側根
「ガマズミの花言葉。
【結合】【無視しないで】【私を見て】
随分感情が入ってる。しかも最初のメモと筆跡が違う。相利ちゃんは本に手を掛けてたけど、取ろうとしてたんじゃなくて、仕舞ったのだとしたら…」
ずっと抄の推理を聴いていた火障は弾かれたように顔を上げる。
「!橘さん、それって、書いた人は相利ちゃんってこと?」
「火障さんはどう思う?」
「私は……」
(実はいじめられてた子の事が好きだったのかもなんて、言えない。推理だし)
「本人に聞いた方が早いんじゃないかな」
少し顔を曇らせた火障を訝しげに見詰めると、顔を赤くして「い、いや、ほんとに何でもない!」と目を逸らす辺り妄想癖が出たのだろうと踏んで抄はスルーしておいた。
休校になって最近の抄の時間潰しは、図書館の事務室の隣の空き部屋を使ってクラリネットを吹くことだった。火障も図書委員の為役目がある手前、ずっと喋っている訳でもなかった。適当にCの音を伸ばし、倍音に浸る。何処からか、遠くで耳を劈くようなCis音が抄の耳に飛び込んできた。
ー…悲鳴!?
窓から顔をだし、辺りを見渡すと、白くて小さい花が風に乗って抄の鼻を掠めて行った。
ー…鉄の臭い!
恐る恐る風上へと足を進める。
足を止めるのに長くはかからなかった。
ープールのフェンスの下。いじめっ子の死んだ場所、そのすぐ下。ガマズミの花実が周りに散らされ、落ちかけた夕日の眩い朱色に喉から溢れた血液を更に紅く、影を更に暗く落として息絶えていた。
「あ……相、利ちゃん……」
後から抄を追ってきた火障も、抄の後ろで膝から崩れ落ちた。
抄の目は、目の前の血濡れの彼女のポケットに白い紙がはみ出ているのを捉えた。
ゆっくりと紙を手に取って、開く。
《あの子を殺したのは私じゃない。
私は良かった。いじめられても良かった。あの子に見て欲しかった。私が陰であの子を見詰める度にあの子は私を見なくなった。私はゲ……にま……ま…し…。》
所々が血液で滲んで見えなくなっている。
抄と火障は息を飲んだ。特に火障は。
(ほんとに……いじめられてたのに好きだったんだ……!)
私を見て。そう言うように、白い花は散り、赤い実はやがて腐っていくのだろう。暗い空に沈んでゆく夕日の最後の一閃が、抄の心を容赦なく抉った。