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終末世界のダークナイト  作者: さくらつぼむ
聖域の守護者
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0話 闇の権化

 この世界には勇者でも魔王でもない“怪物”のお伽噺とぎばなしがある。

 古えより人とエルフが争っていた最中、その怪物は戦地にあらわれ、世界に終末をもたらした。

 後にその怪物は“闇の権化”とうたわれ、今では安らぎを求め世界を彷徨い続けてるという——。





 時は流れ、戦争により傷だらけになった世界を旅する一人の少女がいた。



「いや! 離して!」



 雷鳴やまぬ夜空の下、雨降る荒野に少女の叫びが虚しく響いた。



「お願いだから、離してください!」



 閃く雷光が荒野を照らし、濡れた少女の姿を妖艶に曝す。

 金糸のような長い金髪には水が滴り、同じく金色をした瞳は嘆きに潤み、澄んだ白い肌には涙と雨のまじった雫が伝っている。

 およそ妖精のごとき幻想的な美しさではあるが、今ばかりは悲運をもたらす危うい魅力でしかない。



「もう、許してーー」



 諦めにも似た嘆息が小さな口から零れた。

 合わせて、華奢な体とは不釣り合いに発育した果実が、質素なローブごと上下する。

 少女が何者かを示す木の葉みたいな長耳が、力なくへにゃりと垂れ下がった。



 少女は何人もの盗賊に羽交い絞めにされていた。

 華奢な手足を屈強な男どもに掴まれ、既に抵抗どころか祈ることすら侭ならない。

 周囲には武装をちらつかせる賊や、遠巻きから下卑た言葉を投げる賊など、全て合わせれば十数人にも及ぶだろうか。

 群れる賊どもの身なりに統一性はなく、どこからか略奪しただろう衣類や鎧を着ていた。



「エルフの娘を拾うなんて今夜はツイてるぜ」



 賊の頭目と思しき大柄な男が少女に近付き、小汚い顔を綺麗な首元に近づけ鼻をひくつかせる。

 雨でローブが張り付き少女の体のラインが露になり、賊たちにはとても淫靡に見えた。



「エルフじゃない……私はエルフじゃない」



 今にも泣きだしそうな声で少女が言うと、頭目は手下と顔を見合わせ首を傾げる。そして大声で下品に笑う。手下たちも少女を嘲笑する。



「ははははは! 嬢ちゃん、こんな耳でエルフじゃないって、そりゃ無理があるぜ」



 頭目はからかいながら少女の耳をつつくと、少女は木の葉みたいな耳をピクリとさせ恐怖に目を閉じる。



「私は、エルフと人間の間に生まれたハーフです」



 それを聞いた盗賊たちの間に一瞬だけの沈黙が流れると、どっとした笑い声が漏れた。



「おい聞いたかお前ら! こいつ混血だぞ!」



 笑われるのは少女にもわかっていた。

 世界には様々な種族がいる。

 なかでも人間とエルフの二種族が最多ではあるが、この両種族の争いは遥か古えより続いている。

 よって人とエルフが交ることは禁忌であり、混血は忌避されし存在とされていた。



「このままじゃ国のお偉いさんに処刑されるだけだしな、俺らが可愛がってやるよ」



 言って頭目が少女のローブを乱暴に掴み、力任せに破いた。豊満な果実が谷間だけ覗くと、そこに雨の雫が伝うのに合わせ、賊たちは舌を踊らせる。



「ひゅ~♪ あどけない顔してる癖に立派なもん持ってるじゃね~か」

「いやだ! やめて!」



 頭目の口笛に合わせて湧き上がる歓声。

 放浪と略奪を生業とする賊たちだ、これほど美しい娘の発育豊かな体を見て欲情しないわけがなった。



「ハーフなんてどうせ、捕虜をヤった時にできたガキだろ」

「違う! そんなんじゃない!」

「さてお前ら順番だ。 この混血が誰の子を孕むか後で賭けるぞ」



 盗賊たちの饗宴が幕を開けた。

 さして珍しくもない話である。

 可憐な娘を捕まえ、犯し、歯向かえば殺し、従順ならば賊の慰み者とする。それが敵対する種族との混血とあらば悪意などあろうはずもない。

 どこかで聞いたような、世界にありふれた物語だ。



「まずは俺からだ、お前らしっかり押さえとけよ!」

「へい、お頭! 次はあっしの番ですぜ!」

「やだやだやだ! 離して!」



 しかしーー時に運命はありふれた物語を是とせず、結末を覆すことがある。



「いやあああああ! 誰かああああああ!」



 少女の悲鳴が夜空の激しい雨音に消されそうな正にその時、空を裂くような雷鳴と共に眩い稲光が近くへと落ちた。

 大地が割れたような轟音に驚き、少女と賊たちは目を閉じ体を強張らせる。



 そして目を開けた少女が見たものは――



「え、う……あ」



 少女は一瞬、夢か幻でも見ている錯覚に陥った。

 どこか虚空を見つめるような少女を訝しく思った賊たちも、釣られるように少女の視線を追う。

 その先には――



 落雷に打たれた地面から煙がゆらめく中、ぼんやりとした漆黒の影が黙して立ち尽くしていた。

 まるで亡霊のように。



「ちっ、こんな時に誰だ、面倒くせえ。 おい」

「へ、へいっ!」



 頭目は舌を鳴らして手下の一人にあごで命令した。

 他の手下より幾分か体格の良い大男は、手近にある大きな山刀を持って亡霊へと近付く。

 しかし近付けば近付くほどに、亡霊の巨大さがわかり徐々に足取りが遅くなっていく。



「おい! 早くしねえか! とっとと殺っちまえ!」



 頭目に急かされ近付くと、亡霊は巨大だった。

 闇に溶け込み全容こそ窺い知れないが、その影は騎馬戦車チャリオットにも劣らぬ程大きい。

 無機質で生気は感じられず、雨に打たれつつも悠々と聳えるその姿は、圧倒的かつどこか優雅なものだった。

 世に蔓延るいずれの魔物とも異なり、まるで暗黒の城塞を目の当たりにしてるような。

 なんにせよ気圧されまいと自らを鼓舞した大男は、山刀を大きく振りかぶって全力で打ち下ろす。



「とっととくたば――」



 その言葉が終わるより先に、山刀が亡霊にぶつかってへし折れた。

 周囲にキンとした金属音がこだまする。



「!」



 大男が驚くのも束の間。

 亡霊は宙でくるくる踊る刃先を掴むと、それを握って大男の眼球へ力任せに押し込んだ。

 そして後頭より血飛沫を伴って刃先がでると、大男は体をびくびくと痙攣させながら地に崩れ、そして死んだ。

 瞬間、雷光が閃いて亡霊の姿が顕現する。



 見るからに重厚な黒鎧、闇夜色のマントをなびかせ、手にするは十字架の形をした巨大な黒銀の盾。

 まるで城を模した漆黒の機械騎士ギアナイトとでも言おうか。

 その生気無き佇まいを見るに、この場にいる賊どもは思った。

 お伽噺とぎばなしに聞くあの怪物のようだと。



「ひ、ひぃっ! お頭! あの怪物の姿!?」

「落ち着けバカ野郎。 現実に“闇の権化”なんざいるわきゃねーだろ!」



 そう、この世界には闇の権化とうたわれし怪物がいる。

 慌てふためいてお伽噺に翻弄される盗賊たちのなかで、唯一囚われの少女だけは涙ながらに安堵した。



「騎士……様」



 しかし――その怪物を騎士と呼ぶにはあまりに不気味すぎた。



「お前らビビッてんじゃねえ! 全員でかかれ!」



 頭目の号令に手下達はそれぞれ得物を構え、怪物へと向き直る。投石に弓に銃器と、巨大な獣や魔物を狩るに足る最善の構えだ。

 そして一斉に放った。



 それらは闇に蠢く重鎧にぶつかり、幾度となく火花を散らし金属音を鳴らす。

 石が砕け、矢は折れ、銃弾は弾かれる。絶え間なく続く猛攻も虚しく、怪物は全く微動だにせず盾を構えることもない。



 やがて怪物は進みだした。

 嵐のような攻撃を意にも介さず行進する。

 乱れのない動作は規律的な騎士のようであり、また人形のようにも思えた。

 とにかく不気味だった。

 巨大で、武骨で、禍々しく、いかな猛攻にも決して止まることがない。

 漆黒の重鎧が戦場を進む姿は、正に怪物だった。



「いやだ! こっち来んな! 化け物!」



 迫る恐怖に耐えきれず、ついに逃げだす者がでた。

 怪物は一瞥するなり一気に駆けだす。

 砲音のごとく踵を轟かせ、ぬめる泥を散らしながら、その俊足には一切の乱れもない。

 まるで騎馬戦車のごとく戦慄の速度で最寄の賊へと近付き、頭を掴んで乱暴に持ち上げる。



「ひ、ひいいいいい! 離して! 離してえええ!」



 宙でじたばたと手足をもがく賊。

 構わず怪物が力を込めると、賊の頭からめきめきと頭蓋の割れる音が漏れ、血と脳漿を散らす。



「あ……が」



 そして意識を混濁させ手足をだらりと下げると、いびきをかきながら絶命した。

 次いで怪物は死体と化した賊を勢いよく振り回し、逃走する賊へとぶん投げる。

 屍弾となった賊は、弩弓から放たれた巨石のように弧を描いて飛んでいく。



「死ね、愚者どもを生かす理由など無い。 一人残さず潰してやる……!」



 怪物がぼやいた。

 低く、どっしりとした厳かな声色だった。

 言葉の直後、賊の二人がぶつかるとグシャグシャに潰れ、血肉が周囲に拡散する。

 広がる赤黒い池に転がった肉塊を見るなり、誰もが手にした得物を落とす。

 嘔吐する者、失禁する者、失意を口にする者、いずれもその場でへたりこんだ。



「くそっ! 使えねえ奴らめ!」



 頭目は焦りを隠せずに苛立つ。

 だが手下たちの反応も無理からぬ話だ。

 射撃の嵐をものともせず、守りは城壁の如しで動きだせば騎馬戦車のよう。加えて腕力は人を人とも思わぬ怪力である。

 賊たちは一人また一人とこの場から逃走を図った。

 だがいずれも怪物に頭を握り潰されるか、或いは屍弾と化した仲間に潰されて死ぬという無残な最後を迎えた。







 やがて賊は数を減らし、最後には頭目と少女と怪物だけがこの場に残されていた。

 頭目も今や腰を抜かし、失禁しながら少女を盾にするという醜態を晒していた。



「こ、こここの女を上げます! だから命だけは許してください!」



 少女を差し出すと頭目は全身を震わせながら額を地面にこすりつけた。

 茫然自失とした少女はされるがまま押し出され、虚ろな目で怪物の前にへたり込んだ。

 目先で繰り返される惨状に耐え切れず自我を保てなくなったのだろう。



「立て」



 怪物は跪く頭目へ言葉を投げた。

 恐る恐ると顔を上げた頭目に差し出されたのは、怪物の大きな大きな手だ。

 鋭い指は一本一本が漆黒の鋼に覆われ、まるで猛禽類のようである。



「は、はい!」



 頭目は額の汗を拭って握手をするように手を掴むと、怪物は手を引き頭目を立たせた。

 媚びるような笑みを浮かべる頭目を見下し、怪物は続ける。



「なにを笑っている? 今度は貴様の番だ」

「……え?」



 すると頭目の繋いだ手が怪物に握り潰される。

 バキバキ、ゴキゴキ、メキメキと。

 骨が複雑怪奇に折れ、粉々に粉砕される不快な音が雨音にまじる。



「あっ! あっ! あっ!」



 呻く頭目が怪物と握手をしたまま跪く。

 顔は青ざめ涙を流し、冷ややかな汗が滝のように全身を流れている。

 されども怪物の握手は終わらない。



「やめて! お願いだから! やめて! 離して!」



 頭目のわめきなどまるで気にもせず、怪物は力強く握手を続ける。

 やがて手はひしゃげ、血肉と骨を露にして枯れ木のように枝垂れる。

 びちゃりとした血の糸を引きながら、怪物はようやく手を離した。



「あは、あははは、俺の手が……ペシャンコだ」



 変わり果てた己が手を見た頭目は錯乱気味に笑う。



「痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛えよ~!」



 そして潰れた手を抱えると、子供のように泣きじゃくってわめき散らした。

 痛みの余りに地べたでのたうち、顔を泥で汚し、恨めしそうな目で怪物を見上げている。

 こうなってはもう、頭目としての貫禄など微塵も残されていない。



「なんで、なんでこんなことするんでしゅか? 俺らなにかしまちたか?」



 怪物はその言葉も黙殺し、不気味な眼光を閃かせるばかりだ。

 そのまま頭目の背を踏み押さえると、無傷な方の腕を力任せに引き千切った。

 聞くに堪えない肉裂きの音と、頭目の悲鳴が響く。



「ああああああああああああああああああ!!!!」



 その凄惨な光景を隣で見ていた少女は、悲鳴の余りに正気を戻してしまう。そして恐怖した。

 極度の恐ろしさに体が震え、股がじんわりと温かくなる。

 肩を震わせ、奥歯をカタカタと鳴らし、さっきまでとは比べ物にならない圧倒的な絶望が心に広がる。



 怪物は止まらない。

 もいだ腕から肉を剥ぎ捨て、露となった骨を木の枝のようにぼきりとへし折り、尖らせた骨の先端を頭目の脇腹へ深々と突き刺す。

 次いで思いきり捻り、体内の内臓をかきまわす。



「あー! あ! あ! あ!」



 頭目の口や鼻から赤黒い液体が溢れる。

 その後は吐血を繰り返すと、すぐにひゅうひゅうとした弱々しい呼吸になる。



 少女は目の前の光景に震えていた。

 悪夢としか思えない惨状から逃げだしたかった。

 だが腰が抜けて立ちあがれず、走れたとしてさっきの賊たちのように自分も殺されるのではないかと恐怖に怯えるだけだった。



「め……て」



 雨音に消えそうな少女のか細い声が怪物に届く。

 怪物の動きがぴたりと止まる。



「止めて、もう止めてください」



 最後まで言い切った刹那、少女は己が死を悟った。

 別に頭目を庇ったつもりなど毛頭ない。

 ただ目の前で命が次々と蹂躙されていくのを、これ以上見たくなかっただけだ。

 優しさでもなんでもない、当たり前のことだった。



「これ以上殺さないで、お願いします」



 一度言葉が出ると不思議なもので、少女は更なる言葉を怪物に投げた。

 泣きじゃくりながら、ぼろぼろに涙を流しながら。

 半裸に近い我が身を抱きながら、少女は続ける。



「もう、誰かが死ぬところは見たくないんです」



 怪物は黙して少女を見ると、またも雷光が閃く。

 光る黒兜に浮かぶ戦慄の眼が、恐怖に凍てつく少女の心を貫いた。



「ひぃっ」

「……そうか」



 短く淡々と怪物は答え、立ち上がる。

 そして足元で息荒く横たわる頭目を見下す。



「どうする?」



 頭目に問うたこの言葉の意味は少女にはわからなかった。

 だが略奪や争いで死の瀬戸際に慣れている頭目は、すぐに理解する。



「殺して、くだ……ひゃい」



 両手を壊され、内臓をかきまわされ、血反吐を繰り返し、完全に死に体だ。

 こうなれば死の結末は不可避であり、ならば少しでも早く苦痛から解放されたい。

 その意味をようやく少女は理解した。



「いや、やめて……」



 怪物は無言で頭目へ詰め寄り、ついぞその巨大な十字架の黒銀盾を頭上にて構える。

 幾度目かの雷光を浴び、漆黒の重鎧が怪しく閃く。

 光る黒兜に浮かぶ戦慄の眼は、やはり得体の知れない不気味なものだった。



「やめてええええええええええええ!!!!」



 少女の悲嘆の叫びと同時、十字架が落とされた。さながら断頭台ギロチンのように。

 同時、強烈な落雷で地が割れたような轟音が鳴る。



「あ……あ……そんな」



 怪物の足元には頭を欠いた頭目が倒れていた。

 落とした十字架の下では潰れた果実のように、頭がその中身をぶちまけていた。

 墓標と呼ぶにはあまりに乱暴な、されどもどこか厳かな十字架だった。



「終わりだ。 貴様も命が惜しければ故郷へ帰れ」



 吐き捨て、怪物が十字架の黒銀盾を持ち上げるとグチャリと血の糸が引かれる。

 そして少女に背を向け、ゆっくりと歩きだし宵闇へ溶けていく。



「待って!」



 少女は強く握った手を胸に置き、勇気を振り絞って叫んだ。

 怖くないと言ったら嘘だ。それでも少女がこの恐るべき怪物を呼び止めたのには、ある理由があった。



「あなたの、名前は?」

「一介の騎士だ。 名は無い」

「どこへ行くんですか?」

「安らかに眠れる場所だ」



 振り向かずに言葉を返すと、怪物はそのまま闇に飲まれて消えた。



 少女は決意した。

 この残酷な世界で生きるために強くなろうと。

 ハーフの自分が帰れる場所など最初からない。

 エルフだろうが人間だろうが、どっちの世界でも迫害されるだけだ。

 ならば――自分の求める理想郷に辿り着くまで、世界を渡り歩けるだけの強さを手にするのだと。






 かくして怪物と少女は出会った。

 後に二人は互いの手を取り合い、共に世界を歩く良き理解者となる。

 闇の権化と世界に忌避されし少女が織り成す、世界の傷跡を識る物語が、ここに幕を開けた。

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