんなとこにオークが!」

「今はとにかく倒しましょう!」



 奪った一級の武具を構えたオークたちが、先陣を切り込むギデオンに蹴散らされている。

 アイエスは足元に転がるオークの死体から、眼球やノドを射抜いた矢を引き抜き、瞬時に検めて矢筒に戻していた。

 地下墓地に木が生えてるはずもなく、今ばかりは手当たり次第に補充とはいかない。



「矢の残りは!?」

「今回収したのを含めて十二です!」



 頬伝う汗を拭ってアイエスが立ち、周囲のオークを数えながら矢を摘まんで番える。

 近くの一匹へ狙いを定めると、鏃の先に鮮血がぽたぽたと滴っていた。

 検めこそすれど拭っている余裕などない。それほどの連戦、絶え間なきオークの波である。



「しかし鎧はそのままに武器と盾だけ奪うなんて、こうして見ればなるほどってとこですね」



 背中越しにギデオンに意見を投げるも、きっちり近くのオークへ一射。

 矢は瞳のない黄ばんだ眼球を軽々と貫通し、鏃が脳髄にまで達すると、オークは痙攣しながら沈む。

 それを見て狼狽するオークたちの隙を狩人の手練たるアイエスが逃すはずもなく、次々と矢を番えて連射し、寸断もぶれることなく必殺必中を決める。



「ああ、普通に考えれば暗殺者か盗賊の類だが、まさかオークなんてな!」



 答えるギデオンも、颯爽と盾を構えるオークの死角へ滑りこみ、そこから大胆に炎刃で盾ごと薙ぎ払う。



「おらあっ!」



 思いもしない剣戟のパワーにオークは吹き飛び、その射線に並ぶオークらへぶつかると、四方八方へと弾き飛ばしてみせた。

 剣や盾が散らばり金属音を鳴らすと、数多の巨体が床や壁へ打ちつけられ僅かに地鳴りがする。



「ギデオンさんの戦い方って強引ですけど、効率的ではありますね」



 アイエスが上から降る塵に呆け笑いを投げつつ、オークらが躊躇いを見せた今の内に矢を回収する。



「ははっ、脳筋なのが取り柄だからな!」

「そこまでの力技となると、真似しようにも普通は真似られませんよ」



 寝転んだオークらは死んでこそいないが、頭に星を泳がせて気絶しているのが見てわかる。

 二人は揃って得物を構えると、またも背中合わせになって囲うオークらを睨む。



「率直に言うとな、リンがオークなんかに不意打ちされるとは考えづらい」

「同感です。 森で彼女の足捌きを見ましたが、魔法使いというよりは、軽やかで円舞に近い」

「おいおい、足捌きなんて見てたのかよ」

「た、ただの癖です。 森暮らしでの賜物ですよ」



 これも狩猟のときに培ったものだ。

 獲物の足遣いを見れば、逃げる方向や闊歩してる悪路や獣道が予想できるというものである。

 体こそハーフエルフのアイエスではあるが、育ってきた環境は限りなくエルフに肉薄している。

 彼女はふと視線を落とし、足場に流れる血の斑点を見て溜め息を吐く。



「これだけ血が飛び交ってるものですから、完全に手がかりが台無しですね」

「いや、ここに転がってる死体に真新しいのはなかった。 それにオークなら、可愛い娘を簡単に殺したりしないはずだ!!」



 最後まで言い切る言葉の端には強い闘志があった。

 オークという魔物は、往々にして若い娘をさらう習慣がある。

 人間、エルフ、獣人、問わずに女をさらい嬲ってから喰らう。それがオークである。

 されどオークの種族にも雌はいる。繁殖はできる。

 ならばなぜ異種族の娘を嬲るのか?

 理由は定かでないが、ただの快楽目的にしてはあまりに儀式めいている。

 一説によれば、嬲って食するのは全てキング、ロード、チャンピオンなので、ある種の奉納らしい。



「そっか、もしかして……!」



 叫んでアイエスは頭の中にギデオンから受け取った廃城の地図を広げる。

 迷路でもなんでもないこの地下墓地は、戦争時の名残を多く残す場所だ。



「どうした?」

「あの、ここは戦没者を埋葬した墓所ですか?」

「武器庫を見る限りそうだと思うが、それが?」



 やがて想像上の地図の中にある、ある場所を思い浮かべ顔をはっとさせる。



「慰霊碑です!」

「慰霊碑?」

「地下墓地の中央、大きな巨石、リンさんがその、もしオークらの儀式に――」



 思いつきで口走ったものの、そこから先はとても言えずに口ごもっていると、背後のギデオンが腰に付したザックに手を忍ばせるのがわかった。



「わかった! 確かにありえる! こいつらはリンをボスに捧げようって魂胆か!?」



 娘を貪る短絡的な欲求と、廃墟を奪う貪欲さ、それらを満たす儀式を行うとなれば、アイエスの推測は合致する。

 オークらに慰霊碑の意味なぞ理解できぬだろうが、地下墓地の中心地であり、なんとなく立派な物が建ってればそこを選ぶだろう。



「……行きますか?」



 がさごそザックをまさぐるギデオンを背に、アイエスが問うと間髪入れずに「おう!」と返事がくる。



「そうと決まれば一気に行くぞ」

「はい!」

「合図をしたら目と口を閉じてくれ」

「はい?」



 訝しむ眼差しを肩越しにギデオンへ投げると、彼の手には何かが入ったビンがあった。



「なんですかそれ?」

「催涙弾、俺特製のな」

「へ? いや、あの、合図って」

案内ナビゲートは任せた!! 行くぜええええ!!」

「ちょ、まっ」



 アイエスの戸惑いにも耳を貸さず、ギデオンは意気揚々と掲げ、灰色に濁ったビンを足場に叩きつけた。

 ガラスの砕ける音と同時、ギデオン特製の催涙弾が幕を広げる。

 しかしそこは催涙弾。これを自分たち中心に砕こう愚者はそうはいまい。

 オークはもちろん、自分たちさえも巻き込み、二人は視界を失う。



 もっともさすがに呼吸までは乱さず、元々統率とも呼べないような統率だったオークらは咳こんで完全に乱れた。文字通り煙に巻いた状態だ。

 そこからギデオンの手を引き、木弓を背にしたアイエスが抜けだす。

 ヴェールの奥にある長耳を澄まし、想像上の地図に自分らの場所を重ね、目を閉じたまま一気にこの場を後にする。

 そんな二人に新たなる驚きが襲う。



「!」



 オークの群れをやり過ごし、目を開け涙目ながらに慰霊碑へと走っていた最中、アイエスの耳が捉えたものは――



「こっちに来ます!」



 突如立ち止ったアイエスの背中にギデオンがぶつかり、二人はよろめく。

 面食らったようなギデオンとは対照的に、神妙な顔のアイエス。



「な、なんだ今度は」

「すごい数です」

「だから何が……」



 ギデオンが上方を見据えるアイエスの視線をなぞった時、その正体はすぐに見てとれた。

 分厚い暗雲のごとき闇、それは黒き翼の群れ、喚き散らす金切声。



「コウモリ……だと?」

「洞窟でもないのに、なぜこんな異常な数が」



 呆けるように黒い波が過ぎ去るのを眺めること、ほんの数秒。



「そうか! わかったぞ!」

「え?」

「リンが不意打ちされた理由、こんなとこにオークらが巣食ってる訳が!」



 隣に立つギデオンが得心して一気に先走る。

 それを見て遅れまいと、アイエスも首を傾げながら足早に追いかけた。



「待ってください! 道わかるんですか!?」

「ああ、コウモリの来た方を辿って行けばわかる!」

「なんなんですか一体?」

「アイエスさん、コウモリと言えばなんだ?」

「……ヴァンパイア?」

「そっちじゃない!」



 息も乱さず、足並みを揃えて全速力で駈けながら二人は続ける。

 しばらく考えたアイエスだが、すぐに答えを導きだしはっとした顔で目を見開く。



「わかったろ?」

「もしかして!」

「そうだ。 人間、エルフ、果てにはオークすらも欺く、ずる賢い魔物といえば?」



 悪戯っぽく話すギデオンと目線を合わせ、アイエスは人差し指を立てて口を開く。



「インプです!」

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