発芽
図書館は、身を隠せる場所だ。
入った途端に冷水のような独特な雰囲気が人を浸して同調させる。勉強や、勿論読書でも、人は黙したまま、感性の湖に沈んでゆく。その湖に飛び込むことなく水面にボートを浮かべて、冷水を櫂で割いてゆくだけの人は直ぐに飽きて自ずと去ってゆく。
何処ぞの古代ヘブライ人の選民思想なるものが体現されているようで、優越感と特別感を感じたのが分からなくもない、と思った。
そんなことを考えていた自分も冷水を割く1人になっていたことに気づいて、抄は、内心慌てて本に意識を戻す。
この高校には、校舎とは別に図書館が建っていて、先生や、たまに一般の人も訪れる。
だから、常に人が絶えなかった。この日の3日後、臨時休校となる事件が起こるまでは。
二日前、いつもの練習を終えてクラリネットを片付ける。楽譜を鞄にしまい、蒸し蒸しした部室からオアシスを求めて図書室へ向かう足を速める。今日の音色はイマイチだったな。
「はぁ……」
抄はうんざりした気持ちを押し込めきれず、ため息とともに放出しながらオアシスへの扉を押した。
蛍光灯が一箇所、チカチカと点滅していた。
…よし、今日はあの照明のしたの棚の本を読もう。狙いをさだめて棚を物色していると、ファンタジー好きの抄にハマりそうな小説を見つけた。パラパラとページを捲っていると、1枚の紙切れが落ちた。誰かがブックマークにしたんだろうか。拾い上げると、薄く文字が書いてあった。《物語の始まりは小さな村の無力な少年が高揚感に未知の旅を見出すとき。【アザミ】》
なんだか中二病みたい。と抄は半ば呆れたが、最後にちょこんと書いてある【アザミ】
が引っかかった。…なんでアザミ?もやもやが消えないまま、抄はその本を戻して図書室を出た。またメモが挟まる気がしたから。