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「誠人、あそこに行かないか?」


「きょ、局員が集まってるど真ん中にですか!?」


「ああ。虎穴に入らんば虎児を得ず、とも言うだろう? 隠れ家を襲撃される可能性だって、今は低い筈だ。敵にとって、私たち以上の厄介事があるんだからな」


「……分かりました」


 恋花の言い分を飲んで、路上へと繰り出す。

 とはいえ、一直線に向かうことは出来なかった。騒動の鎮圧に向かっているのは一部だけで、他の局員は普通に警備へ当たっている。


 俺達は彼らを避けながら、中心へと徐々に近付いていった。

 爆煙が上がったのは、近くにある公園かららしい。……一般人の被害はないと見ていいだろう。無論、当初から巻き込まれている場合は別だが。


「む、あれは……」


 いよいよ、現場が直接見える距離へ。

 そこにいるのは数名の局員と、赤いローブを纏った魔術師だった。恐らく、釈放されたメンバーの一人だろう。

 圧倒的な火力で、局員を蹂躙する真紅の影。

 戦闘の趨勢すうせいは一方的だった。局員は反撃しようとするが、そのことごとくが無効化されている。冗談抜きで、掠り傷の一つも負わせていない。


 ――しかし撤退したのは、有利であるはずの魔術師からだった。

 俺はどういうことだと首を傾げ、恋花はそのあとを目で追っていく。


「行くぞ」


「い、行くって、あの魔術師を追い掛けるってことですか? 紫音達から離れるのは……」


「なら私一人で行く。誠人は先に戻っててくれ」


「ちょ、ちょっと!?」


 彼女は、局員達が呆気に取られている今がチャンスだ、と言わんばかり。どうにかして赤衣の魔術師と合流したいらしい。

 集まってくる敵の存在に注意しながら、恋花は赤衣が去った方角に走り始めた。

 残念なことに、目標の姿は途絶えている。加えて追跡しているのは彼女だけではなく、仲間の仇打ちに燃える局員まで。やはり深追いするのは危険だろう。


《先輩、どうしたの? アタシの方、視覚情報まで来ないから分かんないんだけど》


「分からん。先輩が急に人を追い始めて……」


《知り合いかな?》


 それは確かだろう。とすると、ユーステス辺りだろうか?

 俺が恋花を攫ってから、彼の消息は掴めていない。ここで合流できれば、力強い味方になってくれるとは思う。彼も恋花の現状を気にしているだろう。 

 直後、

 足元のコンクリートが、何の脈絡もなく起きあがった。


「魔獣……!」


 といってもその姿は、獣なんて生き物とは程遠い。

 ゴーレムだ。全身が岩で出来た、人造の巨人。動きは鈍く、一瞬で倒せる程度の相手だろう。

 ――数が揃ってくると、そういうわけにもいかないが。

 彼らは壁のように乱立する。まるで赤衣の正体を知り、合流させまいとするように。


「先輩、下がってください!」


 不本意だが竜化を使おう。敵に自分の存在を告知することになるが、件の赤衣だって気付いてくれる。プラスとマイナス、採算の取れた選択だ。

 しかし。

 真横から飛び込んだ火の斬撃が、ゴーレムの身体を両断した。


「――ユーステス!」


「久しぶり、と言いたいところですが、数時間ぶりでは難しいですね。……ここは私が引き受けますので、お嬢様方は先に。隠れ家があると聞きましたので、そこで合流しましょう」


「な、なんで知ってるんですか……」


「今の社会、情報を完全に隠すのは不可能ですよ」


 直後、ユーステスは続けざまにゴーレムへ切り掛かる。

 圧倒的な体格差ではあったが、彼はそれをものともしなかった。攻撃を避け続け、踊るように敵を切り刻んでいく。

 もっとも、増援は尽きない。向こうの物量とユーステスの体力、どちらが先に切れるかの消耗戦だ。


《っ、う……》


「紫音? どうした?」


《う、ううん、何でもない。それより先輩、早く戻ってきなよ。ユーステスさんもいるんでしょ?》


「あ、ああ……」


 一瞬だけ聞こえた苦悶の声が、頭の中から離れない。

 詳しく聞くのは後にしよう。直接顔を見なければ、分からないことだってある。

 ゴーレムが溶解される異臭に背を向けて、俺達は走り出した。



――――――――



 隠れ家に戻ると、紫音はいつも通りの表情で迎えてくれる。

 別に顔色も悪くない。念話の最中に聞こえたのは、ちょっと足を捻ってしまったとのことだ。森の中を散策しながら俺と話していたらしい。

 母の証言もあったので、別に嘘を吐いているわけではなさそうだった。

 もちろん、部分的な場合を除いて、だが。


「無事だったか? ユーステス」


「ええ、見ての通りです。お嬢様の目こそ穴が開いていないか心配ですよ」


「くそ、いつも通りだな!」


 笑いながら、ユーステスは背中のリュックサックを下ろす。ゴーレムと戦っている最中には無かったもので、本人いわく食糧やら何やらが入ってるらしい。

 なので紫音の目は、さっきからそちらに集中していた。


「ゆ、ユーステスさん! 早くその中身ください! お腹ペコペコなんですー!」


「おやおや、焦ってはいけませんよ。人間、水だけで一週間は過ごせると言いますから。紫音様もトレーニングなされては?」


「な、なんかアタシの扱いまで恋花さんに……」


 なんだかんだとユーステスからリュックを受け取り、紫音は中身をテーブルへ並べ始めた。出てくるのはコンビニ弁当やおにぎりやら。若干変形している物もあるが、まあ気にしないでおこう。

 こちらの話には興味を示さず、彼女は丁寧に食料を並べていく。母も一緒に手伝っていた。


「いやはや、大変でしたよ。魔術都市は完全に内戦状態ですね。統括局と、魔術師達を開放した反統括局が争っています」


「よく食料まで持ってこれましたね……」


「まあツテはありましたから。これぐらいでしたらどうにか出来ますよ」


「さすがだな……」


 しかし、大したことはないとユーステスは首を振る。……謙遜は日本人の特性だと思っていたが、ユーステスも相当だ。

 彼が生きていれば地陣家も安泰だろう。まあ、限界はあるだろうけど。


「ところでユーステス、戦況そのものはどうなってる?」


「統括局が不利ですね、お陰で抵抗も激しくなっています。魔獣を中心に踏ん張っているようですが……敗戦は濃厚でしょう。重要人物はもう、外に逃げてしまったようだし」


「そりゃあまた」


 つまらない相手だ。きっと、投降する者も出ているに違いない。

 最後まで健気に抵抗するヤツがいるとすれば、マキアスのような人物になるだろう。彼は自分の正当性を疑っていないようだった。


 ああいう性格の持ち主は、信仰の対象ではなく信仰していることを持ち上げる。つまりは妄信。仕えている人間が何をしようと、それは自分達に課せられた使命だと解釈する。

 本当に健気だ。同時に奴隷でもある。

 潰れることを心待ちにしていよう。虎勇という強大な戦力がいても、閉じ込められていた魔術師全員を倒すのは不可能だ。


「……でも俺達、これからどうしますかね? 事が落ち着くまで隠れてましょうか?」


「それがベストではあると思います。お嬢様は違うようですが」


「――」


 そうだ、虎勇の問題は何も解決していない。放っておけばこのままマキアスに酷使されるだけだ。

 助けるのか、はたまた見捨てるのか。

 恋花は口を横に結んで動かない。少し俯いた顔が、悶々とした頭の中を代弁していた。


「……父を助ければ、どうなるんだろうか? 統括局を駆逐し、魔術都市は独立という成果を手に入れるんだろうか?」


「先輩は魔術都市の独立とか、反対ですか?」


「犠牲を前提としているなら肯定は出来ない。私達は誰もが手を取り合って生きてるんだ。なのに傷つけあうなんて、本心から納得できることではないよ」


「じゃあ、どうします?」


「……」


 傍観者を続けることは、難しいだろう。

 彼女の理想はあまりにも非現実的だ。叶えるのなら、対になっている現実をねじ伏せる――つまりは戦うしかない。それは彼女が嫌う、誰かを傷つける行為だ。


 矛盾するだけの葛藤。どこかで踏ん切りをつかなければ、望みを手に入れることは出来ない。

 都合のいい解決策があるとすれば、一つだけ。

 恋花が、虎勇の力を奪えばいい。

 始祖魔術を伝える家系にはお決まりの、継承の儀。成功すれば彼女は比類なき力を手に入れる。

 無論、待ち受けているのは戦いだ。それでも強大な力があれば、少しは恋花の意思を反映することも可能だろう。


「――」


 彼女も自覚しているのか、眉間に入る力が強くなる。

 その時だった。

 何か、鈍い音が聞こえたのは。


「っ、ぁ……」


「紫音!?」


 リュックの中身を整理していた彼女は。

 膝から倒れて、虚ろな眼差しで床を見つめていた。

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