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彼ら、と母は言っていたが、今のところ敵は単身。ひょっとしたら、向こうもある程度分かれているのかもしれない。死角には注意した方がよさそうだ。
敵は重厚な装甲に身を包み、剣を握った小型の機竜。
となると人が乗っているのか。弱点はもう分かっているし、脅威に感じるほどではない。
一瞬で背後を取り、拳を叩き込む。
が。
『っ!?』
触れた先から竜化が解除されている。解術装甲だ。
魔力の流れ一切を断つ防壁。機竜はかかったとばかりに、振り向きざまの一閃を叩き込む。
自信に溢れた挙動だった。間違いなく、刀身も解術装甲で出来ているんだろう。
直撃を許せば後はない。
だが、避けられる間合いでもない。
『なら……!』
竜化を解除する。
しかし魔術の発動は切らさない。身体能力の許可は、この状態でも役に立つ。
それに、
「!!」
白刃取り。
魔術によって肉体を強化しているからこその、強引な対処。
剣を持った機竜の動きが止まる。有り得ない現実に思考がフリーズしているのか、それともこのまま押し通したいのか。
どちらだって構わない。
解術装甲の対策は、既に考えていることだし。
「っ――!」
懐に潜り込む。解術装甲には魔術が通用しない前提で、攻撃を叩き込む。
使うのは自分の拳。ありったけの魔力で、ありったけの身体強化を発動させた。
異音。
骨が砕け、肉が弾け、鮮血の飛び散る異音が鳴った。その結果により解術装甲は拉げ、機竜は後ろに後退している。
絶対的な防壁を、突破したのだ。
「っ、あんま好んでやるもんじゃないな……」
殴りつけた右腕には、その代償が刻まれていた。
機竜の装甲を、遠慮なく生身で殴ったのだ。当然ながら、腕は全体に渡って損傷を受けていた。無事な部分なんて一つもない。
もはや肉塊。ぶら下がっているだけで、感触というものがまるで残っていなかった。
しかし始祖魔術によって再生は行われる。失った血液や体力の回復までは限度があるが、解術装甲を打ち破ったのだから文句は言うまい。
具体的な方法は単純。
皮膚の内側を、魔術で徹底的に強化した。
もっとも、肉体の耐久度まではカバーしきれていない。そこまで強化を施したところで、解術装甲に無効化されていただろう。
「接触してる瞬間にしか、魔術は無効に出来ないんだろ? だったら触れてない部分でギリギリまで使えば、多少は成果に繋がるってもんだ」
『――とんでもない。悪魔はやることが違いますね』
独り言になったら恥ずかしいが、語りかける意味はあったらしい。
マキアス。こちらを嫌悪している顔を思い出しながら、浮かんだのは歪んだ笑みだった。
「お得意の平等か? 機械の中に入ってるなんて」
『僕の人格はデータに過ぎません。移植できる容量があれば、機竜だろうと僕の身体です』
「便利なもんだ」
残った左腕で身構える。
右は徐々に修復しているが、とにかく酷いの一言だ。この部分だけ映せば、まさか腕だとは思われないだろう。挽き肉を大量にくっ付けた何か、ぐらいなものだ。
お陰で、少しでも気を抜けば倒れそうになる。
始祖魔術には痛覚さえ制御する機能があるが、右腕を犠牲にした一撃にはまるで効果がなかった。気絶しているが、ギリギリ耐えられるか、ぐらいの境界線しかない。
使えるのは後一発。それ以上は考えることさえ嫌になる。
『今も僕が有利だということ、自覚していますか? ……さっきの一撃で機竜を破壊していれば、また違っていたでしょうけれど』
「……」
『喋るのも限界ですか? 兵器としての役さえ果たせないとは』
装甲が拉げていることにも構わず、機竜が姿勢を低くする。
どう対処するか。コイツを倒さないと、他の敵まで相手は出来ない。同じように機竜の、解術装甲を搭載している可能性だってあるのだ。
しかし残った左腕で、どうやってスクラップにするか――
「っ!」
思案の世界は、機竜の駆動音によって破られる。
小細工なしの突進を躱せば、敵から放たれるのは魔力の弾丸だった。
魔弾と呼ばれる魔術師の基本装備。それぞれ複雑な軌跡を描きながら、全速力で殺到する……!
生身のまま避けるしかない。竜化した方が確実だが、今は再生と、次の一撃に備えて魔力を回している。他に使っている余裕はない。
『逃げてばかりでは、誰も救えやしませんよ!』
今度は頭上。
動き自体は単純で、逃れるのは造作もなかった。――問題は次。俺が十分に離れる前、完全に狙いを定められている。
行った。
接触までの数秒。轢殺を狙い、銀色の駆が地を走る。
機械じみた無駄のない動き。カウンターを叩き込もうにも、狙えるのは相手の頭部ぐらいだ。――もし左腕を使えば、向こうの勢いもあって腕は文字通り弾け飛ぶだろう。
そうなれば次はない。
だが、もう次はない。
「っ……!」
二度目の、異音。
すれ違いざまの一撃は歪な手応えを送ってきた。成果を結んだ感触と、骨の一つ一つが細かにすり潰されていく感触。痛い、なんて表現では痛みを語れない。
それだけの犠牲を伴っても、機竜を止めることは出来なかった。わずかに軌道を反らしたぐらいで、俺はすくい上げる形で打撃される。
「っぐ……」
今度こそ意識が断絶した。
しかしそれも一瞬のこと。止めろと命令を出す脳に逆らって、始祖魔術が全力で駆動する。
地面に打ち付けられた身体を引き摺って、俺はようやく立ち上がった。
はたして、痛み分けであったかどうか。
左は右以上にひどい有様だった。目を向けるのさえ遠慮したい。意図的に視界から弾かなければ、一瞬で負のイメージに侵食されてしまう。
「ったく……」
敵の頭部もただでは済んでいない。
捨て身の一撃は功を奏して、命中部分に大きな窪みを作っている。が、そこまでだ。動き自体を止めるには至らず、再び全速力で迫ってくる。
最初に使った右腕は再生を終えていた。
しかし、だからどうしろというのだろう? さっき敵を迎え撃ったお陰で、腕以外の部分にもガタが来ている。首の下から爪先まで、悲鳴を上げていない部分は一つもない。
それでも、敵から目は反らさなかった。
次で仕留める。右は使える程度に回復したのだ。脳や心臓が破壊されな限り、俺が生きる意志を捨てない限り、始祖魔術がどうにかする。
双眸は敵を睨み。
瞬きする間もなく、満身創痍の一歩を踏む……!
「ふ――!」
三度目の正直。中破している頭部を、今度こそ撃ち砕く。
だが。
「う――」
押し負けた。
強化が十分に行き届いていない。……それもそうか。人の限界を超えて身体を強化し、全壊している右腕を始めとして治癒をし続けた。周囲にある魔力ごと使い切ってしまってもおかしくない。
視界が暗くなる。
何かの衝撃を受けたような感触はあったが、正体を認識するだけの余裕はなかった。