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「教育方針の違いだと言ったが、そこで人の性質は決まるんだよ。……私の家族に対して、君のところは自由だった、気高い存在だった。故に君は、私が憧れるだけの価値を持っていた」


「……父親に対して頷くだけの存在だなんて、俺も同じですよ。兄だって当時は、尊敬の対象でしたし。子供のころはよく、二人の真似をしたもんです」


「ああ、らしいな。でも私は、そういうことすらしなかったよ。自分が人形だってことは分かっていたからね。人形が飼い主になるなんて、おかしな話だろ?」


「――」


 自分自身を卑下しているというのに、恋化の口調は底なしに明るい。

 だから、彼女にとってはただの告白。卑下でも何でもなく、等身大の自分語りをしているんだろう。


「模倣しようとする君の意思は素晴らしいと思う。それは未来を作ろうとする意思の先駆けだ。止まりさえしなければ、必ず個性が生まれてくる」


「先輩は違うんですか?」


「人形だと言ったろう? 最初から立ち止まっていたさ。私の目的は父の期待を裏切らないことで、未来をどうこうするモノじゃなかったしね」


「地陣家を救うことも、期待だったと?」


「多分な。父はもう子供を作る気はなかったようだし……だから、君の嫁になる話もあったんだぞ? 親友と手を組めば安心だ、ってな、はは」


「……」


 そうも清々しく言われると、反応に困る。恥ずかしがってる俺が馬鹿みたいじゃないか

 なんだか家のある方向から殺意を感じつつ、俺は恋化との問答を続ける。


「せ、先輩は結局、どうしたいんですか?」


「分からない、が本音だよ。今回の件、本当に地陣家が悪かったら? 私は助ければいいのか? それともしっかり、責任を負わせればいいのか?」


「……虎勇さんなら、真っ向から助けに行きそうな気はしますが」


「だろう? が、私はそういう結論じゃない。罰が下されるべきなら、きちんと下されるべきだと思うんだ。結果として滅びるとしてもな」


「……」


 それは、いい傾向ではないだろうか。少なくとも人形では無くなりつつあるんだから。

 しかし迷っていると口にした以上、彼女はそんな風に考えていない。

 恋花の結論と虎勇の傾向は相反している。娘は協調性と重んじて、父親は自己という絶対的な基準を持っている。

 

 どっちが幸せかなんて、簡単には決められない。

 前者は自己を抑えなければならず、後者は多くの敵を抱え込むことになる。

 長所と短所。混ぜ合わせた選択が、きっと最良なんだろう。


「無意味な問いかもしれないが、誠人だったらどうする? 社会の一員としての責任感と、ある男の娘である責任。どっちを取るんだ?」


「俺だったらどっちも捨てますかね」


「……言うと思ったよ」


 すみません、とつい頭を下げた。

 俺は特別、家系の事情について大きな選択を迫られたことはない。その前に一族はバラバラになって、兄との問題だって個人的な問題ではあった。

 恋化には同情できないし、するべきでもない。


「っと、川が見えてきたな」


 母の言った通り、透き通った綺麗な川だった。

 月明かりを頼りに水をすくう。容量はバケツ一杯を二回。帰り際、両方とも持つことを提案したが、恋花はやんわりと断った。


「――」


 隠れ家への道を戻り始めても、会話は途切れている。

 聞こえるのは遠い町の喧騒と、虫の鳴き声ぐらい。あとは定期的に鳴る自分達の足音だった。

 なんだか、世界から切り離されてしまったような感覚がある。

 普通なら寂しさを覚えても不思議じゃないが、俺にあったのは清々しさだった。大勢の輪から隔絶された安心感。自分の世界に、居心地の良さだけがある。


「逃げるのも、選択の一つだと思いますよ」


「え……」


「人間、出来ないことだってあるんですから。それを出来って背伸びしてたら、足が痺れて動けなくなる。身の丈にあった生き方の方が、ずっと幸せじゃないですか?」


「き、君は私を馬鹿にしてるのか? いや、馬鹿にしてるな?」


「そ、そんなつもりはないッスよ?」


 丁度いいかな、と思ったぐらいで。

 まあ彼女の受け取り方も間違いではない。当人の願いに対し、無理だ、と否定したんだから。


「でも君が言うと、実に説得力がないな」


「あはは、確かに」


「……だが一方、君は自分の手が届く範囲のものを守ってる。リスクがあったとしても、それを背負える勇気がある」


「ゆ、勇気って、過大評価ッスよ。先輩を助けに行く時だって、少し迷いましたし」


「ほう、意外だな。――そして、紫音に背中を押されたわけか」


「ええ、まあ」


 だから俺は、恋花に尊敬されるような人物でもない。

 ――そう返そうとしたのだけど、彼女は先に前置きを作っていた。


「いやはや、紫音が羨ましいな。君の弱みを握れるなんて。……本当、嫉妬するよ」


「し、嫉妬って、んな物騒なこと言わんでくださいよ。アイツ、先輩のこと気に入ってるんですから」


「む、それは困ったな。仲良くするしかないじゃないか」


「ええ、お願いします」

 嘆息を零しながら、仕方なさそうに恋花は頷く。

 なんだか、寂しそうな横顔も一緒だった。虎勇と俺が戦った時よりも、ずっと底が深い横顔。

 理由を尋ねたい気分になるけれど、みだりに触れていいものでは無さそうだ。次の瞬間、一人にしてくれ、とでも言い出しそうな感じ。

 だが一言も話すことなく、俺達は隠れ家にたどり着く。


「――よし」


 玄関を潜ろうとした、その時。

 自分の気持ちを捨てる様な声が、恋花から聞こえていた。



―――――――――



 森から覗く町の光景は、不気味な静けさで満ちている。

 統括局に閉じ込められていた魔術師が、一斉に釈放されたためらしい。非常事態宣言が出され、ほとんどの市民が大人しく従っていた。

 従っていないのは俺達、自分で自分の身を守れる連中だけ。


「嵐の前の静けさ、というところか……」


 幹の裏に隠れる恋花は、視界すべてに広がる静寂をそう評価する。

 俺は頷くこともせず様子を伺っていた。町には時折、局員の姿が見える。釈放された魔術師への、至極当然な対処というわけだ。


 彼らの後ろには、機械の獣が一体。

 小型ではあるが、俺達が戦った機竜と似ている。――となると、あくまで『外』に忠誠を誓っている勢力だろうか? 逆の連中なら、少し言葉を交わしてみたい気分だが。

 彼らに余裕はない。ピリピリした雰囲気で、辺りの様子を念入りに探っている。

 見つかっても構わない道理はなく、彼らが通り過ぎるまで俺達は口を結んでいた。


 最中、町の中心部から爆煙が上がる。

 彼らは慌ただしい動きで去っていった。同行させていた機械の獣も同じ。閑静な町の風景は、一瞬にして喧噪で染まった。


「……昨日の朝とは大違いだ」


「それだけヤバい連中が解放されたってことですよ。……組織立った行動をしてるのかどうか、ちょっと気になりますね」


「なら動いてみないか? 隠れ家の方は安全なんだろう?」


「まあ、母曰く」


 ただ、万全ではないとも言っていた。隠れ家周辺に張られている結界は物理的なものではなく、あくまで知覚を狂わせるもの。しかも人体でなければ効果を発揮しないらしい。

 要するに、さっきの機械――機獣とでも称すべき存在には、相性上不利になる。

 この事態になってから機竜を目撃していないのは、不幸中の幸いだろう。


《先輩、アタシからもお願い。っていうか、お腹減った》


「……便利だな、念話ってのは」


《でしょー? 引き籠ってられるからね!》


 こっちとしても、紫音の状況がリアルタイムで分かるのは有り難い。母との連絡も取りやすいし。

 先ほど上がった爆煙は、今も轟々と煙を噴き出している。

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