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「彼女はマキアスともども、エリア・デウカリオンに逃れている。ほか、多くの残存勢力も連れていたはずだ」


「……ところで俺、何日ぐらい寝てました?」


「ざっと二日。ちなみに現在の時刻は正午だ。影が短いな」


 一秒も無駄に出来ないと思いながら、その体たらくか。

 まあ今気にしたって仕方がない。不幸中の幸いというべきか、紫音はこの近くにいる。助け出す機会は訪れた。


「行くぞ誠人。訓練場の入り口にいた戦力は迎撃に出ている。今から急げば、反統括局の連中より先に行けるぞ」


「じゃあ――」


 行こうとした途端、少し身体のバランスが崩れた。

 やはり回復しきっていない影響は残っている。これでは紫音を助けにいくどころか、恋花の足手まといにしかならない。

 しかし彼女は構わず、手の平に小さな石を乗せていた。


「し、神霊石……?」


「そう、魔力の塊だ。喰え」


「は?」


「いやだから、枯渇してる魔力を補充するためだよ。喰うというより飲み込め、だな。紫音のために我慢しろ」


 ほら、と彼女は石を押し付けてくる。

 透き通った青色は、確かに神霊席の色だ。中には十分な量の魔力が蓄積されている。

 覚悟を決めて、飲み込んだ。


「よし、行くぞ。道中の雑魚は私が片付ける!」


「は、はい……!」


 消化されていないからか、普段の調子はやってこない。

 にも関わらず、恋花は全速力で走っていく。俺は追いかけるので精一杯だ。キビキビした彼女の後姿に、羨望さえ覚えてしまう。


 校門付近での激戦は未だ続いていた。が、形勢は反統括局に傾いている。

 もし彼らが雪崩れ込めば、紫音がどうなるか分かったもんじゃない。現に反統括局は、量産化された始祖魔術を使用していなかった。

 解放された魔術師には保守系統が多いし、間違いなく悪い結果が待っている。


「誠人、こっちだ!」


 二日前に通った、見覚えのある道筋。

 立ちはだかる巨人を切り伏せて、校舎の横にある訓練場の入り口へ。

 数段飛ばしで階段を駆け降りる。細い通路に入っても、俺達は走る速度を落とさなかった。

 しかし。


「入り口が……!」


 塞がれている。

 記録用の魔術陣は生きているが、これじゃあ二人で入ることが出来ない。せめて広間の方に入れれば、竜砲で穴を開けられるのに。


「誠人、陣を使え!」


「つ、使えって、俺は訓練場なんて――」


「私のがある! 君が代わりに使え! 五層からでも、下にぶち抜けば入れる!」


「それじゃあ先輩が来れないでしょう!? 虎勇さんだっているかもしれないのに!」


「でも、急いでいるのは君の方だろ?」


 彼女は魔術陣に自身を認識させ、直ぐに俺と場所を替えた。

 転移を発動させるため、陣から強い光が上り始める。


「私はここを壊して中に入るよ。必ず合流するし、父のことは私自身で決着させる。――その結果が逃げることに繋がるのか、立ち向かうことに繋がるかは分からないけどね」


「……」


「では後でな。紫音と無事、地上へ戻ってこれることを祈ってるよ」


「戻ったところで、課題は山積してますがね」


 違いない、と笑みを交換した後。

 俺の視界から、彼女が消えた。



――――――――――



 闇の中を、点々と光が照らしている。

 五層の床を竜砲でぶち抜いて、俺は無事にエリア・デウカリオンへと侵入していた。眼下にはいくつもの巨人と、竜の姿。すべての視線がこちらに向いている。


 一瞬たりとも、止まっている暇はない。

 駆ける。

 目指すはデウカリオンの最北。その近辺だけ、一切の照明が切られている。

 加えて、うっすらと障壁のようなものが見えていた。狙ってください、と言わんばかりの目立ちっぷりである。


 ――まあ、感謝はしよう。

 そっちの方が好き勝手暴れられるんだから。 


『雑魚の相手はまた今度だ……!』


 近寄ってきた巨人の一体へ、加速した蹴りを叩き込む。

 防ぐことも、堪えることも出来なかった。建物に倒れ込み、そのまま動かない。


 穴を埋める様に群がる敵も、同じ末路を辿るだけだった。

 敵は可能な限り減らす。虎勇と戦っている最中、背後を突かれたりしたら話にならない。速やかに、かつ確実に数を減らす。

 もっとも。


『アアアァァァアアア!』


 本命が姿を現す方が、先だった。

 姿を隠すことなく、虎勇は神槍を用いて接近戦を挑んでくる。

 間に立っていた竜や巨人は、暴れる虎勇に障害物として始末されるだけだった。

 来る。


『っ――!』


 頬を掠める切っ先。いつも通りの反射神経で、会心の一撃を用意する。

 当然。

 虎勇は、闇の中に溶け込んだ。


 こうなると手は出せない。無限に増殖する神槍から、好き勝手攻撃されるしかない。

 予想通り、天井いっぱいに槍が広がる。

 どうにか対策を仕立てなければ、逃げる続けることになるだけ。


『く……!』


 一方的に降り注ぐ攻撃。

 絨毯爆撃さながらの猛攻は、残っている竜や巨人にも容赦がなかった。一瞬でも翼を休めればどうなるか――鮮烈に俺の記憶へ焼きつけてくる。

 こうなったらいっそ、竜砲で影を吹き飛ばすか? 残っている魔力は不十分だが、一度ぐらいは全力で撃てるかもしれない。


 ああ、そうだ、そうしよう。

 だって今は正午。

 頭上に光があるなら、利用するまでだ……!


『っ!』


 残存魔力を総動員し、空を穿つ。

 柱のような光に、デウカリオンは崩壊を開始した。

 神槍は消し飛び、虎勇の姿も露わになる。地上への蓋となっている岩盤は、轟音と共に抉られるだけ。止められる者は誰もいない。強いて挙げるなら、俺の中にある疲労だけか。


 それすら踏み越えて、撃ち続ける。

 全身の感覚が鈍い。生きるための最小限の力さえ、絞り出しているような。危険を感じた本能がもう止めろと叫んでいる。

 無視した。


『――』


 白く、高々と降り注ぐ陽光。

 起こった出来事に唖然としていたのは、他ならない虎勇だったんだろう。


『ふ――!』


 渾身の力で、巨人の元に飛翔する。

 敗北を悟ったのか、彼は動かない。静かに目蓋を下ろすだけだ。

 手に帰る、生々しい打撃音。

 無我夢中なまま、武具の巨人が倒れていた。



――――――――



「ば――馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な、馬鹿な!」


 落下する岩の衝撃に耐え抜いた、紫音を捕えている建物の障壁。

 それを力尽くで抉じ開け、さらに屋根を剥いだ先。倒れている彼女の姿と、狼狽するマキアスだけがいた。


「あの巨人を破っただと!? こんな場所、彼が絶対的に有利だったはずだ! それを――」


『絶対、なんてのを口にするのは良くないな。真実なんて人それぞれ。お前にとって正しいことは、俺にとっての絶対悪だ』


「貴様……!」


 彼を守る者は一人もいない。このまま俺が紫音を連れ、逃げてしまえばチェックメイトだ。

 もっとも。


『オオオァァァアアア!!』


 まだ生きている。

 まだ戦える。

 満身創痍で背を向けているこちらに、虎勇は神槍を突き立て――


「はあっ!!」


 られなかった。

 寸前で追いついた恋花の一閃。真一文字に巨人の首が裂け、同時に虎勇の魔力が尽きる。

 ……彼は、既に限界だったんだろう。消滅する巨人の身体から投げ出された男の身体は、指先一本動こうとしなかった。


「――」


 恋花はじっと、失神した父親を見降ろしている。――そこにどんな感情があるのか、俺には読み取ることなんて出来ない。彼女の問題は、最終的に彼女自身が決着させるべきものだ。

 俺は動かない紫音を拾い上げ、余ったもう片方の手でマキアスを掴む。


「な、何をする!?」


『お前を反統括局に突き出すんだよ。戦いが終わらないと、紫音に負担がかかってばっかりだからな』


「そ、それで自由になれるとでも思うのか!? 魔術都市に貴様らの居場所なんて――」


『もとめちゃいねえよ、そんなもん』


 当然、『外』の世界にもないだろう。

 俺達に残された解放の道は、一つだけ。

 機甲都市だ。

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