雌伏
変な夢を見た気がする。まだ胸がざわざわと落ち着かない。
……今日が、日常最後の日だからか。
どうしてこんな事になったのか、未だにはっきりとした理由は見いだせない。
抄は歯を磨く手を止め、鏡を振り返って唖然とした。
自分の口角が上がっていたから。
プールに浮いた遺体を見てから、自分は非日常を楽しんでいたのだ。沢山の感情が入り混じって顔が歪む。
いたたまれなくなって、勢いよく歯磨き粉を吐いた。
私はおかしいんだろうか。あんなにも怖いのに、歩調が上がっていく。
どうしてこんな事になったのか、未だにはっきりとした理由は見いだせない。
火障は歩く足を止め、来た道を振り返って唖然とした。
……
二人が図書館で合流したとき、外の景色には星がうっすらと浮き出て来ていた。
白い月の感傷的な空の下、お互いのいたたまれない表情を見つめあって苦笑した。最初に切り出したのは火障だった。
「場所は、」
「事務室と、入口付近のカウンターでいい?」
……なんで笑ってるんだ。
「……分かった。」
何となく、そう感じ、疑問を肯定に変えて口にした。
日は落ちて、視界の端にちりちりと残像を残すのみとなっていた。
抄はカウンター、火障は事務室、当番は変わりばんことLINEでやり取りをするように取り決めてから1時間弱が経とうとする頃だった。
きぃー……
施錠された筈のドアの開く音がした。
どうして。火障さんが鍵は持ってる筈。
しかも、施錠は確認したと言ってたし。
足音は静かに移動する。
頭がピリピリとして手から体温が吸い取られていく。
ーお願いだから早くカウンターから離れて……!
その時、屈んでへばりついた抄の真上で足音が止まった。
ーバレた……?
コツコツとカウンターを叩く音。そして、ペンを取り出す音。
そして悠々とした足取りで音が離れていく。抄はそっと端末を取り出して暗く設定したLINEの画面に焦りを並べる。
《きた、そっちいく、ほんだな、ぺん》
送信。
ピコンッ。
……うそ。火障さん通知音OFFにしてなかったの!?
さぁっと血の気が引くとともに夜の冷たい風が頬を撫でる。
足音は止まり、静けさだけが空間を支配する。誰も動くことの無い氷の空間。
ー最初に動いたのは足音だった。
来た時よりも小さなおと。かさ、かさり。きぃー……とドアの開く音がして、
ごとり。鈍く響く音を残して去っていった。裁断を下す様な、心臓を揺さぶる音を。